黄色の魔石と釣りセット
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
「・・・うわぁ」
みんなでパソを囲むテントの中。
俺は画面を見たまま、口を歪めていた。
『ベニチェア王国のアナリーゼは無能なのか?過去から現在にかけて検証してみた』
という暴露系動画。
ユグドラシルに配信することを生業にしている”ユーグーバー”という人達が動画にまとめたものだ。
「昨日アップされてたっす」
俺たちが奴隷船と戦っている間、キノコの効果が抜けたラースが動画を見つけたそうだ。
色々酷いが、アナリーゼの”人となり”はわかった。
クズだわ、あいつ。
戦争理由と事後処理、その他諸々、隅々までクズだわ。
それに幼い王様にDVしてるし。
『おねショタ!・・・じゃねぇ。事案だ』って自警団たちがザワザワしていたぞ。
何であいつが国の中枢にいるの?
「あいつ国から追い出せば色々解決するんじゃないか?」
「そう思わせるための動画だな。嘘はついてないだろうが、誇張してる部分はあるな」
「多分カタラーゼ国辺りの諜報活動の一環ですぜ」
「さらっと隣国の不利益になる情報混ぜて、面白おかしく流す手腕は流石っすね」
「・・・あんまり鵜呑みにはするなってことか」
利益誘導とか洗脳なんて無縁な生活をしてきたが、こうして見ると世の中には溢れているようだ。
「ユーグーバーは俺たちの味方なのか?」
「そうとも言えないっすね。前に『アペリティフの魔物について調べてみた』って動画で、アペリティフの子供たちのイタズラが魔物の襲撃レベルだって言われてました」
「・・・誇張されている部分はあるかもしれないが、普段の行動も直すべき点はあるな」
「お!坊ちゃん辛口評価っすね」
「甘いだけじゃ問題は解決できないってわかったからな」
そう、俺はネガティブをポジティブに。
そして優しさだけでなく厳しさも持ち合わせた大人の男になったんだ!
「お父様も俺を甘やかすことなく接して頂きたい」
「そうか。ディーは大人になったのだな。・・・では厳しいことを言うが、アナリーゼのような無能にしてやられるとは・・・冗談だと思っていた」
「「ぐふっ!」」
お父様、やめて・・・。
結構ダメージでかいから。
でもこの部屋にはダメージを受ける人間がもう1人いる。
「・・・で、アナリーゼの姉で、罠にハマった悪役令嬢っていうのが」
「・・・私よ」
フードのないパーニャは金色の髪と薄い緑の目をしていた。
そして見事な縦ロール。
ソフィアのツインテドリルが霞むほどだ。
・・・で、なんで居るかって?
自警団が攫ってきたんだよ・・・。
本名『パネッティーア・ヒューム』。
既に名前は捨て【パーニャ】と名乗っている。
スキルは【薬品作成】と【念力】。
攫われてきたというのに『アナリーゼに一泡吹かせられるなら私は誠心誠意働かせてもらうわ!』とやる気だ。
一体この姉妹に何があったんだ。
とりあえず自警団に攫ってきたことを謝らせようとしたが『私、この歳で真実の愛を見つけたの!だから謝らないで!』と彼氏を紹介された。
だけど彼氏が2人もいるとは聞いてないぞ。
そして攫われてからこの短時間でどんな愛を育んだの?
何より初めて見た時よりツヤツヤしてるのは何故?
・・・まぁ、今はパーニャの逆ハーレムより、現状の把握だ。
「とにかく。ベニチェア王国からは軍隊が来る予定はないし、ベラルーラ国もお父様と揉めたくない。勇者は旅立ったというより、国から逃げ出しただけ・・・今すぐ俺たちが襲われる脅威はないか」
「うむ。鵜呑みにする訳にはいかないが、大きく間違った情報ではないだろう」
喜ばしいことに俺たちと敵対する勢力は戦力不足ですぐには攻めてこない。
奴隷商とは揉め事を起こしたけど敵対してないし、フォーリット教会も行方不明者は出ているが敵対する声明は出されていない。
今のうちにこちらも体制を整えないとな。
「パーニャの薬ができたらトラブってる近隣住民との架け橋になるかもしれないね」
「あら。薬ならもうできましたわ。これです」
スっと机に出されたのは白いタブレットタイプの薬だ。
「ほう、仕事が早いな」
お父様が薬をつまみ上げる。
「それと領土を収めるために幼い頃から勉強して参りました。薬師としてだけでなく内政も外交も自信がありますわ」
おお、パーニャ優秀だな。
しかも自分をプロデュースする力もあるのか。
「それは頼もしいが、そんな実力があって何故”あれ”に負ける?」
「ぐふっ・・・」
お父様、やめてあげて!
パーニャが体をくの字に曲げてダメージを受けている。
「ま・・・負けてなど、おりませんわ!」
ガバァ!と縦ロールが空を切る。
「アナリーゼの婚約話を最初に潰したのは私だもの!ちょっと成績と顔が良いだけで調子に乗って!あの髪色では後継者になれないって何度も言ったのにそれすらわからず学園に通うなんて!結婚できないまま25歳になったくせに・・・王と結婚できたからって何?!婚約破棄の回数はあっちのが多いのよ!」
お前!悪役令嬢にさせられたんじゃなくて、悪役令嬢だったんかい!!
2歳上だからパーニャは27歳か。
女性も働くウォルトア大陸では18歳で大人、20歳になる頃にはほとんど相手を決めてしまっている。
お互い蹴落としあったせいで適齢期なのに独身だったのか・・・。
結婚できないって話でアナリーゼがキレたのも納得だ。
地雷だったんだな。
「ふむ。それだけやれるなら信用しよう」
「はい!よろしくお願いします」
お父様?!
何で今の会話で信用しちゃうのかな?!
まぁパーニャには薬師になってもらって、領土を取り返せたら内政のアドバイザーになってもらうのもいいかもしれないな。
なんせ昔はレンタル執事に丸投げだったんだ。
内政に関われる頭脳派が仲間になってよかったと思うことにしよう。
◇
お父様を先頭に隠しダンジョンの階段を降りる。
隣の領土にいる寝たきりになった領主の兄さんにすぐ薬を届けてもいいが、先にダンジョンのルーイを倒すことになった。
怪我を負えばすぐに回復が必要になるからだ。
「坊ちゃん、まじで見に行くんすか?死にますよ?」
「うっ・・・でもせっかく作った魔物に一目会いたい・・・」
もちろん俺も一緒だ。
ラースにおぶわれてダンジョンを降りていく。
「あんま素早いと反応できないんで、近くには行きませんからねー」
「わかってる。ありがとう」
スキル【瞬足】は戦闘スキルじゃないと知って驚いた。
ラースは魔力が高いから身体強化並の動きができるだけで、本来なら運搬に適したスキルだ。
ラースが次から次に人を襲うせいで世間に戦闘スキルと勘違いされ、『瞬足のラース』とスキルの代名詞のようになったのだそうだ。
だが反応速度や防御の面で普通の人間と同じ。
俺たちは最下層手前の螺旋階段の上から眺めることになった。
「これ倒したらしっかりとした扉付けて、エレベーター起動させないとねー」
「パパさま、ルーイどこ?」
テオドールとヨルヨンも階段から身を乗り出して覗き込んでいる。
あんまり覗くと落ちるぞ。
「来たぞ!!」
自警団がザワっと殺気立つ。
最深部手前であちらから来たようだ。
金色の毛を逆立てた、人型に近い魔物だ。
シルバーの入った金色のしっぽがフサフサと揺れている。
「おー!あれがルーイか」
「おとうさま、怖い・・・」
ヨルヨンが怖がってテオドールにしがみついた。
確かに可愛いと言うより、スレンダーだから美人系かな。
でも別に怖くは・・・。
「キュォオオオオオ!!!」
ルーイが雄叫びを上げる。
金色の毛並みがぶわっと膨らみ、体が一回り大きくなったような錯覚すらある。
いや、錯覚じゃなかった。
腕が4本に増え、人と獣を混ぜたような奇怪な姿に変わってしまった。
可愛くない!!
ルーイ第二形態!
その姿にゾワゾワと頬を撫でるような悪寒がする。
安全な所にいるのに足がすくんでしまう。
・・・まぁおぶわれてる俺には関係ないけどな。
ラースの服をキュッと握りしめ、ルーイを観察し続けた。
ルーイは地面を蹴り自警団に向かっていく。
「おわっ!危な・・・おお?!」
2つの腕から振り下ろされた爪が自警団を捉えたと思ったが、攻撃された瞬間幻影のように消えた。
噛み付いたり引っ掻こうと攻撃を繰り返すルーイの背後に自警団が現れ、ボコボコにしている。
「がぁあああああぁああ!!」
ルーイも攻撃しようとするが、囮役の自警団を捉えきれていない。
むしろ囮役な突撃して、罠にハマって後ろから魔法や斬撃を食らわされている。
「おー・・・すごい」
お父様たちの連携の取れた動きに見入ってしまう。
一方的だ。
フサフサした金色のしっぽがちぎれ飛び、手足がもげている。
あっという間にルーイは倒れ伏した。
お父様たちが額の汗を拭っている。
「ふぅ・・・ウォルトア大陸の上級ダンジョンでもこんな手こずる魔物はいなかったよ」
いや、どこが?
奴隷船の奴隷たちと戦うより楽に進めてたようにしか見えない。
ルーイの姿が崩れ、その後には銀色のあみぐるみと黄色の魔石が残った。
「おー!あみぐるみ完全体!ラース、降ろして!」
「へいへい」
中に詰めた綿までしっかりとミスリルになったあみぐるみ。
やっぱり技術の差だったのか。
「すごいよディー!こっちに黄色の魔石がある!」
「あー確か青や緑より貴重なんだっけ」
「ふふーわかってないなー。黄色の魔石があれば転移装置だってできるんだよ!」
「おお!すごいな!作れるのか?」
「・・・あ、えっと、教科書に・・・」
・・・できないのかーい。
「まぁ、とりあえずの移動手段なら馬のルーイもいるし、テオの作ったビートバンもあるから困ることはないな」
「そ、そうだね!」
ルーイからドロップできたのは黄色の魔石とあみぐるみのミスリルだけのようだ。
タヌキの時のようなキノコは見当たらない。
というか、視界の端で自警団がついでと言わんばかりに俺の作った魔物たちを倒している。
もっと熱意を込めて討伐して!
「ふむ。イザベラは魔物作りは禁止だな。黄色の魔石は魅力的だが死人が出ては元も子もない」
「あれだけ一方的だったのに?」
「坊ちゃん、俺たち全員でフォローしてやっとなんすよ。無茶っす」
「やっぱ坊ちゃんのほど良い魔物が1番っすわ」
誰がほど良いだ!
・・・嬉しいけどさ!!
◇
「ほ、本当に持ってきてくださるなんて・・・すぐに試させて頂いても・・・」
「ええ」
夕方、俺たちは再び隣の領土ノイスタッドに来た。
パーニャの薬を寝たきりになっているトーマスに使うためだ。
薬を飲むと、トーマスの体がふわふわとした光に包まれた。
「と、トマ兄、どう?」
寝ていたトーマスが弟たちに支えられながらゆっくりと立ち上がる。
「・・・おお、大丈夫、痛くないぞ!」
おー本当に薬になったんだ。
俺もあとで何粒か貰っておこう。
「よかった。まだ急に歩いては危ないのでゆっくりと体を慣らしてください」
「これでまた働きに出ることができます。どうお礼をしたら良いか・・・」
「元はと言えば我が領民の失態が原因ですのでお気になさー」
「そうですわね。何か差し出せるものがあるなら受け取りますわ!」
「いや、何でお前が前に出るし」
さぁ何かお寄越し!と前に出るパーニャを後ろに追いやる。
薬の効果を確認したいって言うから連れてきたんだからね。
失礼があるなら追い返すよ!
「そちらの方の言う通りです。・・・そうだ、これをお持ちください」
ベッドの脇にあった箱を渡された。
「これは・・・魚?」
箱を開けると金属の棒と糸が巻かれたコマのような金属、それにキラキラした魚のような物体が収まっていた。
手に乗せられてよく見る。
魚の形をしたキラキラした物体には釣り針が付いていた。
「これは【ルアー】です。我々兄弟で釣りのスキルアップの書を作ろうと試行錯誤してて・・・よければそれをお持ちください」
「兄弟でスキルアップの書を作っているのですか」
「ええ。なかなかタイトルが決まらなくて先に進まないんですけどね」
「人を惹きつけるタイトルって難しいんですよ」
釣りのスキルアップの書(初級)とかじゃダメなのか。
職人のこだわりを見た。
P素材でできた半透明なケースに釣竿とリール、ルアーが綺麗に収まっている。
【釣りセット】を受け取った。
「あなた、鍛冶スキルが使えるなら銃も作れますの?」
「銃は難しいですね・・・鍛冶屋で焼入れしないと強度が全然足りなくて・・・」
「トマ兄は焼入れが使いこなせなくて商業ギルドの試験に落ちたんです」
「ふーん。スキルだけで作れないなら試験に落ちるのも当然ですわね」
商業ギルドに所属するにはそれなりに実力が求められるようだ。
鍛冶スキルがあっても簡単には突破できない狭き門なのか・・・。
というか、スキルがあるのになんで鍛冶屋に竈があるんだと思っていたら、ちゃんと使ったのか。
雰囲気作りのために稼働してると思ってた・・・。
「それに後ろ盾になる貴族がいないと作ったものを置いてくれる売店探しや量産体制を整えることもできないわ」
「よ、よくご存知で・・・」
「わかりましたわ。銃があればディー様の腰のおもちゃを交換しようと思いましたのに。でもこれでこちら側の勢力が増えましたわね。数は力。これからもアペリティフの為に働くといいわ」
「いや、そんなつもりじゃないからね」
お詫びしに来たんだぞ。
何で隣の領民従えようとしてるの悪役令嬢。
あと俺のウルフキラーをおもちゃ呼ばわりするな!