ぬいぐるみと刺繍
「どういうこと?!ここ鍛冶屋!あれ鉱石!なのにぬいぐるみ?!」
おっさんは頭を抱えて叫んでいるが、ドアの向こうへ響かない程度の超小声だ。
「鉱石を売ってぬいぐるみを買って来いって依頼じゃないのか。わけわからん」
なぞなぞか?とんちか?このはし渡るべからずってか。
だが出来ませんなんて答えたら、それこそどんな因縁を付けられるかわかったもんじゃない。
「どうする?あの鉱石を【錬成】で作れるものなんてふわふわモコモコなんてほど遠いぞ」
「んー・・・あ。俺できるかも」
「何?!本当か」
「少なくとも鉱石を使用すればいいんだよな。うん、何とかなるだろう。あとは話術で切り抜けるしか・・・」
おっさんの期待の眼差しを受けながら、俺はプランを練った。
「お待たせいたしました。少々入手に手間取ってしまいましたが最高級の仕上がりにいたします」
おっさんと席に戻った俺の手には、露店で売ってた端切れを組み合わせたパッチワークがふわりと揺れている。
この色鮮やかな布、歪な形をしているがぬいぐるみの元となっている。
これを糸で組み立て、中に綿を詰め込めば可愛いリスになるのだ!
こだわりは頬としっぽの膨らみ。
あとで綿の分量を考えながら詰め込もう。
「鉱石を頂戴いたしますね」
テオドールの前に置かれていた鉱石に手を伸ばすと、スキル【糸作成】を使用した。
昔は糸なんて作る気はなかったから、鉄や銅などを糸にできなかった。
できたとしても硬いままで糸として使うと折れてしまう程度だった。
奴隷商に来て糸を作る機会が増えたことで、俺はスキルを鍛え直したのだ。
材料を一旦解きほぐし、それを紡ぐことで多少使える糸が作れるようになっていた。
スキルを作動させると、鉱石はまるで綿あめを作るように「ぶわっ」と広がった。
俺は慎重に綿となった鉱石を紡ぎ、一本のやや太めの糸を作り出した。
(思ったより柔らかい鉱石だな・・・)
鉄や銅を糸にした時とは全く違う粘りのある強度に驚いた。
太く見えるが何本もの鉱石の糸をより合わせたそれは、するりと光を反射させながら伸びていく。
自分の裁縫セットから針を取り出す。刺繍用の糸を通す輪が広い針だ。
鉱石の糸はするりと針の輪を通り、しなやかに揺れている。
次に使うのはスキルソーイングだ。
玉結びを作らず、刺し始めは布の裏に糸を少し残して、花柄の刺繍をしていく。
同じ所をぐるぐる糸が回っているようにしか見えないのに、布を糸が覆っていく。
滑らかな髪を思わせるような表面をいくつも作れば、たくさんの花弁に囲まれた花が姿を現す。
よくミィにせがまれてスカートに施す可愛らしい花だ。
今回は鉱石を使っているから銀色一色だが、これはこれで高級感があって俺は好きだ。
大きさの異なる花を流線型に配置していく。
ステッチができたら裏に糸を出し、糸をすくい、針目をくぐらせ糸の始末をする。
最初に残した糸も同じように始末する。
布を左手に持ち、チクチクとステッチ。
やってることはとても地味だが、これが俺のスキルだ。
刺繍を施した布を鉱石でない糸で縫い上げる。
俺としては縁取りに等間隔の縫い目が見える方が「これぞぬいぐるみ」という感じがして好きだ。
しっかり耳の先から、しっぽの膨らみまで綿の詰め方にこだわって、最後に糸で閉じて、
―――はい、できた!
「どうでしょうか。これで鉱石を使用したぬいぐるみを作ることができました」
俺の手の中にはパッチワークの布に銀の刺繍を施したリスのぬいぐるみがちょこんと座っている。
どうだ!これでそっちの要求を満たしたぬいぐるみを作ったぞ。
テオドールは目を見開いたままぬいぐるみを受け取った。
ふちを撫で、おなか部分を優しく撫で・・・。
「これは素晴らしい!」
ぬいぐるみをひとしきり撫でると笑顔でディートハルトに向きなおった。
「このぬいぐるみを買い取らせてください」
俺もおっさんと目配せして笑いあった。
「お買い上げありがとうございます」
よし。これで代金を受け取れば終わる。
そう思ったが、テオドールはさらに続ける。
「それと、あなた。私と働いてみる気はありませんか?」
「働く、とは?」
突然の労働のお誘い。
「詳しくはお教えすることができませんが、やってもらいたいことは今していただいた要領と変わりありません」
つまり。【糸作成】して【ソーイング】で刺繍しろと。
え?俺のスキルが必要ってこと?
ぶわっと顔が熱くなるのを感じる。
だって今まで必要とされたことなんてなかったから。
「ぜ、ぜひお願いします。あ、俺ディートハルト・アペリティフ15歳です」
「おーよかったな小僧。さっそくドル爺んとこ行ってこい」
俺はテオドールから金貨2枚を受け取ると、おっさんに背中を押され奴隷商へと歩いていった。