主人公誕生
雪の降る寒い日。その屋敷は夜だというのに騒がしかった。
「奥様の様子は?」
「まだお生まれにならないの?」
明かりの灯る広い廊下を大勢の使用人が慌ただしく駆け回っていた。
無駄な装飾を省いた屋敷は豪華というより頑丈という言葉が似合っている。だが廊下でのバタバタとしたやり取りは重厚な扉すら通り抜け、部屋に飛び込んでゆく。
使用人たちの話など一切興味を示さず、その屋敷の当主はイスに深く腰掛けていた。
――――20歳を前にして初めての我が子の誕生。
そわそわと落ち着かず、黒く短い髪を掻き、椅子を揺らしていた。
目の前の暖炉の火が消えかけたころ、廊下から赤子の大きな声が聞こえる。
ザッと立ち上がりドアに向かって歩き出す。その歩幅は徐々に大きく、速くなり、目的の部屋につく頃には少し息が上がるほどに走っていた。
「マーサ!生まれたか!」
バーンと両手でドアを押しやると、まっすぐ大きなベッドへと向かった。
「あら、ふふ・・・。元気な男の子にございます」
赤い髪を少し乱したマーサの腕の中には、男と同じ黒い髪の赤子が身を寄せていた。
使用人が片づけを終え、医者が一礼して部屋から出ていくと、入れ替わるように白い清楚なローブに身を包んだ女性が入ってきた。
「聖フォーリット教会より、ご子息の【スキル鑑定】に参りました」
丁寧で柔らかな仕草で一礼すると、後ろに控えていた付き添い人がベビーベッドのような台を押して入ってきた。
「うむ。ではマーサ」
マーサから赤子を受け取る。
その柔らかな感触に一瞬目元が緩んだが、すぐに台を見据えて歩き出す。
台の上に包まっていた布ごとゆっくりと降ろした。
ちらりとシスターに目配せをして一歩下がると、シスターは小さな剣や盾の飾りのついたブレスレットを掲げる。
「イルミティア連合国に生まれし新たな命に、剣と盾をお与えください。
――――【スキル鑑定】」
シスターの呟くような声が部屋に満ちる。
「・・・終わりました。スキルは――――」
「――――では、失礼いたします」
シスターたちが部屋から出ると、ふぅ…とどこからか息づかいが聞こえると、男は緊張が解けたようにベッドに座り込んだ。
「名を付けねば・・・ディートハルトなんてどうだ?賢く育ってくれそうだろ」
そう言ってマーサの肩をそっと引き寄せる。
――――――その肩は震えていた。
「あなた・・・この子の、スキルが…」
「マーサ・・・憐れんではいけないよ。神はその人物に相応しいスキルを託すんだ・・・。私たちの子はきっと平和な世界をより華やかなものに変えるだろう・・・」
雪の降る夜、ディートハルト・アペリティフは生まれた。
スキル【ソーイング】【糸作成】をその身に宿して・・・。