91.割と気さくな話し相手
飽きてきた。
来る日も来る日もキメラ、キメラ、キメラ。
素材を錬金術で加工して、駄目にする。
魂をスキルのレベルアップに注ぎ込む。
奪ったスキルを変換して取り込む。
単調な毎日の繰り返しにいい加減、うんざりしてきた。
なので今日は趣向を変えて竜と会話を試みたいと思う。
思えばいきなり目の前に飛ばされて、挨拶だけして逃げたのだ。
会話による意思疎通もできるし、そもそも捏造神話によれば竜は邪神の側で侵略側の神々と戦ったとされている。
その辺の昔話も聞いておかないと、竜殺しが6大神を利するだけだとしたら、竜殺しも考え直さなければならない。
これはレッドドラゴン・ランドルフの立ち位置が分かれば判断できることだ。
というわけで階段を降りて、熱風吹き荒れる最下層にやってきた。
赤黒い大岩のような巨大な竜、ランドルフは眠そうな眼で俺を見やり、怪訝そうに言った。
「短い間に随分と様変わりしたな。もうその歳で魂を直接弄っているのか……」
「将来有望だろう? まあ俺のことはさておき、今日はランドルフの話を聞きに来たんだよ」
「オレの? 一体、何を聞きたいっていうんだ。オレとお前の間に殺し合い以外のコミュニケーションは必要ないと思うんだが」
「具体的に竜の立ち場が知りたい。いま俺の知っている神話じゃ、竜は邪神とともに侵略してきた7柱の神々と戦ったとされている。なら竜は邪神の側だろう? 侵略側の神々の思惑に従って、貴重な味方を失うようなことにならないかな、と思ったまでさ」
「…………ちょっと言ってることが分からないな。まず聞くが、邪神ってのはどいつのことだ?」
「邪神ガイアヴルム。侵略側の神々が勝利して作られた神話では、ガイアヴルムは邪神と呼ばれるようになったんだけど。そうか、昔は違ったんだな」
「魔神ガイアヴルム……この世界の神だな。今じゃ邪神なんて呼ばれているのか?」
「地上のことは知らないのか。俺も神話の時代にあった戦いについてはよく知らないんだ。……俺の知っている範囲だと、まずこの世界を創った邪神……魔神ガイアヴルムが魔族と魔物の果てしない闘争の世界を管理していた」
「ああ」
「そして7柱の神々が侵略しに来た。目的は……正確なことは俺は知らないが、この世界をガイアヴルムに代わって支配しようとした、のかな」
「概ね、間違っていない。7柱の神々はこの世界をガイアヴルムから奪って支配下に置くために侵略しに来た」
「なるほど、歴史の生き証人がいてくれると話が早いな。……ええとそれで、神話ではガイアヴルムと3体の竜が7柱の神々を迎え撃ったが、敗北した」
「間違ってねえな」
「ということは、ランドルフはガイアヴルムの味方なんだな。ここ……迷宮の最下層はランドルフを封印するための牢獄になっているし」
【霊視】で視たから確実だ。
俺と同様、神々によってランドルフもこの階層から出ることはできない。
「味方ぁ? 違うなあ。いいか、今は魔神がいないからどうなっているか知らないが、オレたち竜はガイアヴルムの手下ってわけじゃねえ」
「そうなのか?」
「オレたちはガイアヴルムを打倒すべく竜になった、魔族の戦士の成れの果てだ」
邪神を倒すために竜になった?
それは想定外だ。
「だけど、7柱の侵略にはガイアヴルムと共に戦ったんだろう?」
「そりゃそうだ。外からやって来た連中を追い返すのは当然だろう。ここはガイアヴルムの世界なんだから。勝手にやって来た連中を野放しにはできねえだろ。……それに神と戦うことができるのは神か、竜しかいないからな」
「魔族の戦士たちは動員しなかったのか」
「ものの数にもならねえよ。神と戦うことができるのは神と竜だけだ」
なんと。
つまりこの竜殺しの試練には、妥当性があるわけだ。
竜を殺せなければ神に手は届かない。
「侵略してきた7柱の神々との戦いはどうなったんだ? 邪神は分割封印されているし、こうして竜も封印されているから敗北で終わったのは分かるけど」
「……竜が3体で3柱を足止めしたが、さしもの魔神ガイアヴルムも4柱を相手取るのは無理だった。ガイアヴルムなら2柱相手なら勝っただろうし、3柱なら互角だっただろう。しかし4柱は手に余る」
「同じ神でも随分と戦闘能力に差があるんだな」
「当然だ。神って言ってもピンキリだからなあ。ガイアヴルムは惑星ひとつを管理できる力をもつ神だ。7柱の侵略神はハッキリと見劣りするね。オレら竜と互角程度の神々だ、つるんで数にものを言わせなければ勝てなかった臆病者どもさ」
「臆病?」
「ああ。ガイアヴルムが敗北した後、3体の竜と7柱の神々が対峙した。戦いになればオレら3体の竜は、勝てないまでもそれぞれ相打ちをとって3柱を道連れにしただろう。7柱の神々にとって、半分も殺されるかもしれないんじゃ割に合わないと考えた。そこで和平提案だ」
「和平提案って……この封印のことか?」
「そうだ。連中、オレたちを殺さずに封印を提案してきた。別にオレらも好きで神と刺し違えたいわけじゃないし、提案に乗ったよ。オレらも侵略神どもも無駄死には御免だった。オレら3体の竜を封印している間、連中は力を封印の維持に割かなければならないから、こちらにとっても悪くない話だった」
「邪神ガイアヴルムの7分割封印に加えて3体の竜の封印で、常に力を割かずにはいられない状態になった、と」
「後は時間が変化をもたらすのを気長に待つだけだ。まあ、案外早く来たけどな、変化」
ランドルフはオレを見下ろして言った。
「だがそうなると、俺は竜殺しを達成するわけにはいかないんじゃないか? 竜を殺せば封印をひとつ手放せるわけだから、侵略神に利することになる」
「そうでもないだろ」
ランドルフは退屈そうにアクビをしながら言った。
「俺が死んだら連中にしてみればラッキーだろうが、新たに竜殺しの魔族がフリーで地上を好き勝手に動けるようにもなる。お前がオレを殺せなければ現状維持、お前がオレを殺せたなら竜より御しやすい魔族を神の力で葬り去るだけだ」
だから、とランドルフは続ける。
「オレを殺すなら、その後に神とも戦えるようになっておけ」
「神と戦うということは……俺も竜にならないといけないってことか?」
「…………できるだろ、お前なら」
できる。
【並列思考】による解析によれば、目の前の竜は当然の如く持っていた。
竜の形質。
奪えば、俺は竜になれる。




