87.新しい世界が始まるぜ
邪神の加護で表示される樹形図はそのまま変わらず、しかし劇的に自由度が増した。
スキルの枠組みを外れた【魂触】は魂の改竄者として新たに魂ツリーに組み込まれている。
思えば最初に樹形図上に現れた【魂獲得量増加】は、俺の望んだスキルだった。
本来ならば邪神の加護は、俺が望むままにスキルを生み出し取得することができたのだ。
しかし俺はこの世界の仕組みに慣れすぎてしまっていた。
無意識のうちに取得できるスキルを制限していたらしい。
今ならば新たなスキルを生み出し取得することも自由だし、望むままに術を創作することも自由。
そしてスキルや術のツリー間の移動もまた、更なる自由度を増した。
ただし代わりに安全性を失った。
魂という生命の根幹を自在にする代わりに、俺は魂の構造に致命的なエラーを発生させるというミスを犯す可能性について自分で注意しなければならなくなったのだ。
……とはいえ、まったくの自由自在というわけじゃないのか。
スキルや術の習得条件をほぼ完全に無視することができるのは分かったが、条件がないわけではない。
魂が所持している形質に基づいたスキルや術しか、取得することはできないようだ。
俺が所持している魂の形質とは、即ち人狼族と夜魔族という種族と、風属性と闇属性という適性属性だ。
加えて前世から持ち越している霊感も形質のひとつに数える。
ちなみに人型であることも形質のひとつで、武器スキルや運動関連のスキル取得の前提条件となっているようだ。
更に【魂触】で奪ったスキルや魔術の属性も形質に加えることができ、種族としては鳥人族、属性としては水、火、光、空間の形質を所持している。
クーラに氷属性と雷属性の魔術を渡してしまったから、そのふたつはない。
とはいえこのことは問題にならない。
今まで魔物からはスキルを奪えなかったが、魂のフォーマットを無視することでそれが可能となった。
この階層に生息するキメラの中には、冷気のブレスを吐く首や、雷を纏った翼を持った個体が存在する。
この階層は多種多様なキメラが存在するから、形質の獲得に悩む必要はないだろう。
もちろんリスクも大きい。
人型でない魔物のもつスキルは、大抵その魔物の身体の構成が前提となっているからだ。
取り込む際には慎重にスキルを選ばなければならない。
さて樹形図という形ではなく、魂そのものを観察してまず分かることがある。
ベースとなる種族が脆弱なのだ。
特に無駄があると思えるのは、【獣化】関連だ。
変身すれば身体能力が向上するというのは確かにロマンがあるが、変身せずとも高い身体能力を発揮できる方が便利に決まっている。
ただし人狼族の形質では【獣化】と【完全獣化】によるパワーアップしかできないのは事実で、仕方のないことだ。
だから俺が最初にしなければならないことは、種族の改竄だ。
【黒狼化】という人狼族の上位種族は既に示唆されているので、これを取り込むことで新たな種族とする。
俺は人狼族を辞めて、新たに黒狼族となった。
姿形は人狼族とさほど変化はない。
体毛と瞳が完全な黒になったくらいで、狼の耳と尻尾があるスタンダードな外見だ。
ただし【黒狼化】の恩恵を常に受けることができ、身体能力は人型のままでも飛躍的に向上した。
【獣化】は必要なくなった。
身体能力を強化するために、狼の特性を増す必要はなくなったのだ。
狼の姿になる【完全獣化】はそのままだが、【黒狼化】と同様のスペックになる。
さて黒狼族になって終わりではない。
俺にはまだ夜魔族と鳥人族の形質がある。
これらふたつの種族の形質を黒狼族に取り込むことで、新たな種族に進化させられるのだ。
ただ黒狼族と鳥人族の相性はイマイチだ。
狼と鳥という二種類の動物的特徴を兼ね備えることになるのだが、鳥の飛行能力のために翼を獲得するのは目に見えている。
せっかく高めた狼の身体能力を、翼という邪魔者で活かしきれなくなるのだ。
空を飛ぶ能力自体は欲しいので、ここはまず夜魔族と鳥人族の形質をひとつにまとめてから、黒狼族に取り込むのがいいだろう。
新たな形質は、夜魔族をベースにして鳥人族を取り込む形で生み出す。
鳥人族の翼は物質的な要素が強く、背中に生える形でしか存在できない。
しかし夜魔族のコウモリのような被膜の翼は、悪魔系の魔法的な形質であり、【人化】のようにその気になれば消せるのだ。
鳥人族には翼、飛行、風属性などの形質が内包されているから、それらを夜魔族に取り込むことで、既存の形質は強化され、なかった形質は新たに獲得される。
結果、夜魔族は新たに夜空族となった。
闇属性に加えて風属性を持つハイブリッドな種族で、飛行能力が大幅に強化された。
そしてこれを黒狼族に取り込むことで、俺の種族が確定する。
――闇狼族、これが俺の新たな種族だ。




