86.準備はいいかい?
なんとキメラの奴、リポップしやがった。
狩っても狩っても減らないなあ、とは薄々思っていたのだが。
あるとき何もないところに魔力が集中して、キメラが出現する瞬間を目撃してしまったのだ。
この階層が完全に安全になることはなくなったが、逆に魂が足りずに詰むということもなくなった。
どちらかと言えば、魂を延々と稼ぎ続けられる方が、竜を殺すのに見込みがあるだろう。
とはいえレベルをカンストさせて今あるスキルを極め尽くしても、竜に及ばないような気がするんだよなあ。
何か壁を越えなければならない気がする。
それも見えない類いの壁だ。
邪神の加護に存在するスキルや術では、どう考えても竜に太刀打ちできない。
もっと反則的な何かを獲得しなければならない、そんな予感がするのだ。
キメラの数に限りがないことが分かったので、時間をかければ魂はいくらでも稼ぐことができる。
なのでここはひとつ腰を落ち着けて、どうすれば竜に届くような劇的な成長を遂げられるか考えてみよう。
俺がいま引っかかっているのは、スキルや術の習得経路だ。
スキルの習得方法は、まず普通に鍛錬して会得する方法。
邪神の加護で魂を消費して取得する方法。
そして神気を取り込むことでスキルを取得する方法を最近、知った。
それらに加えて、例外的な方法がひとつある。
無銘の霊刀が大量の魂を消費して〈断神剣〉を取得したことだ。
あれはどう考えてもおかしい。
必要な場面で、しかも望む効果をもつ武器術を取得した。
まるで邪神の加護の上位互換じゃないか。
無銘の霊刀は確かに例外的な存在だが、しかしそれにしたって邪神の加護の上を行くというのは、どう考えてもおかしな話だ。
というわけで霊刀に聞いてみることにした。
「俺の疑問に答える気はあるか?」
――お前がここに閉じ込められておるままでは、妾も『歪み』を斬ることができん。
――故に少々の助言くらいはしてやるのも吝かではない。
素直じゃない奴だ。
――まずお前は、邪神の定めた型に染まりすぎておる。
原初の法のことか?
――違う。
――ステータス、レベル、スキル、術……。
――邪神めが定めた形は確かに見た目に分かりやすい。
――だが本来、刀の振り方は刀というスキルで定めきることのできるものではないように。
――術もまた自在であるのだ。
術が自在?
それは〈断神剣〉のことを言っているのか?
――それだけに限らぬ。
――そもそも魂とは生命を形作る存在の力そのもの。
――それを自由に加工することができるというのに、お前は邪神の定めた型通りにしかそれをしてこなかった。
魂を自由に加工できるだと?
――邪神の加護はそのような力だったはずであろう。
――だがお前はこの世界にある無数の型に慣れ、自由に加工せぬまま今まで来た。
そうか、型か。
つまりスキルや術はこの世界の決められたフォーマットに従っている。
本来ならばそんなものに従う必要はないのに、だ。
多分この世界の始めの方はスキルや術はもっと自由だったのかもしれない。
それをスキルや術を形式的に整えていった結果、今の世界があるのだ。
フォーマットを無視する。
俺は邪神の加護を起動し、【魂触】を【霊視】と【魂視】で視る。
この【魂触】にはある種のセーフティがかかっている。
例えば俺は最初に〈マナ・ボルト〉を精神ツリーの色々な場所に移動した。
その際、魂ツリーや肉体ツリーには移動できなかった。
これがセーフティ。
本来ならばスキルの移動や術のカスタマイズはもっと自由に行うことが出来る。
だがフォーマットに適合しないような変更を、【魂触】では行うことができなかったのだ。
なぜなら【魂触】もまた、フォーマットに従ったスキルだから。
ならば答えは出たも同然。
俺は【魂触】で【魂触】のセーフティを破壊した。




