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67.お前の名前長過ぎぃ

剣士アリオスティンは自ら携えてきた腰の愛剣を、俺は現時点で工房で一番の名刀『白牙』を渡され、いざ尋常に勝負と相成った。


……いやいや、おかしいだろ。


勝負になるわけがない。

俺の【刀】スキルのレベルは2、ベテランに届かないレベルだ。

対してアリオスティンの【剣】スキルのレベルは達人クラスの4もある。


それでもユゴッグが今更、前言を翻すことはなく。

今まさに立ち会いが始まろうとしていた。


「互いに真剣を用いた勝負だが、相手を殺したら負けだ。多少の怪我ならウチの治癒魔術師が治せる。寸止めで負けを認めさせるか、一撃当てた時点で勝負ありとする」


ユゴッグがルールを宣言し、俺はしぶしぶ刀を抜く。


さて勝負というからには負ける気で臨むわけにはいかない。

先約を優先すべきなのは当然なのだから、勝ちを譲るべきなのだろう。

しかし達人との貴重な手合わせの機会を、負けてさっさと終わらせるなんてもったいないことをしていいのか?


否、よくない!


この貴重な機会で何が掴めるかは未知数だが、良い経験になるのは確かだ。

死んだら元も子もないが。


そろそろとクーラが背後から近寄ってきて、小声でささやいた。


「イズキ、相手はどうやら魔族の領域と隣接する国の騎士のようだね」


「そうなのか?」


「ああ。あのマントの紋章、見覚えがあるよ。そしてアリオスティンという名にも聞き覚えがある。天才剣士、聖騎士アリオスティンの噂は有名だ。なんでも〈神聖剣〉なる剣術の使い手らしい」


「へえ」


視えてるよ、〈神聖剣〉。

効果まではもっとよく視なければ分からないけど。


「とにかく死なないように気をつけて。イズキなら大丈夫だと思うけど……」


「死なない。勝ち負けは分からないけど、やれるだけはやってくるよ」


「……武運を」


クーラが離れていったのを見計らって、アリオスティンが声をかけてきた。


「私の名はアリオスティン。キルパート王国騎士団の騎士である。……名を問うておこう」


「俺の名はイズキ。傭兵だ」


「珍しい刀使いの子供よ、俺は勝って剣を打ってもらうが、しかし名匠ユゴッグに認められたお前の才気の片鱗くらいは見定めさせてもらおう」


「勝てるとは思っていないが、負けるつもりはない」


「その意気や良し」


アリオスティンは万が一にも子供である俺に負ける未来など想像もしていないだろう。

余裕のある構えだ。


「両者、準備はいいか? ――――では、始め!」


その余裕こそが唯一の隙。


ユゴッグの開始の合図とともに、俺は追い風を纏いながら大きく一歩を詰め、風の刃の乗せた一撃を放つ。

狙いはアリオスティンの前に出ている左足の甲。

剣先は床スレスレの高さをホバリングしながら滑る。


一閃。


『白牙』は大人が振るうサイズの刀で俺の体格には合っていないが、【怪力】をもつ俺にはハンデにならない。

だからこの先制の一撃は完璧に放たれた。


故にその一撃を、後方に大きく飛び退き回避したアリオスティンの方をこそ称賛すべきだろう。


風の刃が床を斬り裂く。

アリオスティンの左足のあった場所に一文字が刻まれる。


間合いを空けられたが、距離を詰めるのは得意だ。

なにせ風の支配者はすべての風を意のままにする。

追い風はまだ吹いているのだ。

だから行こうとして、


「――ッ!?」


場の空気が変わった。


張りつめた緊張感。

殺気の源は当然、聖騎士アリオスティン。


子供だと舐めてかかっていた余裕は嘘のように消え失せ、ただ仕留めるべき相手と対峙する騎士の立ち姿がそこにあった。


「見事な太刀筋。子供と侮っていたことを詫びよう」


「……油断していてくれればいいのに」


「油断させておきたいならば、初撃にあのような一太刀を繰り出すべきではなかったな」


アリオスティンの剣がゆらりと円を描く。

否、描かれたのは平面の円ではなく、前方に向けて繰り出される螺旋。

距離を詰めながら剣は弧を描き、気づけば俺に迫っていた。


「――抉れ〈螺旋撃〉」


「〈鉄身〉!」


間合いから逃れるのは至難だと判断し、俺は咄嗟に左腕で剣を受ける。

格闘術〈鉄身〉はその名の通り、この身を鉄の如き硬さへと変える。


ギィン! と鉄を打ちつける音が鳴り響き、アリオスティンは目を見開いて俺の腕を凝視していた。


そして互いの視線が交錯する。

一撃は入ったが、俺の腕には傷一つ付けられていない。


――ならば勝負は続行!


俺は爆風を伴ってアリオスティンの剣を弾き飛ばし、身を捻って片手による一撃を繰り出す。

全身をコマのように回転させての強引な一撃だ。


剣を弾かれて体勢を崩したアリオスティンは、しかしそのまま背を向けて走り出す。

俺の一撃が届かない位置まで駆けて反転、再び隙のない構えを取り、笑みを浮かべた。


「まさか腕で私の剣を受けるなどとは思わなんだ」


「刀の技じゃなくて悪いな。使えるものを出し尽くさないと、アンタとは勝負にもならない」


「構わぬ。――存分に出し尽くせ!」


アリオスティンの繰り出す次なる一撃を幻視する。

【未来視】だ。


……これはマズいな。


視えたのは8つの幻視。

アリオスティンは〈螺旋撃〉を繰り出し、しかしそれを途中で切り上げて別の剣術を放ち、俺はそれを受け損ねて敗北する未来だった。


剣の振り方は大別して9種類ある。

上段からの斬り下ろしがひとつ、左右からの横一文字の斬撃がふたつ、下段からの斬り上げがひとつ、そして上下左右それぞれの間を埋める斜め斬りが4つに、突きを加えて9種類。


アリオスティンは〈螺旋撃〉から突きを除く8方向の斬撃を放つ剣術を習得しており、俺が間合いに入った段階で〈螺旋撃〉を止め8方向いずれかに合致した剣術を放つという離れ業を繰り出してくるらしい。


……どの角度からでも〈螺旋撃〉を中止して別の剣術に変化する、か。


ならば唯一の死角は正面、突きにある。

奴が〈螺旋撃〉を繰り出したところで、突進による刺突を放てば――


……やはり間合いに入り次第、別の剣術を放たれて負けるのか。


最短で距離を詰めても間に合わない気がする。

【直感】だが、剣術を破るにはこちらも武器術の速度が必要だ。


しかし俺に使える刀術は皆無。


……詰みだな。


「抉れ、――〈螺旋撃〉」


アリオスティンの不敗の円環が迫る。


俺は意を決して、その環に向けて走り出した。

風を纏い最速での突進。


しかし間合いに入った刹那、


「〈螺旋撃・逆袈裟(さかげさ)〉」


時計で言えば2時の方向から中心へ向けての斜め斬り。

アリオスティンの剣術の発動に合わせて、俺も武器術を起動する。


「〈呼吸〉、〈鉄拳〉んッ」


格闘術によるカウンターだ。


〈呼吸〉は相手の攻撃に合わせて同時にこちらも攻撃を繰り出す格闘術。

そして〈鉄拳〉はその名の通り拳を鉄の如き凶器に変貌させる格闘術。


アリオスティンの剣が俺の右肩にピタリと寸止めされる。


「タイミングは完璧だったのだが」


眉を寄せ、どこか悲しそうな目で俺を見下ろす。


「ああ、タイミングはな」


俺の拳は、拳ひとつ分以上の間を空けてアリオスティンの胴に向けて振り抜かれていた。


「俺の負けだ」


俺があと5年ほど成長していたら相打ちを取れただろう。

今は、届かなかった。


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