66.この世界の刀ってただの片刃剣じゃん
ユゴッグの工房は大きかった。
街でも一二を争う大きな工房らしく、鍛冶師の数も多い。
ここで今現在、最高の腕をもつのがユゴッグ氏とのことらしい。
さっそく中に入り並んでいる武器を見る。
色々な武器を見てきたからか【目利き】も仕事をし始めてきている。
どれもこれも高品質な武器ばかりで、否が応でも期待させてくれる。
「この工房で一番の刀を見せて欲しいんだが」
「なんだガキ? お前、刀なんて見て分かるのか?」
休憩中の鍛冶師のひとりに声をかけてみたのだが、どうもこれは良くない流れだ。
忘れがちだが、俺はまだ11歳。
山人族の国で最高の鍛冶師のいる工房にある最高の刀を見せろって、11歳の子供が言い出してまともに取り合ってくれるわけがなかった。
……うっかりしていたな、クーラに声をかけさせるべきだった。
とはいえ時は巻き戻らない。
こういうのを【未来視】で回避できればいいんだが、あんまり仕事してくれてないなあ。
とはいえ困った。
俺自身の【刀】のスキルレベルは2止まり。
これでレベル3もあれば未来ある少年として交渉の端緒にもなるのだろうが、2では話にならない。
かと言って無銘の霊刀を抜くのははばかられる。
あれはホイホイと抜いて見せていいものではない。
「あ、いや。刀ってどこの武器屋に行ってもなかなか置いていないから、最高峰の名刀っていうのを見てみたいな、と」
「ふうん?」
訝しげな視線を受けながら、俺は店内にある刀を探す。
ないことはない、一振りだけ飾るように置かれた一刀を見つけた。
「あ、とりあえずあそこに一振りあるね。それを見せてもらうよ」
「……手にとって刀身を確かめてもいいぞ」
おや、なぜか許しが出たのでその通りにさせてもらいます。
手にとった感じ、重心は良さそうだ。
実際に抜いて見ると、見事な刃紋のある刀身がお目見えした。
【目利き】によればかなりの高値。
ただし品質は……美術品としては価値が高いが実用品としてはナマクラ同然だった。
……どうやら美術用途の刀だったらしいな。
魔物と戦うことを考えた場合、折れたり歪んだりしやすい細身の刀より、分厚く叩き切ることに適した西洋剣の方が扱い易い。
そのため刀は美術品として見た目を追求したものが多く、実用品は少ないのだ。
「美術品だったか……」
俺の呟きに目を剥いたのは、俺が先程声をかけた鍛冶師だった。
「おいガキ、そこでちょっと待ってろ!」
「は?」
いきなりなんだ。
並べられている武器を見ていたクーラとタマがこちらにやってきた。
「どうかしたの、イズキ」
「鍛冶師さんに無茶でも言ったの、イズキくん?」
「いや。俺にもよく分からないんだが……」
すぐに先程の鍛冶師が戻ってきた。
もうひとり、年配の鍛冶師を連れて。
【魂視】によればその人こそが腕利き鍛冶師のユゴッグだった。
「あなたがユゴッグさんですね。お会いできて光栄です」
「左様、俺がユゴッグだ。……小僧、刀が分かるらしいな」
「あれが実用品でないことくらいは」
「刀は扱えるのか?」
俺は無言でステータスを提示する。
《名前 イズキ
種族 人間族 年齢 11 性別 男
レベル 20
【剣Lv3】【刀Lv2】【走力Lv3】
【聞き耳Lv3】【気配察知Lv2】【鍵開けLv3】》
「ふむ、剣の方が得意か。いやその歳でこれだけのスキルをよくぞ習得したものよ」
「刀ってなかなか手に入らないので、どうしても剣を使うことになるんです」
「剣が一人前に使えるなら刀は不要に見えるが」
「俺の本領を発揮するには、刀でなければ駄目なんです」
「ほう」
ユゴッグは面白そうなものを見たような顔で俺を見下ろし、と顎に手をやる。
「工房にある一番の刀を見せろ、という話だったな。……おい、『白牙』を持ってこい」
「はいっ」
俺が声をかけた鍛冶師が奥に引っ込んだ。
そして一振りの刀を手に、すぐに取って返してきた。
「これがこの工房で一番の刀、『白牙』だ。抜いてみろ」
「はい」
俺は刀を受け取り、抜く。
白い刀身を見るだけでは俺には違いが分からないが、【目利き】によれば実用品としての品質はかなりのものだというお墨付きを得た。
だから試しに無銘の霊刀を降ろそうとしたが、拒否された。
――妾をそのようなナマクラに降ろすな。
ワガママな奴だ。
山人族の打った刀で駄目なら、霊刀を降ろすことのできる刀は存在しないも同然じゃないか。
――素材は良い。
――日の本にはないものが混ざっているのはよいが、造りが甘いのう。
――日本刀の作刀の知識がないせいであろうな。
俺にもそんな知識はない。
お前は自分のための刀のために、その知識を俺に伝えられるか?
――良かろう。
――八神泉樹、お前に日本刀のなんたるかを叩き込んでやる。
日本刀に関する知識。
唐突に頭の中に生まれたそれと【目利き】により、この刀に霊刀が不満を抱いた原因を知った。
「これじゃ足りない」
「ほう。小僧、それのどこが足りない」
「柔らかい心金を硬い皮鉄で覆うことで、切れ味が良く折れにくい、しなる刀を造ることができる。素材は問題ないが、工夫が足りない」
「柔らかい鋼で芯を造り、硬い鋼の刃で覆うだと……? まさか、そんな方法が……」
なるほど、この世界の刀は日本刀ではなかった。
刀が折れやすいのは当然だ。
それでも使い手がいるのは、武器術などを組み合わせて上手く使っているのだろう。
「面白いことを聞いた。しかし試しが幾度も必要になるな、今の俺でもすぐには打てぬ」
「そうだろうな、今までとは全く違う刀の造り方だ」
「久々に面白くなってきた。最高の一振りをお前のために打ってやろう」
「――お待ち下さい!」
ユゴッグは興が削がれたといった表情で声の主を見る。
そこには身なりのいい人間族の剣士と、ふたりの従者らしき男が立っていた。
声を発したのは従者だが、主人である剣士も表情から不服を隠さない。
「……そういえば、今日は俺に剣を打てと言ってきた先客がいたな」
「先約を違えられては困ります! そのような子供に刀を打つよりも先に、我が主アリオスティン様に剣を!」
どうやら他国から来た剣士とその従者らしいが。
剣士の【剣】レベルが4もある。
集落で見て以来の達人レベルだ。
「だが新しい刀が……ううむ」
「ユゴッグ、さすがに先客を待たせちゃマズイぞ」
新しい技術を試したくて仕方がないユゴッグと、先に注文した客に剣を打つべきだと取りなそうとする鍛冶師。
……まあ筋から言えば先客優先だろう。
だがユゴッグはとんでもないことを言い出した。
「ふたりとも勝負しろ。勝った方から先に打つ」
「ユゴッグ!?」
工房の鍛冶師たちが「なんてことを言い出すんだ」と顔を青くする一方で、剣士の方もさすがに堪忍袋の尾が切れたらしい。
「いいだろう。その子供に如何ほどの価値があるのか、この私が自らの剣で確かめてやろう」
自分の注文と子供にしか見えない俺の注文、順番を前後にしてでも俺の方を優先したいとユゴッグは言っているようなものだ。
怒るのも無理はない。
……面倒なことになった。
気がつけば最早、「お先にどうぞ」と言える雰囲気ではなくなっていた。




