60.こいつら名前が安直じゃねえ?
最初はまず商人かつ空間魔術師の人間族の男性から、話を聞くことにした。
戦闘力は皆無に等しいのもいい。
脅せばきっとペラペラ喋ってくれるだろう。
ちなみに眠っている連中の武装は奪って個別に〈グルー・リキッド/速乾〉で手足を拘束してある。
これで万が一、眠りから覚めても動けまい。
というわけで〈ウォーター〉を顔にぶっかけて起こす。
「ぶはっ!?」
「よう、おはよう商人くん。眠り心地は如何だったかね?」
「……な、お前ら、一体」
「俺たちはたまたまこの山に入ってきた……そう、ただの傭兵さ。何やら怪しげな小屋に怪しげな連中が揃っているもんで、挨拶しに来たってわけさ」
「…………」
「で? お前らは一体どういう集まりなんだ?」
「…………」
「周囲がアンデッドだらけなのはお前らの仕業だよな。あとこの小屋の地下にある不浄なる気配についても聞きたいところだ」
「そ、それは……」
「言い逃れできると思うなよ? 別にお前らのことなんざどうでもいいんだ。指の一本、腕の一本、なくなったって俺たちにはなぁんにも関係ないんだもん。……試してみよっか?」
「いや、待ってくれ。分かった、話す。話すから」
「オーケー、じゃあ好きに喋ってみせろ。俺たちが知りたい内容をキチンとお話できるかな?」
「わ、私たちはこの地下にある神気に惹かれあった同志だ」
「神気? どこの神の神気だ」
「それが、それが凄いんだ。……どこの神のものでもないんだよ!」
「へえ」
6大神でも邪神でもない神といえば、アンデッドを生み出した神のことだろう。
なるほど、この周囲にアンデッドが溢れている理由に繋がりそうだ。
「ほ、ほんとだぞ! そこのモリー……森人族の女に聞けば分かる。そいつは全ての神殿を詣でる敬虔な神官だったんだ。瘴気でもなく、6大神の神気でもないのは確かだって、そう言っていた。そこの豚人族がここにいられるのも証拠のひとつだ」
「ああ、信じるよ。それで? お前らはどうやってここのことを知ったんだ?」
「偶然だったそうだ。最初に見つけたのは、トビー……そこの鳥人族の男だ。空から偶然、奇妙なモヤを発見したとかで……それでモリーに確認してもらったら、どの神のものでもない神気だって」
「それで?」
「高位の神官は神気に触れて神の力を授かることができるそうなんだ。でもこの神気がどういうものか分からなくて……それで実験をしてみることにしたんだ。だって邪神の瘴気みたいに人類に悪影響があるかもしれないだろ? そんなものに迂闊に触れてはならないから」
「ああ分かるよ。それで?」
「まずここに拠点を作らなきゃならなくて、私やそこの奴隷商がここに小屋を建てた。街から小屋までの道も、見つかりづらいように偽装して整えたんだ」
「で?」
「魔物を神気に投げ込んでみた。そうしたら、すぐに死んでアンデッドになったんだ。普通、こうはならない。神気に触れた魔物は神の力に耐えられずに苦悶の末に死ぬが、即座に死んでアンデッドになるのは他の神気にない現象らしい」
「……」
「だから私たちは新しい神について調べている……一体どのような経緯で生まれたのか。忘れ去られているだけなのか。邪神や6大神との関係は? 今も実験を続けているところへ、お、お前たちが来たんだ」
「……それで、そこの豚人族はなんだ?」
「そこの奴隷商の奴隷だ。力が強くて、ひとりで小屋を建てることができる。臭いのが難点だが……」
「お前は、ここの神についてどう思っている。関わって良かったと思うか?」
「当たり前だろ! 新発見だぞ! 6大神や邪神以外に神がいるだなんて……新しい宗派の創設や、」
「もういいかな」
「え?」
俺は興奮気味に語っていた男に無銘の霊刀で〈魂砕き〉を放つ。
一撃で死んだ。
そして魂を砕かれたら、アンデッドにはならない。
「だいたいの話は分かったな。ここの連中の関係性も……次はどいつにしようか?」
「イズキ、なんというか手慣れているね? その男は死んだのかい?」
「ああ。ちゃんとアンデッドにならないように殺した」
「そんなこともできるのか……」
新しい情報はないか、順番に全員から尋問を行うことにした。
念の為だ。
しかし目ぼしい情報はなく、どいつもこいつもこの神気に魅入られたかのようにアンデッドを量産していたらしいことしか分からなかった。
なぜ、自分たちのしていることに疑問を覚えないのか。
明らかに異常な行動だろうに。
俺とクーラは言い知れぬ不気味さを感じながら、最後のひとりである豚人族の男を起こした。
「で? お前はあの神気についてどう思った」
「お、おでは分からない。あれが何なのか。ご主人様がやれというから、小屋を建てたし、魔物も捕まえた。でも気味が悪いんだ。みんなあれのせいでどうかしちまっているみたいで……でもおでは奴隷だから。口答えするなって……」
どうやら神気に魅入られていたのは人類だけで、魔族である豚人族はまともそうだった。
「どうして逃げなかったんだ?」
「逃げる? 〈ギアス〉で色々制限されてて……」
ああそういう仕組みなのか。
奴隷商は魔術が使えなくなっていて半狂乱になって話にならなかったので、その辺のことはあまり聞いていなかった。
俺は記憶ツリーに〈ギアス〉を移して、解除方法を調べる。
……しくじったなあ。
どうやら〈ギアス〉を解除するには、掛けた本人が解除する必要があるらしい。
「おい、お前にかかっている〈ギアス〉はどんな内容だ?」
「おでのギアスは、……ご主人様の命令には必ず従うこと。ご主人様を守る以外のことで、人類を攻撃してはならない。ご主人様の見えないところにいていいのは一日だけ。……これだけだ」
「そのご主人様が死んだ場合は?」
「…………そのときは。そのときは、おでも死ぬ」
「奴ならもう死んでいるぞ」
「ご主人様が見ていない時間が一日以上になったら、〈ギアス〉でおでは死ぬほど苦しんで死ぬ。だから、おでは死ぬ」
なるほど、〈ギアス〉の禁止条件に違反した場合に生じる苦しみが続くことで死ぬのか。
しかしこれは失敗した。
先に奴隷商に〈ギアス〉を戻して解除させなければならなかった。
相反する内容のギアスで上書きしようとすると、後にかけられた方が条件不備で弾かれてしまうから、俺が〈ギアス〉を使っても解除は無理だ。
……いや、奴隷商のあの様子で、大人しく奴隷を開放なんてするか?
むしろ俺たちに向けて〈ギアス〉を使ってきかねない。
……詰みか。
助けられる方法はない。
「悪い。俺たちじゃお前を助ける方法がない」
「……そ、そうか。仕方ない。おで、覚悟はしてた。いつかこうやって死ぬこと」
「苦しまずに殺してやることくらいしかできないが、どうする?」
「ああ、それで十分、だ。頼む。〈ギアス〉に違反した苦しみは、凄く、辛いから。おで、苦しみたくない」
「……分かった」
無銘の霊刀の〈魂砕き〉で豚人族を殺した。
「……お疲れ様、イズキ」
「この豚人族は助けられなかったな」
「あの奴隷商が大人しく開放するかな。僕にはどうもそれを交渉材料に無茶苦茶なことを言い出しそうで考えたくないけど」
「そうなんだろうけどさ。ともかく、後はこの下だな」
尋問でここにいる全員以外に関わっている者はいないことは聞き出してある。
地下には誰もいないし、街に行っても誰もこの小屋のことは知らないはずだ。
……証言を全て信用するなら、だけどな。
それに鳥人族なら空からこの小屋を発見する可能性はあるし、街の人にしてもここの連中がどこかへ出かけていることを不審に思っている奴がいるかもしれない。
なんにせよ、小屋の地下にある神気を確認だけしておく必要があるだろう。
俺はタマを小屋の中に呼び、3人で地下の確認に向かうことにした。




