56.夜魔族マジこええええ
「酷いよイズキくん!!」
【夢魔】でタマの夢の中に入った途端、なじられた。
【夢魔】による夢の記憶は、現実では思い出すことはできない。
しかし夢の中では違う。
再度【夢魔】で夢に入れば、以前【夢魔】であったことを夢の中では覚えているのだ。
「酷いか? 今日の戦闘で見違えるように上達していたじゃないか」
「う、それはそうだけど……」
「訓練の意味はあった。だから今日もやるぞ」
「え~……また一晩中、ナイフを投げ続けるの?」
タマの目が死んでいる。
確かに延々と投げ続けるのは単調だし、訓練としては効果が薄いかも知れない。
動かない的を狙って投げるのも、実戦的ではないことは確かだ。
「じゃあ今日は俺に向けてナイフを投げろ。俺は避けるから」
「え、そんなの危ないよ!?」
「夢の中だから大丈夫だ。怪我しても一瞬で治せるし、死なない。そもそも、タマの腕じゃ俺に当てられない」
そう、夢の中では怪我をしても任意で治すことができ、死んでも生き返ることができる。
これは【夢魔】の特性のひとつで、
……どんだけハードなプレイを想定しているんだろう。
と思わされるものだが、実際には相手に抵抗されて殺された場合の保険だろう。
夜魔族は魔術は得意だが身体能力は低い。
相手を魅了しきれずに、抵抗されて殺されることもあり得るのだ。
……それでも「夢の中で殺しても無駄だ」とか言いながら関係を迫るとか粘着気味で悪質だなあ。
エロ魔族のことはどうでもいいので閑話休題。
というわけで、今晩の訓練はタマが【投擲】で俺は回避だ。
ただ回避するだけではつまらないので、ここで【黒狼化】を試しておこうと思おう。
「イズキくんは【完全獣化】かあ……当てられるかなあ」
全身が完全な黒になった狼姿だ。
そういえば魔法の武器ではないから、投げナイフが当たっても傷ひとつ負うことはないことを思い出した。
緊張感が削がれるが、ともかく【黒狼化】時の動きに慣れるための訓練だ。
【完全獣化】時よりも身体能力は上がっているはずだから、今のうちに慣れておいた方がいいだろう。
「よし、いつでもいいぞ」
「喋ったぁ!?」
おっと、【完全獣化】中は喋れないんだったな。
「気にするな。ほら、早く投げてこい」
「う、うん。ほんとに大丈夫かな~……」
そうして一晩中、俺はタマの投げるナイフを回避し続けた。
結局、タマが俺にナイフを当てることはできなかったが、動く的に対する練習にはなっただろう。