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43.めんこいって死語じゃないよね?

その少女の目は覚悟で揺らぐことなく、目の前の乱痴気騒ぎを眺めていた。


「うひょひょ、めんこいめんこい、ほんとに、めんこいのう!」


人間族の中年男性が部下に運び込ませた金貨の山が、続々と目の前に積まれていくのを、少女は無心で見つめていた。

わざわざ金貨だと見せつけるように山にして並べられたその数、男が言う言葉を信ずるならば1000枚。

山は5つに分けられ、それぞれが黄金の輝きを放って観衆を熱狂させる。


「今宵はおぬしにとって忘れられぬ夜になるのじゃ。まっこと猫人族は愛らしい。うひょひょ」


下卑た中年の腹は出っ張っている。

人間族の中でも商売で成功すれば、ろくに身体を動かす機会もなく美食と飽食に明け暮れ、肥満体になる者もいるらしい。


……さて、そろそろいいか。


金貨の山は出揃った。


獲物は5ヶ所に分けられているが、なんとかなるだろう。


「その金貨、俺が頂く!」


「だ、誰だ!?」


壁に同化するために展開していた〈イリュージョン〉を解くと、俺は少女と豚野郎の間に置かれた金貨の山に走り寄る。

手には大きなズタ袋。

万が一にも穴が空かないようにわざわざ市場で購入した革製の大きなものだ。

それに金貨をざばざばと入れていく。


「曲者ぉ! 堂々となにをしておるか! おい者共、自殺志願者がお待ちかねのようだよ!」


娼館の女主人が屈強な男どもをけしかけてくるが、どいつもこいつもレベルが20程度の雑魚ばかり。

野盗よりマシな程度で、俺をどうにかできるはずもない。


「〈グルー・リキッド〉!」


大量にぶちまけた粘液が、用心棒たちの足元に流れ込み、一瞬にして固まった。

〈グルー・リキッド〉は時間が経つと固まる性質をもつ粘性の液体を生み出す魔術で、その用途は木工細工から建築まで幅広い。

それを【魂触】により速乾性を高め、拘束魔術として凶悪化したものがこちらになります。


用心棒をまとめて足止めした俺は、金貨を急いで袋に放り込む。

この作業だけはスムーズにやる手段を思いつかなかったのだ。


「ひょほ!? 貴様、わしの金貨になにしてくれとる!? やめんか、やめんか、それはわしが今日、めんこい子猫ちゃんとにゃんにゃんするために――」


「黙れ豚野郎」


すがりついてきた豚野郎を蹴り飛ばし、金貨の袋詰めを続行する。


ふと目を丸くしている猫人族の少女の視線に気づき、俺はしばらく少女と視線を交錯させた。

手はもちろん、金貨の袋詰めで忙しない。


……ふうむ、やっぱりか。


確かめたいことも確かめたし、金貨もいくらか取りこぼしがあったがほとんど革袋に詰め終えた。


さて、仕上げと行こうか。


「なあコルニ。俺と一緒に逃げるか?」


「……っ!?」


いきなり名前を呼ばれたことで、驚かせたようだ。

しかしすぐに少女の目は、暗く頑なな色に染まる。


「逃げられるわけない」


「いや、なんとかなるぜ。お前さえ、覚悟を決めたならな」


「覚悟」


俺は知るよしもないことだが、彼女は覚悟を決めていた。

今宵、散らされる己の運命を。

そして明日から続く終わりのない苦痛の日々を。

それでもどんなに苦しくとも生きていくという、覚悟を決めていた。


だが、それが鈍る。


唐突に現れた、目と鼻の部分に穴を開けた袋を被った筋骨隆々の大男に。

この太くて逞しい腕の中でなら、死ぬのも悪くはないかもしれない、と。


「……じゃあ、連れて行って。私を逃して。死んでも、いいから」


「大丈夫、お前を死なせはしない。少しじっとしていてくれ」


俺は【魂触】でコルニに【獣化】と【完全獣化】を取得させた。


「やり方、分かるな?」


「え、なにこれ」


「さあ、使え!」


「うん!」


【完全獣化】により猫になったコルニを抱き上げる。

コルニは見えない腕に抱え上げられて混乱したのかジタバタしたが、やがて俺がちゃんと抱えたのだと判断したのか、大人しくなった。


「コルニが消えた!? どこへやったの!?」


「哀れな娘も私が頂く!」


「お待ち! あんた、こんなことしてタダで済むと……」


「我が名は怪盗ウルフ!」


「名前なんて聞いてないよ!!?」


「フハハハハ、さらば!」


俺は「しっかりしがみついてろ、噛んでもいいからな」とコルニに注意しておき、金貨の入った革袋をベルトでたすき掛けにして固定して【完全獣化】した。

手荷物は完全に消え失せ、狼と猫だけがその場に残る。

ただし俺とコルニ以外には、マッチョな怪盗ウルフだけが残ったように見えるだろう。


「金貨の入った袋が消えた!?」


風を纏い走り始めた俺に、追いつける人間族はいない。


まんまと人の隙間を縫って走り抜けた俺は、そのまま夜の街に踊り出る。

驚き慌てふためく人間族を尻目に、人気のない方向へと全速力で駆け抜けた。


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