36.下僕ゲットぉぉぉぉ!!
「……まさか本当に人狼族が【人化】しているなんて」
「言った通りだったろ?」
俺はクーラとっていた宿の一室で、【人化】を解いて見せた。
久々の耳と尻尾を撫でる。
心なしか毛艶が悪くなったか?
こっち来てからロクなもの食べてないからな……。
「では、あなたが邪神の御子様……」
「おいおい。お前が邪神の御子に何を期待しているのかは知らないが、俺は別に魔族の救世主とかじゃないぞ。俺は俺の生きたいように生きるだけだ。魔族にご利益がある存在ってわけじゃないんだよ」
「しかし、生まれながらにして名があり、邪神の加護と謎のスキルをもって生まれたと」
「それは事実だが、その事実からなぜ魔族の救世主になるという発想が生まれてくるんだ? どこにもそんな要素はないぞ」
「……それは、確かにそうかもしれませんが。まだイズキ様がご自身の天命をご存知ないだけでは」
「いや。それはない」
「なぜ言い切れるのです」
うーむ。
邪神とそういう会話を生まれる前にしたなんて言ったら、もっと話がこじれそうだ。
「ないったらない。それは断言できるが理由は言わない」
「なぜ、と聞いてはなりませんか……。では問いを改めます。なぜ迷宮都市に向かわれようとしていらっしゃるのです? それも供もつけずにおひとりで」
「あー……」
それもデリケートかつ恥ずかしい話になるのでとても話したくない。
しかし説明しないと納得もしないだろうしなー。
……うん、ここで味方につけておくか。
狂信者じみたところはあるが、敵でないことは分かった。
なら道案内に取り立ててやるのも、やぶさかではない。
俺は故郷の集落がヒュドラに滅ぼされたこと、生き残った友人たちを連れて隣の集落に身を寄せたこと、そこで何もかも放り出したい気分になって実際に放り出したこと。
その結果、1年も放浪して国境に辿り着き、ただの好奇心で人類の領域に入り込んだことをクーラに話して聞かせた。
「……イズキ様」
「ん?」
「おつらい目に合われたのですね」
「なんかその上から同情するような目線が嫌だ」
「は、申し訳ありません」
「まあいいよ。そんなわけで、ダンジョンで稼げるなら人類の街で暮らしていけるかなーって思って行こうとしているだけ」
「ほんと好奇心だけで行動しておられるのですね。猫人族ではあるまいに」
「好奇心が猫を殺す、か?」
「その言い回しは面白いですね。まさにそれです」
俺の故郷の集落には猫人族、いなかったんだよなー。
「でさ。クーラ、俺を迷宮都市に案内する気はあるか? 別に報酬とかないけど。いや後払いでよければ稼いで渡すけど」
「なんと滅相もない。私でよろしければぜひ、お供させてください」
「その言葉、後悔するなよ?」
「しませんとも、心外な」
ふたりしてクスクスと笑い合う。
「あ。そういえばお前の口調、素でいいぞ。俺に様づけしてるところを聞かれたら怪しまれるだろ」
「そうですか? ただ良家のご子息と家来に見られるだけだと思いますが」
「俺の育ちは狩人だ。そんな持って回ったような口調で対応され続けると落ち着かない」
「うーん、そうですね。いや、そうだね? ではイズキ、と呼び捨てにさせてもらうけどいいのかい」
「その方が気安いし、それでいいよ」
「じゃあイズキ、向かう先は迷宮都市に決まったけど。僕らの関係はどう説明しようか?」
「俺は人類の文化を知らん。お前の方でちょうど良さそうなのを考えてくれ」
丸投げもやむなし。
だって本当に分からないんだから仕方ない。
「そうだね。じゃあ同郷で年の離れた友人ということにしようか」
「そんなもんでいいのか?」
「うん。僕とイズキは迷宮都市で一旗あげるために、故郷を捨てて旅立ったのさ」
いつかビッグになってやるってやつだな。
……なんか駄目なミュージシャン志望みたいな動機だ。
かくして俺は、クーラという旅のお供を得たのだった。