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2.転生しろ拒否権はない

リノリウムの床が無限に広がっている。


素足で立つには感触が冷たい。

スリッパが欲しかったが、周囲には見当たらなかった。


身につけているのはライトグリーンの病院着だけだが、不思議と寒くはない。

この広さでエアコンが効いているとは思えないのだが。


……ここはどこだろう?


記憶の最後では、呼吸器に鼻と口を覆われて、病院のベッドに横たわっていたはずだ。


しわくちゃの手指で口元を探る。

呼吸が苦しくないのは久しぶりだ。

酸素が美味い。


「八神泉樹、お前は死んだ」


背後から突然、鈴を転がすような少女の声音が俺を刺し貫いた。


無意識に腹に手をやる。

どこにも傷はなかった。


「…………」


振り向くのが恐ろしい。

こんなに近くに、化物がいるのに気づかないだなんてどうかしている。

霊感の強さにだけは定評のあるこの俺が。


「八神泉樹」


ふたたび俺の名が呼ばれる。

少女の声に、若干の苛立ちが追加されていた。


俺は恐る恐る、振り向こうとする。

ギチギチと関節が軋むのに耐えながら。


ぎこちなく振り向いた先には、古臭い地味な着物を纏った化物が、少女のカタチをして立っていた。

腰には白木の鞘に収められた日本刀。


……ああ、こんなところにあったのか。


昔、蔵の中で見た八神家の家宝だ。

きっと鞘から抜けば、青白く輝く刀身を晒すのだろう。


「八神泉樹」


「ああ、分かった。もう分かったよ」


俺が既に死んでいること。

そして蔵で見た刀は、あのときから俺の中にあったこと。

眼の前の化物には何事か不満があるらしく、死後の俺をこのよく分からない場所に留め置いたこと。


「……何か用事か。出来れば早いところ、三途の川を渡りたいのだが」


「お前が行く先は地獄でも天国でもない」


「死後の世界などない、とかそういう話じゃ……」


「ない。お前が行くのは、死出の旅路ではない。妾が斬るべき『歪み』が存在する地に、新たに生まれ落ちろ」


「いやいや、さっぱり分からない。何を言っているんだ唐突に!」


俺は焦っていた。

化物の口車に乗せられれば、ロクなことにならないのは目に見えて明らかだ。

これ以上の会話すら危険。

どうにか早く、この場から退場しなければ。


「妾はお前を通して、現世を見た。そこにアヤカシは気配すら感じず、妾が斬るべき『歪み』はついぞ見当たらなかった」


「それは。……平和でいいことじゃないか」


「妾の存在意義は、『歪み』を斬ること。これのみにある。せっかく狭い箱の中から出るにうってつけの使い手が現れたというのに、肝心の斬るべき『歪み』が全くなくて大いに失望したのだ」


「はあ」


「それで次なる生は、多くの『歪み』を抱える地に生まれ落ち、妾の本分を全うすべきと考えた」


「あのさ。その話、俺、関係ある?」


「ある。妾は既に、お前の魂と同化しておる」


なんてこった。

何を勝手に人様の魂に取り憑いてやがる。


「それ、その同化したのを分離するとかは……」


「できるわけなかろう」


ですよねー。


……はあ、マジしんどい。


まさか死んでからも心霊関係に悩まされようとは思わなかった。

俺の人生、苦しいことや辛いことの割合が人より多いのではないか?


「妾たちが生まれ落ちる地の神に、既に話は通してある」


「え、ちょ、何をしてくれてるんだ!?」


「理解は後からしろ。先方を既に待たせている」


先方って、神様!?


少女の指がつと、持ち上げられる。

指し示す先には、気持ちの悪い生首が鎮座していた。


紫がかった肌色が既に気色悪い。

整った顔立ちに力強い眼差し。

黒々とした長髪が床に広がっている。


生首はニタリと笑みを浮かべ、「私の出番かな?」などとのたまいだした。

少女は神妙に頷く。


「後のことはよしなに」


「うむ。万事、任された。……さて八神泉樹くんだったね。私はガイアヴルム。かの地では“邪神”と名高いが、別に邪悪な神ではないので安心してくれ」


邪神ときたか。

もう勘弁してくれないかな?

いやほんとマジで。


「なんというか。……この話、なかったことにできませんか?」


「何を言い出す!!」


少女が吠えた。

怖いので殺気を向けるのは止めて欲しい。


「ははは。八神泉樹……イズキと呼ばせてもらうけど。私の世界に来るのは嫌かな?」


「嫌も何も、今のところ俺に選択肢がないのが最悪ですね」


「その通りだね。まあ、君に取り憑いている霊刀はそういうモノだと諦めて貰うしかない。納得するのは難しいだろうが、折り合いをつけるのは上手だろう?」


「そりゃ俺の人生、この手の苦労とは長い付き合いではありますが……今回のは酷い」


視線だけで俺を殺せそうな少女を視界から外し、生首の方に向き直る。

邪神の方が話が通じそうなので、交渉はこちらとするべきだ。


「イズキにとっては悪い話ではないんだよ。君は生まれ変わって新しい人生を歩める。そこの霊刀は斬りたいばかりだが、それは目の前に斬るべき相手が現れたときだけだろう。それ以外は君の人生だよ」


「……具体的に生まれ変わるってのは、どういう状態になるんですか?」


「記憶を保持したまま、私の世界に新しい命として生まれてくる。君の霊感と霊刀も一緒だ。地球では霊感なんてあっても困ることの方が多かっただろうけど、私の世界では役立つ場面は多いはずだ。なんといってもアンデッドがいるからね」


「アンデッド……。ゾンビやゴーストとか、そういうのですか?」


「そうそう。そこの霊刀は魂の在り方が間違っている存在を『歪み』と呼んでいる。私の世界においてアンデッドがまさにソレだ」


異世界転生か……。

フィクションで楽しむならともかく、この身に降り掛かってくると悩ましいものがある。


「そっちの世界は地球と比べてどのような違いがあります? アンデッドなんてものがおおっぴらに存在する以外には」


「物理法則を捻じ曲げるアドオンを原初の法に組み込んでいる。いわゆる魔法という奴だね。他に自他が強さの指標とすることができるアドオンもあるね。これはステータスといえば通じるかな?」


「随分とファンタジーですね。ステータスまであるとゲーム感がありますが……」


「弱肉強食の世界を目指したからね。魔族と魔物が永劫に戦い続け高みを目指す闘争の世界。私の創世はそのために必要なものを原初の法に組み込んだわけだ」


魔族と魔物?


「人間はいないんですか?」


「いや、いるよ。最初はいなかったんだけど。……そうだな、簡単に説明しておいた方がいいかな」


生首は少し考える様子を見せると、語り始めた。


「私が創造した世界については先程も言った通り、魔族と魔物が闘争を続ける世界だった。しかしあるとき7柱の神々がやってきて、私の世界を奪おうとした」


「神様同士の戦争ですか」


「1対7を戦争と呼ぶかはともかく、戦いにはなった。結果から言えば私は敗北した。現在は7つに分割されて、封印されている」


7つに分割されても生きているのが凄い。

さすがは神様だ。

あ、それで今、生首だけなのかな?


「勝利した7柱の神々は、地上を満たしていた私の神気を自分たちの神気で塗り替え、その後に自分たちの眷属を地上に遣わした。それが人類……人間族、森人族、山人族、鳥人族、蜥人族、人魚族の6種族だ」


「6種族? 侵略側の神は7柱でしたよね?」


「そこが問題でね。7柱のうちの1柱が裏切ったんだ。眷属を遣わさずに、原初の法のひとつである輪廻の環に干渉したんだ。その結果、私の世界にはアンデッドが生まれるようになってしまった」


「なぜその神は裏切ったんです?」


「そこは本人に聞かなければ分からないが……大方、自分の力を増すためにやったんじゃないかな。神が世界を管理することよりも、自己の利益を求めたのだから他の6柱からしたら裏切り者扱いは当然だ。……今の私の世界で主に語られる神話では、世界を創ったのは6柱の神々で、魔族と魔物を使って侵略してきた邪神である私を退けたという筋書きになっているうえに、アンデッドを生み出した神は神話に登場すらしないという有様だ」


勝者が歴史を作るのと同様、勝者が神話を作ったわけか。


「聞きたいんですが……俺を転生させて、あなたに何のメリットが?」


「先程までの話を聞いていれば想像がつかないかな? 言ってしまえば、私はアンデッドを生み出した神をそこの霊刀が斬り殺すことを期待している」


ああ、そうか。

生首の分割封印は7つ。

そのひとつをアンデッドを生み出した神が未だに保持しているのか。


「わかってもらえたかな? 互いにメリットのある話だと思うよ。まあそれ以前に、イズキくんに拒否権はないので飲み込んでもらうしかないわけだけど」


「……そのようですね」


視界外の少女からは苛立ちが伝わってくる。

長々と話を続ける俺たちに業を煮やしているらしい。


「話は分かりました。しかし聞く限り、生まれた先は危険が多いように思いますが、ちゃんと大人になるまで生き延びることができるでしょうか。できればその辺りに保証が欲しいんですが」


「ふむ。まあそのくらいはサービスしてもいいかな。イズキくんには霊感と霊刀があるから、よほど運が悪くない限り生まれた場所で大事に育てられると思うけど」


「それでも念の為に。乳幼児の死亡率は、きっとお高いんでしょう?」


「ははは。文明国に生まれ育った君からしたら不安になる数字だろうね。分かった分かった、いいだろう。君には私の加護を与えようじゃないか」


「ありがとうございます」


「礼はいらないよ。納得した上で転生してくれる方が、こちらとしても安心だしね。……で、どんな加護が欲しい?」


「そうですね……」


手っ取り早く強さを求めるべきだ。

自分の身を守るには、自分が強くなるのが早道だからな。

ただ単純に強い能力をひとつ貰うよりも、持続的に成長するような能力の方が好ましい。


俺の要望を受けて、生首は苦笑する。


「理に叶う要望だ。確かに生き延びるためには強くなってもらわなければならない。君を脅かすのはアンデッドばかりではないわけだし。それに最終的に神殺しを達するためにも、霊刀以外の強みは欲しいところだ」


「それで、どんな加護がいただけますか?」


「そうだな。私の世界では、原初の法にステータスがあるという話はしたな? 他の生き物を殺すと、その魂の一部を取り込みレベルアップし、個体の強さを高めるというシステムがある。そこに介入できるようにしておこう」


敵を倒してレベルアップ?

ほんとゲームみたいな世界だ。


「具体的には取り込んだ魂をレベルアップに消費せずに保留し、使途を自分で決めることができるようにしよう。保留した魂を消費して任意の能力値上昇やスキル習得などに回せるようにする。もちろんレベルアップも任意になってしまうが」


「……レベルアップが遅くなる代わりに、強くなる方向性を自分で決められるということですか」


「そう。大抵の場合、レベルアップは全体的な強化となるから、君の霊感や霊刀を活かすスキルを優先的に取得したり、一点突破するような切り札を取得したりする方が、手っ取り早く強くなることができる。君の言う通り、弊害としてレベルアップが遅れるから、そこだけは気をつけてもらいたい」


「分かりました。これで安心して転生できそうです。ありがとうございます」


「うん。期待しているよ」


話がまとまり、少女が「ではとっとと生まれ落ちろ」と急かしてくる。


かくして俺は生首の邪神の手で新しい人生を送ることになった。


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