14.これ絶対ヤバいフラグ
日が傾きかけてきた頃、俺は【霊感】が何かを訴えかけていることに気づいた。
湿地の奥の方に、何か大きな気配を感じるのだ。
十中八九、アンデッドだろう。
皆を見ると、水遊びに夢中で日が暮れる前にひと暴れしようと、全力を出す機会を伺っているようだった。
水を差すのも悪いので、さっさと行って魂を獲得してしまおう。
俺は【霊感】の導くまま、湿地を奥へ奥へと進んでいく。
……なんだ、あれは。
ただのゴーストではなかった。
額に一本の巨大な角をもった若い女性の霊だ。
鬼人族だろう。
おそらく生前のものだろうが、ここまでハッキリとした姿を保ったゴーストは初めて見た。
【魂視】で視ればレベル60の表示。
「あら、人狼族なのに私が視えるの?」
「あ、ああ……」
「珍しいわね。【霊視】をもった人狼族だなんて。片親は何の種族かしら?」
会話までできるのか。
悪い気配を感じないので、そのまま近づき俺は、
――その『歪み』、斬るべし。
無銘の霊刀を抜き放った。
「え?」
「な!?」
驚きの声が重なる。
女性のゴーストは胴体から下を消失していた。
「なにその刀は!?」
「ごめんなさい、早く逃げて!」
だが俺の身体は意思と無関係にゴーストを追い詰めていく。
続く一撃は上段から残る上半身を袈裟斬りにするもの。
しかし女性の方も一方的に攻撃されてばかりではなかった。
「〈マテリアル・プロテクション〉!!」
それは物理障壁の魔術で、六角形をした手の平大の障壁が鱗のように彼女の身を守ろうと前面に展開した。
障壁の多さから、彼女にとって練達した魔術だということが分かる。
が、それは悪手。
無銘の霊刀はアンデッドしか斬ることができない。
逆に言えば、アンデッド以外の物体には干渉しないのだ。
「なん、で――?」
まったく抵抗を受けずに障壁をすり抜け、自身を両断した刀を見下ろす彼女の目は、驚愕に見開かれていた。
そして霊体は消滅する。
「くそ、こんなの聞いてないぞ!?」
無銘の霊刀が勝手にゴーストを斬るために、俺の身体を乗っ取るだなんて。
相手は悪霊の類いではなかったかもしれなかったのに。
少なくとも会話はできた。
戦わなくても良かったかもしれない相手だった。
それを問答無用で滅ぼした。
「なんでこんなことを……」
問いは風に消える。
無銘の霊刀は何も答えなかった。