12.俺ってばいつの間にか有名人
神殿の地下には禍々しい濃紫色のモヤがわだかまっていた。
「……これは、なんですか?」
「瘴気と呼ばれるものだ。邪神の神気であると言われている。禍々しいように見えるが、少し触れた程度では魔族に害はない。むしろ肉体的には活性化すらする。触れ続ければ毒にもなるがな」
「瘴気……触れてもいいですか?」
「子供の身体には毒になる方が多い。止めておけ」
酒やタバコじゃないだろうが、成長途中の子供の身体には良くないらしい。
好奇心で言ってみただけだから、触るなと言われてそれに逆らう理由もなかった。
「いいか。人類の街にある神殿の地下には、6柱いずれかの神気があるはずだ。それは魔族にとって猛毒でもある。我々は人類を守護する神々の祀られた神殿に近づくことすらできまい」
「それが問題になる、と?」
「なる。確実にな」
ヤニック司祭が言うには、人類の神殿も魔族の神殿と同様に冠婚葬祭に関わりがあり、信心深い者は頻繁に神殿に詣でるという話だった。
もし頑なに神殿に近付こうとしない者がいたら、それは魔族だと疑われても仕方がないほどに、神殿は人類の生活に密着している。
「じゃあ【人化】できる種族は、【人化】できても人類の街には行かないのですか?」
「大半の魔族は行く理由もないし、行って利益になるようなこともない。一部の物好きはそれでも行くが……」
「なんだ、行く人もいるじゃないですか。そういう人たちはどうしているんですか?」
「夜魔族ならば異性を籠絡する。狐人族ならば幻惑するだろう。種族ごとに誤魔化し方は様々だが……人狼族の君はどうだろうな。そんな都合のいい方法が用意できるかね?」
なるほど、人類側に味方を作ったり幻惑したりと、種族ごとに人類の懐に潜り込む手管があるらしい。
しかし例外的に【人化】だけを取得できる俺は、そのような手管を持っていない。
今後も樹形図にその手のスキルが現れなければ、人間族に化けるだけの【人化】は役立たずだ。
「……分かりました。ひとまず人類の街に行くのは、難しいということは覚えておきます」
「手段が手に入っても、君の場合は許されるとは思えないが」
「え、何故ですか?」
「邪神の御子。君は魔族の神殿関係者からはそう呼ばれ、特別な存在だとみなされている。大人たちは君が人類の街に行くだのといった危ないことに関わらせるとは思えんよ」
邪神の加護は生まれて大人になるまで、確実に生育されるために願ったものだ。
実際、集落の中では大切にされている。
例え両親が揃って早逝したとしても、俺は集落か神殿で養育されるだろう。
……しかしその加護が枷になろうとは。
俺がこの世界に転生した目的は、無銘の霊刀にアンデッドを斬らせること。
もし可能ならば、アンデッドを生み出した7柱目の神を殺すことだ。
どちらも俺が望んだことではないが、ゲームのようなこの世界で強くなるのは楽しいし、まだ見ぬ世界を旅してみたいという欲求は日に日に強まっている。
俺がいま暮らしているのは魔族の領域と呼ばれる魔族の集落が点在する土地だ。
魔族は集落ごとに長を決め、集落単位で物事を決めている。
国家として見るならば原始的かつ小規模だ。
対して人類は王を筆頭にした君主国家を樹立しているらしい。
人類と魔族の国境では、数にものをいわせた人類の軍隊が魔族の集落を各個撃破しながら勢力圏を広げている。
しかしある程度まで負けがこむと、魔族も複数の集落を束ねて人類の軍隊を退ける。
それを何百年と繰り返しているそうだ。
バカバカしいことだが、俺はいつの間にかそのバカバカしい魔族が好きになっていた。
だからこそ、見たい。
魔族に対する人類。
双方に牙をむく魔物。
人智も及ばぬ神々。
「もし【人化】したうえで人類の街に潜り込めるだけの手段を手にしたら、どうしたらいいと思いますか?」
司祭ヤニックは、「これは神官ではなく叔父としての助言だが」と前置きした上で言った。
「強さを見せつけろ。魔族ならば、何を言われてもその強さで押し通せ。圧倒的な強さはすべてを肯定する」
俺はその言葉を心に刻み込み、頷きを返した。