116.やっぱアイツがいないのはキツいな
「良かったのか、神竜ランドルフの元じゃなくて。そこでなら2対2でやれただろう」
炎神アグニレブレの機体『紅蓮』から疑問の声が発せられた。
確かにダンジョンに行けばランドルフの加勢が見込める。
だがそれをすれば、恐らくは太陽神ラーグイユが割って入るだろう。
数的有利がなくなれば炎神アグニレブレと水神アクアガンドでは俺たちには勝てない、と判断するはずだ。
だから1対2のまま勝つ。
できるだけ早く、2柱を同時に相手取ったうえで勝つのだ。
「ここでいい。ランドルフの加勢がなくても、今の俺ならばお前らに勝てるからな」
増長していると見せておけばいい。
実際、俺は神になって2柱程度が相手ならば負けることはないと思っているのだ。
ここは大陸の中でも神気の薄い空白地帯。
魔物の生息する場所ではあるが、神が3柱もいるところに近づくほどマヌケな魔物もいないだろう。
「我らを愚弄するか、神竜イズキ。風神エアバーンを倒した貴様は確かに脅威。しかし昇神したばかりの貴様が、我ら2柱に加勢もなく勝てるほど強いとは思えぬ」
「それは経験則か、水神? なら無駄だ。竜ならぬ身で竜を越え、神ならぬ身で神を越えたこの俺を、お前の狭い了見で語ることはできない」
「……良かろう、ならば試すのみよ!」
水神アクアガンドの槍が投げられる。
神速の一投。
しかしそれを俺は『百我-改』で弾き飛ばす。
槍が投げられると同時に飛び出したのは炎神アグニレブレの『紅蓮』だ。
俺が槍の一投で射殺せないのは織り込み済みとばかりに巨大な剣を薙ぐ。
【人化】を解きつつ【縮地】で後方へ後ずさり、十分な距離を一歩で空けた後に〈風神弓〉を起動した。
風神エアバーンの術、〈風神弓〉は宙空に弓を神気で具現化し、同様に具現化した矢をつがえて撃つというものだ。
出現した弓の数は20程度。
数ならもっと出せるが、初めて使う術なのでならし運転だ。
神速の矢は全てアグニレブレの『紅蓮』に撃ち込んだ。
巨大なロボットは大きな的で、外す心配もないだろうと踏んだからだが、
「甘いわ!!」
巨大な盾で防がれた。
神気の矢を防ぐ盾ということは、恐らくあの盾、いやあの『紅蓮』という機体と装備はすべて神気を素材に創られた兵器だろう。
恐らくは動力すらも炎神アグニレブレの神気に違いない。
「『紅蓮』、バーストぉぉぉ!!!」
剣を天に掲げた巨大ロボットが真っ赤に輝く。
強烈な神気の発露に思わず身構えるが、……
……何もないのかよ!?
光っただけだった。
何がしたいんだ、コイツは。
「もういい、〈クリエイト・ナイトフォレスト〉」
荒野を森に、空は夜天に。
俺の【森の魔王】と【夜の魔王】が発動する。
「出ろ、〈群狼〉!」
木々の間から一匹、また一匹と狼の群れが現れた。
狼たちは2柱の神々に向けて駆ける。
「夜の森を司る神竜、か。ようやく本領を発揮したようだな。ならば我が槍の技が、数多の狼ごときでどうにかなると思い上がったツケを知れ!」
“水と豊穣を司る神”アクアガンドは、大地から木々のごとく槍を生やし、それを片っ端から狼に投げ始めた。
槍が豊作って……ほんとにどうしようもない微妙な技だ。
そもそも無限に湧き出る〈群狼〉を相手に槍を投げ続けるのは無駄でしかない。
それを読み取る眼をもたない神ごときに遅れをとろうはずもない。
一方の炎神アグニレブレは、『紅蓮』に喰らいつく狼を無視して、未だに赤い輝きを放ったまま硬直していた。
さすがに意味のない行動ではない、とようやく気づく。
あれは恐らく神気を溜めているのだ。
あの剣を掲げるポーズが必要なのかは議論の余地がありそうだが、“炎と芸術を司る神”アグニレブレならばポーズは必須だと主張するのかもしれない。
豊穣と芸術なんてものを司っている神々だ、戦いは本分ではないのだろう。
戦えないこともないのだろうが、得意分野は別にあるといったところか。
やはり1対2で勝てない相手ではない。
ようやく炎神アグニレブレが動く。
「待たせたな、――行くぜ、『紅蓮』バースト、開放ぉぉぉ!!!」
真っ赤な輝きが爆ぜる。
周囲すべてを巻き込む大爆発。
夜の森はまたたく間に炎上し、草木は焼け、空は真っ赤に染まり、狼たちは炎と煙にまかれて消えていく。
俺は炎の支配者により爆炎を免れていた。
風の神格者により新鮮な空気を供給し、半ば呆れながらその光景を眺めていた。
水神アクアガンドは、水を撒いて周囲を鎮火していた。
……思いっきり味方を巻き込んでいるようだが、大丈夫かコイツら。
連携もなにもない。
数的有利を活かせていない。
分体じゃなくて本体、なんだよな?
思わず【竜眼】や【霊視】【魂視】、【神気察知】などを駆使して探るが、どのような方向から視ても連中は分体などではなく本体であるという答えしか導き出せない。
罠もなく正面からやってきて、そしてこの体たらく。
本当にこのまま倒して良いのか迷いさえする。
こんなに簡単に倒せてしまって良いのか、ラーグイユ。
この光景を見ているならとっくに割って入る場面だろう。
ここで2柱の神々を殺せば、6大神は半数を失うことになる。
しかも俺に形質を取り込まれた上で、だ。
どう考えても残り3柱が俺とランドルフに勝てる未来は潰えるとしか思えないのだが。
しかし2柱の神々を倒す絶好の機会であることは確かだ。
躊躇などしている暇はない。
俺は意を決して2柱を殺すことにした。
「〈ショート・ジャンプ〉、〈練気〉〈断神剣〉!」
水神アクアガンドの背後に短距離転移し、振り向きざまに首をはねる。
続いて〈魂砕き〉により、防御が緩んだ胴体を切り刻むことで、アンデッド化を防止しようと試みる。
……いや、やはり無理か。
膨大な魂をもつ神が死すると、どうやってもアンデッド化してしまう。
魂を削りきることができないのだ。
頭部を失ったアクアガンドが、槍を両手に携え俺に向き直る。
亡神アクアガンドは周囲の炎を鎮火していた水を蒸発させて霧と化し、それを纏って俺に襲いかかってきた。
白くたなびく尾を引いて、亡神アクアガンドは槍を振るう。
死体ゆえに呼吸は必要ない。
無呼吸による槍の連撃。
俺は『百我-改』で槍を捌きながら、改めて無銘の霊刀を失った穴の大きさを思い知った。
 




