111.まずはお前からだぜ
風神エアバーンの神殿に派手に突入をかましてやった。
衝撃と爆音は【竜気纏衣】で防ぐ。
竜は神ほどではないが、神気を扱える。
俺も【纏気】というスキルをもっていたが、【竜気纏衣】はその発展版だ。
到着したのは、とてつもなく広い空間だった。
柱が並び、荘厳な雰囲気のある布や彫像で飾られた贅を尽くした部屋。
その奥に巨大な揺り籠があり、そこに巨大な赤ん坊が暗い目でこちらを睨みつけていた。
「お前が風神エアバーンか。少年かと思っていたが、赤ん坊だとは思わなかった」
「イズキぃ、お前がなぜこの僕の神殿にいる!? しかもランドルフまで連れて!!」
「なんだ、分からないのか? 殺しに来たんだよ、お前をな」
〈ストレージ〉から『百我-改』を抜く。
『百我-改』は俺の神気、つまり魂を素材にして創り上げた刀だ。
風神が自らの神気を弓と矢に変えたのを真似ただけだが、神と戦うならこのくらいの準備は必要だろうと思って用意した。
単一素材の『百我-改』は構造的にも日本刀ではない。
刀なのは形だけだ。
それでも折れないし欠けないし歪まない。
そこに無銘の霊刀を降ろす。
「よし。始めようか、風神。約束破りの罪は重いぜ」
「文字通りの死刑って奴だ! 覚悟しろよクソガキ!」
ランドルフから降りて、駆ける。
風を纏い、背後に炎を爆散させて加速。
「〈練気〉、〈神気一閃〉!」
「風神エアバーンの名において命ずる。我が風よ切り刻め――」
赤ん坊は呟くように言葉を吐き出した。
無限に湧く風の刃が俺を取り囲み、一斉に襲いかかってくる。
だが風の支配者によりそれらを全て無力化し、おれは刃を届かせた。
ガギギ、と硬い音がして赤ん坊の桃のような頬を引っ掻き、俺の『百我-改』は振り下ろされた神殿の床を割る。
くそ、硬い。
〈神気一閃〉じゃ傷もつかないのか。
「くそ、僕の風を……なんなんだ、その風の支配者ってのは。まるで僕のような――」
エアバーンは忌々しいものを見るような目で俺を見下し、続けて言った。
「――風が駄目なら、もうひとつを使うか」
“風と自由を司る神”エアバーン、それが正式な奴の名だ。
風神エアバーンが司るのは『風』のみではない。
奴は『自由』を操る。
「自在に吹け、風の刃」
ドンッ! と俺の腹部に風の刃が叩きつけられた。
【竜気纏衣】の防御力がなければ斬り裂かれていてだろう。
「僕の風はもう、風の支配者では防げない」
支配されない自由な風というわけか。
だがその縛りのせいで、奴の攻撃も大雑把になった。
なにが「自在に吹け」だ。
実際には勝手に吹かせるしかない、だろう?
「相棒、いくらなんでも手を抜いたまま勝てる相手じゃねえぞ! 〈〈〈〈ヴォルカニック・テンペスト〉〉〉〉!!」
竜特有、魔術の四重発動。
溶岩の嵐が吹き荒れ、室内をメチャクチャにする。
当然、風神にも溶岩の洗礼が浴びせられるのだが、
「やめろ、その術は。部屋が台無しだ」
嫌そうな顔をしながら小言をこぼしただけ。
溶岩の嵐は奴を避けて吹き荒れる。
「チ。自由を操っているときの奴には当たらんな!」
俺は【人化】を解いた。
「貴様……そうか、やはり竜になったか」
「ああ。神を殺すなら竜になるのが一番、手っ取り早いからな」
今の俺は闇狼族ではない。
ダークドラゴンという種族だ。
ただし人型を保っている。
両耳は人間と同じく、側頭部からは漆黒の捻じ曲がった角が生えており、尻尾は矢印のような尖った先端をもっていた。
皮膜の翼も合わせて、姿は夜魔族に似ている。
狼の形質は邪魔になったため、種族からは取り除いたのだ。
もちろん竜なのだから、本質的には人型であるわけがない。
俺には【完全竜化】というスキルもある。
しかしそれをすれば未完成な竜の姿で、刀を使えずに戦わなければならない。
今はまだ、人型の方が強いのだ。
「来たれ夜闇の森、――〈クリエイト・ナイトフォレスト〉」
俺の魂の樹形図の中にある【夜の魔王】と【森の魔王】は健在だ。
そして今の俺ならば、夜の森をいつでも創り出せる。
草木が部屋を多い、幾本もの樹木が急速に伸び、天井を夜の闇が覆う。
ただしさほど暗くはない。
月と星の明かりもまた天井にあるからだ。
「行くぞ、風神。ここからは手抜きはなしだ」
「やれやれ、僕も本気を出さないとマズそうだな」
巨大な赤ん坊が揺り籠から立ち上がると、見る間に縮んでいき、俺より一回りほど大きな赤ん坊のカタチとなった。
十分に巨大だが、それでも二本足で立つところを見ると、戦う気になった、と言ったところか。
「ここは僕の神殿だぞ。好き勝手に汚しやがって。タダじゃおかない」
風神の纏う神気から弓が生まれ、矢がつがえられる。
宙空に浮かぶその数は、十を越える。
あのときは鳥人族の女性に射掛けられて殺された幻視を見せられたが、今回は視えなかった。
――今の俺になら、捌くことができる。
矢が発射される。
神速の一撃が十以上。
それらを全て躱し、俺は刀を振るった。
「〈断神剣〉」
銀閃が赤子の手首を刎ね飛ばした。
血しぶきが舞う。




