105.女って奴はどうにも
「俺の名はイズキ。領主クーラに会いたい。取り次いでもらえないだろうか」
「領主様はお忙しい。お前のような若造が――いや待て、いまイズキと名乗ったか?」
「そうだ。イズキが来たら通せ、とクーラから聞いているか?」
「失礼しました! いまお取り次ぎしますので、少々お待ち下さい」
俺は迷宮都市の領主館にやって来ていた。
来る途中で迷宮のあった跡地を見たが、ごっそりと迷宮を抜き去っていったため、大穴が空いていた。
迷宮を戻すことは不可能ではないが、現状でそれをするのはまだ早い。
探索者は散り散りになったままだし、戦力不足になったこの街を狙う周辺諸国の火に油を注ぐだけになるだろう。
……それにダンジョンを元に戻したら、俺がこの世界に戻ってきたことが6大神にバレるからな。
「お待たせしました! 領主様がお会いになるそうです!」
「ありがとう」
俺は門番に案内されて領主館に入った。
館の扉の前で待っていたのは、人間族の老人だった。
「家令のネルソンでございます。前の領主の代からこの領主館を取り仕切っておりますが、今はクーラ様の腹心を自負しております。イズキ様のこともお聞きしております」
「へえ、俺のことを? どんな風に言っていた?」
「仕えるべき主にして友人と」
「なるほど、そうか」
なんともこそばゆい話だ。
しかしどうやらネルソンとやらには、クーラとコルニが魔族であることを話してあるらしい。
門番の耳のあるところで込み入った話はできないからお茶を濁したように見えた。
「ならクーラのところへ案内してくれ」
「かしこまりました。クーラ様はイズキ様が訪ねてきたこと、お喜びになられておりました」
「ああ。苦労をかけさせてしまったからな。早く友人として労いたい」
ネルソンは眉を上げただけで笑顔を浮かべもせず、慇懃な態度を崩さずに俺を館の中へ誘った。
「イズキ! 本当にイズキかい!?」
「ああ。4年ぶりだな、クーラ。いきなりいなくなって困らせただろ。悪かったな」
「いいんだ。君さえ無事でいてくれたなら……」
「それより領主なんてやっているんだな。出世したじゃないか」
「よしてくれ。成り行きなんだ。僕には荷が重いよ」
冗談じゃない、と言いたげなクーラに家令ネルソンが「クーラ様は立派に務めを果たされております」と逃げ出したがっているクーラに釘を刺した。
器用なクーラのことだ、領主業もうまくやっているに違いない。
街での評判も良かったしな。
「イズキくん!」
派手な音とともに扉を開け放って現れたのは、コルニだった。
ちゃんと〈マスキング〉を自分で書き換えて偽名であったタマではなくコルニに変えている。
「やあコルニ。久しぶり」
「もう、久しぶり! じゃないでしょ! 何処へ行ってたの!? それにもう、こんなに立派になっちゃって……」
「コルニも随分大人っぽくなったな。俺が15になったってことは、コルニは18か……」
そりゃ大人っぽくもなる。
俺の日本人的な感覚で言っても成人したのだから。
「そうだよ! もう行き遅れなんだから、責任とってよね!?」
「待て、どうしてそうなる」
「な……ッ!?」
いきなり結婚の話などされても困る。
困惑した俺にクーラが「身請けしたのはイズキじゃないか。面倒を見るのが筋だろう」と茶化す。
いや茶化したわけじゃなさそうだ、あれは本心からそう思って言っている。
確かに娼館から連れ出したのは俺だし、面倒は見るといいつつ4年も放置したのは悪かった。
俺に落ち度があるのは歴然としている。
だがそれと結婚とは別の話だ。
「まあ、こっちもそっちも、つもる話が多いだろう。とりあえずこの館に部屋が余っているなら、泊めてもらえると嬉しいんだが」
「もちろんだ。今日は夜を徹して酒でも飲み交わそう。今のイズキならお酒もいけるだろ?」
「酒か……そういえばまだ飲んだことないな。いいぞ、どうせ大して酔わないだろうから。そっちが酔っ払って話しにならないようなことにならなければ、酒を飲みながら話そうか」
クーラとコルニは首を傾げたが、多分【毒無効】が働くと思うのだ。
そうでなくても単純に高レベルの生命力でなんとかなると思う。
「ところでそこの御仁には俺のことを話したそうだけど」
室内にネルソン以外に人類がいないことを念の為確認して、クーラに問うた。
「ああ。最初はなんとか隠していたんだけどね。コルニのステータスに〈ディスクローズ〉されてしまったんだ」
〈ディスクローズ〉は〈マスキング〉を看破するための光属性の魔術だ。
「確証を得るためにはそうするのが確実かと思いましたので。クーラ様のステータスに通じるかは自信がありませんでしたので、コルニ様のステータスを〈ディスクローズ〉させていただきました」
それは正しい。
狐人族の偽装能力や〈マスキング〉は、偽装者と術者との力量差によって〈ディスクローズ〉に耐えることがあるからだ。
クーラならネルソンの〈ディスクローズ〉にレジストしただろう。
「しかしそうなるとステータスが決め手じゃなかったということだな。どこでクーラたちが魔族だと分かったんだ?」
「強すぎたこと、そして目的が曖昧だったことです。魔族かどうかまでは正直、確信しておりませんでした。ただステータスは確実に偽装しているだろう、とは思っておりましたが」
なるほど、そして見事にネルソンはクーラとコルニが魔族であることを知った、と。
「それで、今でも家令として仕えているのは何故だ」
「この街の領主に仕えるのはこの館の家令として当然のことです」
クーラが領主を辞めたらどうなるかは分からないぞ、というわけか?
いやそこまで深読みする必要はなさそうだ。
ネルソンはただ、この街の利益を守ろうとしているだけ。
クーラが魔族であろうとも領主として最適ならば、街を守るために種族を気にしないことにしたのだろう。
変わり者ではあるが、まあ悪い奴じゃなさそうだ。
……ただこれから俺がすることを聞いて、態度が変わらないとも限らない。
信用しすぎないように気をつけないとな。
「そうだ、イズキくん。会わせたい人がいるんだけど」
「ん? 誰だ?」
「ミレーヌちゃんだよ」
「ミレーヌ?」
聞き覚えのある名前だ。
いや、聞き覚えがあるどころか、その名は……。
「まさか、来ているのかこの街に」
「うん。彼女も一緒に、お話しようね、イズキくん?」
コルニの目が笑っていない。
というか今更、置き去りにしたミレーヌと会うのは気が重い。
置いていってしまった後ろめたさが心に重くのしかかる。
どうやら今日は大変な一日になりそうだ。




