いただきます
間が空きましたが投稿。
書きたいことはたくさんあれど、それを表現するのが難しい…
文才が欲しいorz
もう彼女に寂しい思いはさせたくなかった彼は、その翌日に最低限の荷物を何人かの人足に任せて屋敷に向った。
ようやっと彼女と再会できたのだ、引っ越しの準備が完璧に整うまで待っていられないし、心待ちにしているであろう彼女を待たせたくない。
とりあえず生活に必要な必要最低限の荷物を先に運び込み、後の荷物は追々運び込めばいい。
生活に関してもこの屋敷全てを彼一人で管理するのは無理なので、使用人をこちらに連れてこないといけないが元々彼とて行商人上がりだ。
ある程度以上に家事はこなせるので、自分一人程度なら使用人の目途がつくまでは十分持つだろうという考えもあった。
屋敷の扉を開け、彼は
「ただいま」
と口にする。すると、待っていてくれたのだろうか横から現れた彼女が
「おかえりなさい」
と返してくれた。それだけのやり取りだったけれど、言葉を掛けてくれる人がいることが言葉を返してくれる人がいることがくすぐったくて、嬉しくて、暖かくて。
お互いに口元が緩み、クスクスと笑い出してしまっていた。
「旦那さん?どうしました?」
怪訝な顔の人足が彼に尋ねた。
「あぁ、すまないね。ちょっと嬉しかっただけだよ。」
「はぁ、そうですか。とりあえずお荷物はどちらに?」
当然人足に彼女の姿も声も認識できていないので、いきなり笑い出したように見えたのだ。
怪訝な顔の一つもするだろう。
それを誤魔化した彼は人足に持ってきた荷物の配置を指示し始めた。
間に合わせで購入した家具は二階の一室に運び込んでもらうように頼み、それ以外の小さいものを彼は片していった。今は厨房で持ち込んだ食品類を整理して片付けていて、その傍らには彼女の姿もあり、面白そうに彼の作業を眺めている。
「干し肉と、干し果物とかはここに…野菜類はここでいいか。あとは調理器具は使い勝手を考えればこの辺りにまとめて…」
『貴方料理出来るの?』
「ん?ああ、出来るよ。元々行商していたし、その時は自分で作った方が安上がりだったからね。」
『すごいのね、料理なんてしたことないからまったくわからないわ。』
「まぁ、それは仕方ないよ。僕も必要に駆られて始めたしね。」
『作る機会もなかったし、今となっては作ることがもう出来ないもの。』
彼女は元々この屋敷に住む令嬢だったため、料理は使用人が作っていたし死んでからは当然器具にも触れられなかったため料理などしたことがない。
それが少し寂しいような悔しいように感じた。
厨房の方が片付いたところで、人足から家具の配置が終わったと声を掛けられ二人は二階へと上がった。
家具と言ってもとりあえずのベッド、クローゼット、デスク、テーブルとイス程度のものなので配置はわりと早く終わったようだ。
部屋自体も家具の量に合わせて、他に比べて小さめの部屋なのでそこまでもの寂しさを感じない。
人足に報酬を渡し見送った後、服や寝具を整理し始めた。
彼が持ってきた荷物を順に開けて片付けていくのを、横から覗いていた彼女が何かに気付いた。
『?…これって…』
彼女が目をとめたのは一冊の本だった。
何度も何度も繰り返し読まれたであろうそれは、表紙がすりきれボロボロで背表紙も何度か補修したような跡が見えた。
彼女の声でそれに気づいた彼は、ばつが悪そうな恥ずかしいような顔をしながらそれを取り出した。
「あー、そのほら…。昔二人で遊んでた時によく読んだだろう?」
『やっぱりその本…』
彼が昔ここに住んで彼女と遊んでいた時に、二人でよく読んだ本だった。
ある日、今日は何をしようかと話していた時に、物に触れられない彼女が本を読みたいと言っていたのを聞き、彼が父親の書斎から持ってきたものだった。
彼には内容はまだ難しく読めなかったが、彼女が読み聞かせてそれに合わせて彼が本のページをめくる。
その中でも二人がお気に入りで、内容も覚えるほどに何度も繰り返し二人で読んだ本だった。
『懐かしい…二人で何度も読んだわ。まだ持っていてくれたの、でも随分ボロボロになってしまったのね。』
感慨深そうに彼女が零すと、彼は少し顔を赤くし視線を逸らして言った。
「ははは…。持って行けた中で唯一残った君との思い出の本だったからね。他のは全部売られてしまったから。」
『そうだったの…。』
「あれから数えきれないほどくじけそうな時や辛い時もあったけれど、この本と思い出がずっと僕を支えてくれたんだよ。いつかまた君と会うんだ、ってこの本を読む度に強く思い返したんだ。」
彼は本の表紙を優しく撫でながらそう言った。
ボロボロになった表紙や何度も補修された背表紙が、彼女に教えてくれる。
彼のこれまでの道が決して平坦なものではなかったことを。何度も補修された跡は彼がこの本に支えられた跡、ボロボロになった表紙は彼が何度も彼女の事を思ってくれていた証に見えた。
「っと、脇道にそれたね。片付けの続きをしようか。」
そう言った彼は照れているようで、本をそっと持ち上げデスクの上に優しく置く。
その手つきがいかに彼がその本を大切にしているかを、彼女に雄弁に語っていた。
彼女の胸に暖かい気持ちが溢れて、目じりからこぼれそうになる。
それを何とか抑えて、代わりに今言葉にできる精一杯を口にした。
『ありがとう…』
彼は何も言わなかったけれど、きっと彼女の言葉は届いていた。
背中を向けて、片付けをしている彼の耳が赤くなっていたから。
片付けも終えて、気付けば外はもう日が落ちる頃合いだった。
この屋敷に住む準備は最低限整ったので、彼は厨房に立ち食事を作っていた。
その手際はなかなかのもので、自分で料理をしていたという話の説得力があった。
料理をする彼の横には、興味津々といった様子の彼女がいる。
『これは何かしら?』
「それはお肉だよ、そこから使う分を切って後は保存しておくように大きい塊を買ったんだ。」
『そうなのね。野菜を洗うのはお水で大丈夫なの?灰とかは使わないの?』
「…それは食器を洗う時に使うものだから、使わないよ。」
『へえぇ。そうだったんだ。』
彼女がもし料理をすることが出来るなら、そばにいた方が安心だなと彼は内心思った。
そんなやり取りをしつつ、料理が出来上がる。
すると彼女が厨房を離れるそぶりを見せたので、彼は訊ねた。
「あれ、どこに行くんだい?」
『私は貴方が食べるのを見てるだけになっちゃうもの。食事の時もずっと私の視線があったら気になるでしょうし、食事の時は部屋に戻るからゆっくり食べて。』
そう言う彼女の顔には寂しさが浮かんでいた。
そんな彼女の表情と言葉に、彼は優しく笑ってこう言った。
「気にしないよ、君の分もちゃんと作ってるから一緒に食べよう。」
『ありがとう、でも作ってもらっても私は食べられないわ。』
「そうかもしれない。でもこれは僕の我儘だけれど、一人で食べる食事はいくら美味しい料理でも寂しいんだ。折角食事を食べるなら君と一緒に食べたい。だから君の分の食事も用意したってだけだよ。ほら、早くしないとせっかく作った料理が冷めてしまうから、行くよ。」
『あ、ちょっと…』
戸惑う彼女をよそに彼は二人分の料理の皿を持って、厨房を出て行った。
勢いに負けた形に驚いた彼女もその後に続き、食堂へと向かった。
そこには広い食堂には小さすぎる、二人分の食事を並べれば埋まってしまうようなテーブルと向かい合う形のイスが二つ用意されていた。
そのテーブルに二人分の料理を並べた彼は、片方のイスを引きながら食堂の入り口にいる彼女へ向かって笑いながら着席を促した。
そこまでされては仕方がない、と彼女は諦めた様子で呆れたように苦笑しながら彼が引いたイスに腰掛けようとした。
その時だった、テーブル上に用意されていたカトラリーに彼女の手が重なり、カチャリと音を立てた。
彼も彼女も驚きで動きを止めた。
彼女は物に触れられない、体があった頃の習慣をなぞるように座っているように見せているだけで、今彼が引いたイスも実際には触れていない。その筈だったし、彼も彼女もそれをわかった上でそうしていた。
だが、今のは。
『……っ!!今、触れた感触があったわ!?』
「本当かい!?もう一度やって見せてくれないか!?」
ずっと忘れていた感覚だったためか、一瞬彼女自身わからなかった。
ひょっとしたらただの勘違いで、なにかの振動で動いたのかもしれない。そう思った彼女は彼の言葉に頷き、テーブル上のカトラリーに手を伸ばしゆっくりと近づけた。
彼女の指先に伝わる硬い感触、彼女の指の動きに沿ってカトラリーが動く。
彼女はそのまま繊細な割れ物を持つように、慎重に恐々とカトラリーをつまみ上げた。
彼女の指に包まれ、カトラリーは持ち上がっていた。
『「…やった」』
期せず二人の声が重なった。
『あ…はは、あはははっ!見て、掴めたわ、触れるのよ!私今ちゃんと自分の手で持ててるのよ!』
「ははは!そうだよ!今、君はちゃんと自分の手で持ってるんだよ!やった…よかった、本当に…。」
彼女が物に触れたことに二人して喜び合い、彼に至っては目が潤んでいた。
『もう、なぜ貴方が泣くのよ…。』
「ははは、そうだね。ごめんごめん。」
『ふふ、ありがとう。』
「?僕が何かしたわけじゃないんだけれど…」
『いいのよ、ただそう思って貴方に伝えたかっただけよ。』
「そう?よくわからないけれど、どういたしまして。」
『せっかくだからこのまま動かす練習でもするわ。食事は食べられないけれど、これからはそのフリは出来るでしょうから。』
「ああ、それがいいよ。それじゃあ、こちらのお席にどうぞ。」
『あら、ありがとう。』
そう言って、大げさな動作で再度彼がイスを引いた。
彼女は気取ったように礼の言葉を彼に言い、顔を見合わせて笑い合った。
彼は自分の席に座り、彼女と目を合わせ二人で言った。
『「いただきます。」』
二人でとるはじめての食事は、彼女は食べることが出来なくて、彼が口をつけた時には少し冷めてしまっていたけれど、彼女も彼もとても満足だった。
2回目のおすすめ紹介はご存知の方も多いでしょうが
『Re:ゼロから始める異世界生活』 鼠色猫/長月達平 先生の作品です。
アニメ化もされている有名かつ人気作品です。
わりと初期から読ませていただいていたんですが、序盤からストーリーや世界観がすごいしっかりしていて、でも読者がダレないテンポの良さがあって、読んでいる内にグイグイ引き込まれます。主人公のスバル含め登場人物も多いはずなんですが、それが埋没してしまわないキャラクター性も大きな魅力です。
まだ読まれていない方は、ぜひ一度読んでみて欲しいです。