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彼と幽霊な彼女と  作者: UTIS
1/3

ただいま

ROM専でしたが、自分でも何か書いてみようかと思い立ち初投稿。


現実は厳しいんだからフィクションの中くらいはハッピーエンドがいいですよね。

見て下さる方がいらっしゃるかわかりませんが、どうぞよろしくお願いしますm(_ _)m

ある街の屋敷、いつからか彼女はそこにいた。

数十年なのか、それとも数百年経っているのかわからない。

記憶がないわけではないが、薄ぼんやりとしていてまるで布一枚隔てた向こうを見ているような感覚だった。

自分がすでにこの世の存在ではないのは、自分でもわかっている。

屋敷にはこれまでに様々な人が住み、過ごしていったけれど

彼女が声を掛けても目の前を通っても多くの人は気付かないし、扉すり抜けて移動することも人にはできないのだから。

ごくまれに彼女に気付く人がいても、ほとんどの場合悲鳴を上げて腰を抜かすか、気を失うか。

そうでなければ、祈りを唱えながら彼女に危害を加えようとするかだった。



それを寂しいと思うこともあった。


「聞いて。見て。私はここにいるよ、ちゃんと存在しているよ」と。

「大丈夫。怖くないよ、悪いことをしようとしてないよ」と。


悲しくて孤独感に堪えられず泣いてしまう時もあった。

けれども、それももう慣れてしまっている。


「私は独りきりなんだ、こうして目の前にいる生きている人達とは違うんだ。」

「まるで遠い席から演劇を見てるよう。」

「誰かと触れ合うことも、笑いあうことももう出来ないんだ。」


そう諦めてしまうと徐々に周りの全てが色を失っていくようで、心を動かされることも無くなっていった。

ただ屋敷を傷つけられたり、壊そうとされた時だけは

彼女にとって最後の大切なものが奪われる恐怖感から人を脅かして立ち去らせていた。

どれだけの時間が経ったのか、以前は多くの人が住まい訪れ活気に満ちていた屋敷には「悪霊が出る」

「祟られる」そんな噂が広まり屋敷に住もうとする人はおろか滅多に人が訪れることも無くなっていた。

静まり返り、人の気配もない屋敷の中をあてどなくふらつき、

来るかどうかわからない自分の終わりについて考えるような日々を彼女は過ごしていた。



そんな日々の中だった。

彼女の屋敷を訪れる者がいた。

門扉の前に仕立てのいい二頭立ての馬車が止まり、中から髭を生やした初老の男性と青年から壮年の間といった風な金髪の男性が下りてきた。


「…本当にこの屋敷でよろしいので?」

「ええ、構いませんよ。」

「ですが、正直に言いますがここは『悪霊が出る』やら噂のある屋敷でして…

貴方様にお勧めするようなものでは…」

「ははは、正直な方だ。心配して下さってありがとうございます。

ですが大丈夫ですよ、そのあたりもすべて承知の上ですから。」

「はぁ、まぁそう仰るなら。」


戸惑いがちな初老の男性の問い掛けに、金髪の男性は穏やかに笑いながら答える。

初老の男性は腑に落ちないような、諦めたような様子で屋敷の方へと先に立って歩き始めた。


「庭は少し荒れ気味ですね。」

「最後に庭を管理するような住人がいたのがもう三年ほど前になりますから。」

「それ以降は誰も?」

「あぁ、まぁ一応何人かはおったんですが…。

悪霊だ祟りだ、ってどいつも住んですぐ逃げ出しましてね、それが噂の元ですよ。

まぁそいつらは元々あまり素行のよろしくない奴らで街の者からも白い目で見られてましたから、

出て行ってくれて幸いですが。」

「なるほど。その彼らの様子は?例えば怪我とか。」

「いやいや!怪我なんて逃げるときに転んで足をくじいたとかその程度ですよ。

ま、よっぽど怖かったのか下はびしょびしょになってましたがね。」

「ははは、それはそれは。

ちなみにその悪霊というのはどんな風なのかご存知ですか?」

「ああいう手合いには一番こたえたでしょうな。

悪霊ですか…?聞いた話には美人の女の幽霊で長い銀色の髪だそうですよ。

ただ凍えるような目をしてるとか。」

「他には何かご存知ありませんか?」

「いやぁ、見たものもほとんどおりませんし、私自身も見たことはありませんので詳しくは…」



そんな様子を屋敷の二階から彼女はぼんやりと眺め、独り思った。


(物好きなのがまた来た。まぁどうせ私には関係ないもの、屋敷を傷つけるようなことさえなければそれでいいわ。)


一瞬、金髪の男性と目が合ったような気がしたが、彼女の姿が見えるはずもないと踵を返しまた屋敷の中をふらつき始めた。





「庭は少し荒れ気味ですね。」

「最後に庭を管理するような住人がいたのがもう三年ほど前になりますから。」

「それ以降は誰も?」

彼は不思議そうに初老の仲介屋に返事をした。

そのまま仲介屋は屋敷の庭を先導しながら、雑談をしつつ彼を案内してくれている。

彼は話を適当に合わせながら、改めて屋敷を見た。

建てられてからどれだけ時間が経ったのか定かではないらしいが、屋敷自体はその年齢をあまり感じさせない。

三年も人が管理していなかったそうだが、建物自体は比較的きれいで今も人が住んでいると言われても納得してしまうだろう。

庭の草木の成長や飾り石の埋もれ具合が、人の手をしばらく離れていることを伝えるくらいだ。


「ははは、それはそれは。

ちなみにその悪霊というのはどんな風なのかご存知ですか?」

「ああいう手合いには一番こたえたでしょうな。

悪霊ですか…?聞いた話には美人の女の幽霊で長い銀色の髪だそうですよ。

あと凍えるような目をしてるとか。」


屋敷を眺めながら歩いていると、ふと屋敷の二階に髪の長い女性のシルエットが見え、

彼がそちらに目を向けると、一瞬その人影と目が合った。

屋敷の中は日陰になっているので、実際に目が合ったかどうかはわからないがそんな気がした。

改めて目を凝らした時にはその人影はいなくなっていて、探しても見付からなかった。



仲介屋の先導で屋敷の入り口まで彼は歩を進めた。

正面玄関もやはり年期は感じさせるが、空き家特有の朽ちたような荒れたような雰囲気は感じられなかった。


「こちらが屋敷の正面玄関になります。裏口や使用人用の出入り口もありますが、そちらは後程。」


そういって仲介屋が扉を開いたその瞬間、彼と仲介屋を屋敷から広がったひんやりとした空気が撫でた。

季節は初夏といっていい頃だ、いくら室内とは言え明らかに空気が冷えている。


「ちょっとおかしいでしょう?ここを開けると毎回こんな感じでして…。

私に悪霊とやらは見えませんが、これだけでもナニかいるのは感じますよ。」


寒気がしたのか仲介屋は自分の腕をこすりながら、心底気味の悪そうな表情を浮かべていた。

少し驚きはしたが彼にとっては怯えるほどではなく、適当に相槌をうちながら仲介屋に案内の続きを頼んだ。

屋敷の内部は外観と同じように、人の手が入っていないと思わせない様子だった。

多少の埃やクモの巣などはあれど、ほかの空き家に比べると明らかに少なく半日ほども掃除すれば十分と感じさせた。

彼が仲介屋と屋敷内を見て回っていると


「旦那ーっ!仲介屋の旦那ーっ!!」


外から急いでいるような様子の男の声が聞こえてきた。


「ん?なにかあったのか…?

ちょっと申し訳ないですが、少し要件を聞いて来てもよろしいですか?」

「えぇ、どうぞ構いませんよ。

急いでいる様子ですし、行ってあげてください。」


断りを入れる仲介屋に律儀だなと思いながら、彼は笑顔で了承した。

仲介屋が屋敷の外に出て声の主と話をしている間、手持無沙汰になり屋敷内を観察していた彼は

ある一室の扉の脇に一つの傷を見つけた。

自分の腰程度の高さにある傷で、よく子供が身長を測るのにつけるようなものだった。

さらにその上の方、自分の肩くらいの高さにも傷がついているのが見えた。


「旦那さん、お待たせしました!あれ、どちらにおいでですか?」

「あぁ、すみません。すぐにいきます。」

「ああ、そちらにおいででしたか。何かございましたか?」

「いえ、特に。フラフラ見ていただけですよ。

そちらの要件は大丈夫だったのですか?」


声を掛けてきた仲介屋のところに戻ると、仲介屋は落ち着かない様子で気もそぞろであった。

先ほどの呼び声は何の用だったのか尋ねると


「いえ、その実は娘が病院に運ばれまして…。

本当に申し訳ないんですが、案内は改めて後日致しますんで、今日はお暇させていただけないかと…」

「それは大変だ!後で誰か寄越していただければ構いませんから。私のことは気にしないで、娘さんの所へいってあげて下さい!」

「すいません、ありがとうございます!

後でお迎えの者をやりますので、申し訳ありませんがお言葉に甘えてこれで失礼を!」


思った以上に緊急の要件であり、そういうことならばと彼は仲介屋の頼みに二つ返事で頷いた。

彼の返事を聞いた仲介屋は彼に頭を下げつつ、屋敷の外へと出ていき外からは馬車を走らせる音が聞こえてきた。

もう少し屋敷を見てみるか、どのみち迎えの者が来るまではどうしようもない。そう思い彼は何かを確かめるかのように再び屋敷をぶらつき始めた。


一通り屋敷の中を見て回った彼は、扉の脇に傷のついた先ほどの一室に戻って来ていた。

子供が背を測ったような、彼の腰ほどの高さと肩くらいの高さにある二つの傷。

彼はその傷を、大切にしていた何かを見るような柔らかな表情で撫でていた。


その時視界の端、廊下を人影が一瞬通った気がした。

ハッとした彼がそちらを見るが、何もない。当然だ、ここは空き家で人は住んでいないし、

仲介屋もすでに馬車に乗って行ってしまっている。

彼以外に今この屋敷に人間はいないはずだ、そう()()は。


彼はそちらへと足を進め、廊下を曲がった先でまた人影が見えた気がした。

その人影を追うように彼は廊下を進み、エントランスを抜け階段を上がった。

仲介屋から悪霊の噂は聞いたが、彼の中に恐怖心はなく、むしろ期待感とも言うべき感情が大きかった。

ある一室へと辿り着いた彼は、閉じた扉を見、彼自身の中の何かを確かめるためにドアノブを回して扉を開いた。




初老の男性と金髪の男性の一連のやり取りを、彼女は屋敷の中をぶらつきながら聞いていた。

興味を持って聞いていたわけでなく、耳に入ってくる音を聞き流していたという方が正しい。

初老の男性の方が屋敷を出て行き、残った金髪の男性の方は屋敷内をまだ見て回る様子だった。

あの男性がこの屋敷に住もうがそうでなかろうが、彼女には関係がない。

どのみち自分の事は認識できないだろうし、もし認識できたとしても他の人と同じような対応をとってくるだろう。

ならば放っておこう。万一、屋敷に害があるようなら過去の住人のように追い出せばいい。

そんなことを移動しながらぼんやり考えていると、ふと気付くと彼女はある一室の前にいた。


彼女は屋敷内をふらふらと移動しているが、屋敷の中で何か所か無意識に一日何度も訪れる所がある。生前の自分の部屋だったであろう一室であったり、家族団らんの場だっただろう食堂であったりだ。

ここもその一つ、布越しの記憶ははっきりとせず誰かはわからないけれど、誰かと触れ合った記憶がある。

まだ幼い子供だったように思う。

その子は父親と思しき男性と家政婦や庭師といった従業員と一緒に移り住んできたが、父親は忙しく滅多に屋敷には帰らず、働いている者たちとも仲が悪いわけではないが、あくまで雇い主の子供としての関わりだった。

歳以上に聡かったその子は、寂しそうなそぶりも見せず物分かりのいい様子で父親も屋敷のスタッフ達も安心していた。

けれども、所詮はまだ子供。一人見付からないような場所で、静かに泣きべそをかいているのを彼女は見かけるようになった。

その時には、彼女はすでに随分と心を凍らせていたけれど、子供の泣く声がうるさかったのか、寂しいという声に感じるものがあったのか。彼女自身、何の気まぐれだったのかわからないけれど、その子供に声を掛けていた。

もちろん自分の声が聞こえるわけはないと思っていたし、聞こえても怯えて泣かれるだけだろうとも思っていたけれども気付けば声を掛けていた。


「いつもここで泣いてるけれど、どうしたの?寂しいの?」


声を掛けてから何をやっているのだろうと思い直し、その場を離れようとした時

その子供から返事が返ってきた。


「おねえさん、だぁれ?」

「…!?え?貴方聞こえるの?」


思いもよらなかった状況に彼女自身驚き、動揺したが気付けば彼女とその子供は友達になっていた。

その子にしか見えない秘密の友達関係は数か月続き、毎日彼女の知っている話をしたりその子の知っている外の世界の話を聞いたり、遊戯盤で遊んだりと交流は続いた。

お互いの寂しさを埋めることで本人にはわからなかったが彼女は表情を取り戻しつつあり、

父親や屋敷の人間から見てもその子が明るくなったと思えるほどだった。

けれども、それも長く続かなかった。

その子の父親の事業が失敗したのか、急遽屋敷を立ち退くことになってしまったらしくある日最低限の荷物と共に出ていきそれっきり、その子もこの屋敷にもう戻らないことは知らなかったのか彼女と最後に交わした言葉は『行ってきます』『行ってらっしゃい』だった。


扉の脇に傷が二つ。彼女の身長の高さとそれよりもさらに低い位置にある傷。

その子と背比べをした時のものだ。彼女の身長をその子が椅子に乗って測ってくれた。

それを見ると彼女の心は少し温まるような感覚を覚える。

だが、それもすぐに冷えてしまい、またここを見た時にだけ思い出すのだ。

どれくらい見ていたのか、ふと彼女はその部屋の前から離れ、

廊下を曲がりエントランスを抜けて二階へと上がり自室だったであろう部屋へと向かう。

もうじき夕方になる。これぐらいの時間になると彼女はこの部屋に戻り、

窓枠に腰掛けて外をぼうっと眺める。屋敷の中では時間の感覚も無くなっていくから、

こうやって外を見ることで時間が流れていくことを感じるようにいつからかしていた。

いつものように窓枠に腰掛けて外に目をやった瞬間、部屋の扉が開いた。




彼が扉を開いた時、落ちつつある光が窓から入りその中で窓枠に腰掛けた彼女が見えた。

腰まである豊かな銀髪、笑えば優しさを感じさせるであろう眉に少したれ目がちな目、通った鼻筋、色は薄いながらもふっくらとした唇。

街を歩けば男性はもちろん、女性も目をひかれるであろう容姿。だが、表情はなく凍りついたような瞳をしていて、よく見ると彼女を通してうっすらと向こう側が透けている。

(変わらない、あの時のままだ。昔に比べると少し表情が硬くなっているだろうか)と彼は頭の片隅に思った。

彼女はこちらに目を向け、彼と目が合ったことに一瞬だけ驚いたようにピクリと震え眉が動いた。

だが、次の瞬間には興味をなくしたように目をそらし、また外を眺め始めた。

そんな彼女に向って彼は歩き始めた。

一歩二歩三歩と進んだ所で、彼女が彼に目を向けた。

また目が合ったことに驚きながらも、自分が見えるはずはないという否定感からか動かない。

彼は彼女と目を合わせたまま歩みを進める。

徐々に彼女の驚きが大きくなるのが目に見えてわかり、同時に少しパニックになっているのか無表情が崩れ始めている。

近づくにつれ明らかに焦って挙動不審になりつつある彼女を見ながら、

(しっかりして見えるけど意外と臆病でポンコツなところも変わらないな)

と彼は口の端に苦笑を浮かべ思っていた。


あと数歩で彼女に触れられそうな位置まで彼が歩み寄った時、彼女の声が聞こえた。


「え、なんでまっすぐこっちに…!?目も合って…もしかして見えてるの?」


あの時と同じ少し期待するような、すがるような、けれども不安に満ちた声音だった。

彼女がその場から離れないことを確認しながら、彼は足を進め彼女の元へたどり着き柔らかく笑いながら口を開いた。


「ただいま。」


彼女は自分に向って声を掛けられたことに理解が追い付いていないのか、ポカンとした顔をしていた。

それを見た彼は困ったように笑いながらもう一度、


「ただいま。」


そう彼女に声を掛けた。


だが、彼女は何が起きているのかわからないといった顔をしていた。

その顔を見た彼は堪え切れないといったように吹き出した。


「あはははは!そういう所も変わらない。

良かったよ、変わらずここにいてくれて。」

「っ!貴方私の事が見えているのね!それに声も聞こえている、のよね?」

「そうだよ、僕にはちゃんと貴女が見えているし、ちゃんと貴女の声も聞こえてるよ。」

「貴方怖くはないの?貴方には見えているかもしれないけど私は人じゃなくて幽霊なのよ?」


彼女の意を決したような質問に、彼はくすくすと笑いながら呆れたような声で返した。


「もう幽霊なのは知ってるし、怖くないよ。それにその質問は二度目だしね。」

「…二度目?」


彼女の頭に大きな疑問符が透けて見えるようだったので、彼は悪戯っぽく答えた。


「そうだよ、最後に会ったのはもうずいぶんと昔だから覚えてないのかもしれないけどね。

僕は昔この屋敷に住んでいて、その当時毎日遊んだ秘密の友達がいたんだよ、()()()()()。」

「……嘘。」


彼女の頭に背比べの痕がよぎり、かつて触れ合った子供の記憶が蘇ってくる。


「初めて話したのは、物置部屋で僕が隠れて泣いてる時だったよね。

自分から話しかけてきたのに、あの時もびっくりしたような顔をしてた。

それから他の皆には秘密の友達になったんだよね。

僕が父さんの書斎から持ってきた本を読んでくれたり、僕の知らない昔の話をしてくれたりしたよね。」


彼は子供のころ秘密の友達との遊びや話を語り、それを聞くたびにその時の感情が呼び起こされていく。

彼女は元々感情表現豊かな方だったが、長い間の孤独で表情を表に出すことはほぼなかった。

けれどもあの子と触れ合っていた時は、かつての自分のような感情表現が出来ていた。

けれど、それをまた寂しさが覆い隠してしまっていた。


「けれど、父さんの事業が失敗してこの屋敷を離れなきゃいけなくなって…。

僕がまだ子供だったからだろうけど、父さんも屋敷を引き払うことを教えてくれなくて『しばらく旅行に行くんだ』って。その時はまさかここに帰ってこれなくなるなんて思いもしなかったから、貴女に『行ってきます』って手を振ってそれっきりだった。」




孤独に苛まれ、薄ぼんやりとしていた彼女の記憶が鮮明になっていく。

(そうだ、私もあの子がいなくなるとは思っていなくて、いやそうじゃない。)

いつかいなくなるのは頭のどこかでわかっていたけれど、考えないようにしていた。

ずっと孤独に過ごしてきた、寂しいと思ったことも何度もあるけど慣れてしまっていた。

だから、あの子が彼女の声を拾ってくれて本当に嬉しかった。

誰かと触れ合って、一緒に過ごす日々というのはとても暖かいもので、それが無くなってしまうことを考えてしまえば本当に無くなってしまいそうで怖かったのだ。

本当は知っていた。いつ頃からか、あの子の父親の事業が上手くいかず、使用人に暇を出していたこと。

父親がこの屋敷にあまり帰ってこなくなったのは、必死に事業の失敗を取り返そうとしていたからだということ。

もはやどうしようもなくなり、屋敷を引き払うことになったこと。

そして、夜逃げ同然に出ていくことを恥じたのか、それとも子供が愛着を持っていたこの屋敷には二度と帰れないと伝えることをためらったのか、父親が旅行と嘘をつきあの子を連れて屋敷を出ていくこと。

なのに、別れの挨拶が口をついて出なかったのは、彼女の言葉にしきれない思いが邪魔をしたからだ。

もう独りでいるのは、寂しいのは嫌だ。誰かにそばにいて欲しい、誰かと触れ合いたい。またここに帰ってきて笑顔で話をしたい、おいていかないで欲しい。

そんな思いが父親に連れられて『行ってきます』と笑顔で手を振るあの子へと、全てを知っていた筈の彼女に『いってらっしゃい』と返させたのだ。



「あれから随分経ってしまったけど、ずっと貴女に会いたかった。

独力で勉強して、商会を立ち上げてこの屋敷を買い戻せるくらいのお金を貯めて…やっとここに帰ってこれたんだ。

だから、『ただいま』」


彼は柔らかく笑いながら、三度帰宅の挨拶を告げた。


「もう…独りじゃないの…?そばにいて…くれるの?」

「そうだよ。ここは僕の家だからね、独りになんてしないし貴女が望むだけそばにいるよ。」

「また笑いながら話をしたりとか…出来るの?」

「出来るよ、貴女に話したいことや聞きたいことが沢山あるんだ。」

「またおいていったりとかしない…?」

「しないよ。まぁ、寿命とかに関しては要相談ってところかな。」


問い掛けながら彼女はぽろぽろと涙を流していた。

そんな彼女に向けて、彼はクスリと笑みを零しながら言葉を重ねる。


「で、僕はこの屋敷に帰って来てもいいのかな?

まだ返事を貰えてないんだけど。」


その言葉に彼女は、それまでの表情の薄さを想像させないような、その場が明るくなるような満面の笑みで返事をした。


「おかえりなさい!」




自分で書いてみて、「なろう」含めて世の中の作家さんはすごいと改めて痛感しました。


次話以降はここで私個人のオススメ作品や作家さんをざっくり紹介していこうかと思います。

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