第11話 組織と契約とミダスの手
某貴族の館
王都のすぐ近くに面しているこの館は、領主がパーティ好きということもあってか連日貴族によるパーティが行われており、その中でも今夜は一際賑わいを見せていた。
なんでもここの館の領主の第1子が生まれたらしく、貴族たちは皆その話題に花を咲かせている。
(毎日のように話しているから、他に話題はないのだろうな…)
領主の護衛であるクリスはそう思いつつ壁沿いで貴族たちの動向を伺う。
護衛官という仕事上、不審人物が出ないか目を張り巡らしているのだ。
しかし肥沃な土地の多いこの一帯は領民による不満も少なく、長いこと他国との戦もないので
早々不審人物など現れないというのが現実である。
しかしクリスはこのような仕事も必要だとは思っている。
クリスは平民生まれではあるものの、長いこと貴族のそばにいれば自ずと体面や、面子という物も学んでいくものだ。
(しかしこの仕事…金払いはいいけど暇なのが唯一の欠点だよな…)
そう思っている矢先、一人の少年が前へ来る
どこかの貴族の子供だろうと考え、無視するわけにもいかないので話しかけようと思った次の瞬間、
先に少年が話しかける
「お兄さんって騎士なんだよね? かっこいいなあ!」
ありふれた言葉であったが、長年護衛官をやっているクリスも子供に純粋に褒められて悪い気はしない
「君も騎士になりたいのかい?」
「うん!いつかみんなを守れる騎士になるんだ!」
(貴族の息子で第1子ならまず無理だろう。しかし騎士に憧れを持つよう教育された第2子以降の息子である可能性もある。個人としては騎士の道を応援したいものだ。)
「騎士さん、握手してくれる?」
「ああ」
握手に応じるが、あることに気づく
「その手袋は取らなくてもいいのかい?」
手袋とは言ったが、異様に重量を感じるそれはむしろ―――
(ガントレット―――?)
(いや、そんな筈は無いだろう、)
「そうだね、握手する時は手袋は外さないと」
少年は素直に応じ、右の手袋を外した後クリスに向かって手を向ける
「はい!」
そしてクリスはその手に触れ―――
全身が黄金化する
「あーあ、僕に直接触れちゃったから…」
クリスの異変に気付いた周囲は少年を警戒し、領主は少年に叫びかける
「お前! 一体クリスに何をした!」
「え?僕は握手しようとして手に触れただけだよ?」
少年は、なぜそんなことを聞いているのか。といった顔をし、少々思案にふけった後、納得した様子で話し出す
「そういえば僕のこと何にも知らないんだよね君たち! じゃあ自己紹介させてもらうよ
僕は『ミステリオ』に所属している内の一人で、『ミダスの手』って呼ばれてる、気軽にミダスって呼んでね
そして僕の能力は―――」
少年が話している途中、貴族たちは逃げるために出入り口に殺到する
しかしドアは開かない。
まるで何かで溶接されたように―
「もう!話の途中だよ! で、僕の『能力』は『手に触れた物を全て「黄金化」させる能力』
たとえ生物だろうと無機物だろうと、どんな速さでもどんな大きさの物でも手に触れれば「黄金化」する。
そんな『能力』」
少年は素早い動きで出入り口に群れる貴族たちを黄金に変えつつ、話を続ける
「どんな物でも『黄金化』すれば動けなくなる。どんなに素早く動ける名馬でも、どんなに力の強い暴れ牛でも
そして全身が『黄金化』するという事は内臓も血管も動きを止めるという事、つまり即死する。
この僕に触れた時点で敗北は確定するんだ。」
貴族のほとんどを黄金に変え、残った貴族も完全に絶望の表情が浮かんだ瞬間、
―――黄金化された扉が破られる
ミダスの表情がみるみる内に歪んでいき、非常に不愉快そうなため息をついた後口を開く
「なんでここに来てんの?『Lovers陣営』が」
侵入して来た男もそれに答える
「こっちもボスの指示でやっているのでな」
「まあいいや、どうせ君を倒さないと僕は帰れないんだろう?」
「残念ながら、何があろうとお前を帰すつもりは無い
―――俺が死んでもな。」
「あっそ じゃあパパッとお前殺して帰るわ」
「「変身!」」
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「着きましたヨ」
『眼』の魔法少女である彼女はそう言い、遙か下を指す
グリフォンで上空を移動している為だ。
「なんか地味だな」
彼女が『Loversの拠点』と言って指す場所には丘の上に石でできた灯台のような物がポツンと建っているだけで、周りには草原しかない
「もウ! ボスがシンプルな物を好んでいるダケです!」
「そうか、悪い悪い」
「反省してない態度でスよね〜? そレ?」
(目を合わせていないのに見抜かれている…)
話が終わった頃合いを見て、フォン口を開く
「それでは高度を下げますね、ご主人」
フォンはそう言ってゆっくりと降下していき、数十秒後には完全に地上に着陸する
「お疲れ様でス、グリフォンさん」
「お疲れ、フォン」
「ご主人に慰ってもらえるとは…ありがたき幸せ…」
「そ、そうか…」
(こんなに過剰に喜ばれるとは…ツッコミ待ちなのか?)
そんなことを思いつつ灯台の中に入る
———直前、少女が言う
「あ、グリフォンさんはそこで待機しててくださいネ」
「なにゆえ!?」
「いや明らかにあなた灯台に入らないでショ」
「うう〜…」
「すいませんネ」
フォンは明らかに意気消沈した様子で、外を向く。どうやら見張ってくれるようだ
(なんか悪いな…今度何か買ってやろうかな)
「じゃあ、入りましょうカ」
「あ、ああ」
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中に入ってみると、入り口からは分からなかったが、どうやら地下に部屋があるらしい
地上部はほぼ見張り台くらいにしか使われていないのだとか
「あ、着きましたヨ」
地下はいくつかの部屋に分かれていたが、その中でも一番奥の部屋に着く
廊下と部屋は重そうな扉で仕切られており、音が漏れることは無さそうだ
「失礼しま〜ス…」
扉を開けると、中には長机を囲む形で4人程の男女が居た。
仮面を被っている者、スータンを着ている者等、各々の自由な格好をしているようだ
「君が新入りか。まあ椅子に座ってくれ」
一番奥の男が話しかける、どうやら彼がここの長を務める存在らしい
「はい」
椅子に座ると同時に、長が口を開く
「私の名前はラブレスだ。君の名前は?」
「音自衛です」
「そうか。組織の仲間として君とは長く付き合っていきたいと思っている
だから簡単な『約束事』をさせてもらうよ」
(約束か…まあ形だけでも約束しておくってのは大事だよな。言質にもなるし)
「『私の指示には従ってもらう』『任務は何があっても遂行する』『君は組織を何があっても守る、組織も君に何があっても守る』」
「この3つに同意してくれるかな?」
(思ったより普通だな…理不尽な感じでもないし)
「『分かった』」
「同意してくれたね? 改めて言おう。私の能力は『口約束を守らせる』能力だ」
「君はこれからこの指示を『破れない』 どうだね?」
反応を楽しんでいるような表情で、ラブレスは音自衛の顔を見る
「あ、そうですか。じゃあこれから宜しくお願いします。」
しかし、音自衛の態度は極めてアッサリとしたものであり、ラブレスの予想は見事はずれた。
(正直もっと酷い条件かと思ったし…何よりこの人は俺のことも守るって言ってくれていた。この人は本当に俺のことを大事に思ってくれているのだろう。)
と思っているとポカーンとした表情をしていたラブレスは笑い出す
「ははははは! そうか! そんな表情をしたのは君が初めてだよ!」
「普通はみんなこの能力に対して『後悔の念』を抱くものだ! 『二度とやり直せない選択』に人は本能的な恐怖を感じる! そして私と『約束』をしようとしなくなり、やがてどこかへ行ってしまう。」
「しかし君は『そうでなかった』」
そしてラブレスはもう一度音自衛の目をしっかりと見据える
「分かった。君、いや音自衛の事を信用しよう。もちろん能力抜きでな」




