砂漠の主、大量発生中
砂漠に囲まれながらも緑多き波留国。
それは国の人々が進行する砂漠化を少しでもくい止めようと植林に時間を割いているからだった。
その人々の努力が踏みにじられる時、
正義の味方が登場する。
「このハナ様が来たからにはもう容赦しないわよ?」
城での小綺麗な制服を脱ぎ捨てていつもの丈の短い冒険者風の服装に身を包んだハナが微笑む。
「ハナさん、宜しくお願いします!」
周りは付き添いの兵士達。ハナが対峙するのは砂漠に生息する大トカゲ。食べ物を求めて緑多き波留国近くに出没したとの情報に対モンスター部隊が駆り出されたのだ。
「まあモンスター退治が本来の任務なのよね。スパイ確保は対人部隊の仕事だし深琴姫奪還なんて問題外だし?」
馬を軽快に走らせながらハナは呟く。ハナの身は周りの兵士達が守ってくれる。例えばハナが体力消耗した場合には迅速に城まで護送してくれる。
「お疲れ様です!今日は他の対モンスター部隊の方は一緒じゃないのですか?」
隣を走る若い兵士にハナは頷く。
「2人とも……産休ってやつ?」
「え?産休…?えぇっ!?」
混乱する兵士に構わずハナは前を向く。
「別にこれくらいの任務、ハナ1人で充分なんだけどね」
今までも1人だったし。
メグは部屋を出られない体、そしてアリスは2年間城を空けていた。
その間ずっとハナは対モンスター部隊として働き続けたのだ。
「さーてと、今日も頑張ってハナを守ってよね?」
眼前に映る大トカゲの起こす砂煙を見つめ、ハナは兵士に言い放った。
「ハナ!」
見事大トカゲを丸焼きにして帰ってきたハナをアリスとメグが迎える。
「アリスにメグ?どうしたの?」
砂だらけで任務報告を終えたハナは2人に向かう。
「ハナばっかりに仕事させて申し訳無くって…。私も働けるのに!」
アリスの一言にハナは大きく首を横に振る。
「魔法を使う事がお腹の赤ちゃんに悪影響を及ぼす危険があるって言ったでしょ?良いから城に居てよ!」
「だって…じゃあボウガンなら…」
「アリス?そんな事したらシズに怒られるぜ?」
声に3人が振り返ると笑いをこらえながらクラッドが立っていた。
「クラッド殿からもシズさんに言って下さいよ。私はまだ仕事出来ますからって!」
アリスにクラッドは首を振る。
「そりゃ無理な話ってもんだ。あいつが休めって言ってるなら休むしかないだろ」
クラッドはメグを見遣る。
「メグも産休だったな」
メグは頷く。
「はい。アリスの方が先なんですけど、私も大事をとって休ませて頂いています」
「兵士長も隅に置けねえな…メグとアリスが親戚になっちまうとはなあ」
クラッドはハナに向かう。
「嬢ちゃんには仕事を頑張ってもらわないとな。間違ってもセイとの子供なんか作るなよ?」
ハナは憤慨する。
「セイは関係無いでしょ!別に付き合ってる訳でもないし!」
「あれ?そりゃセイが聞いたら悲しむ話だ」
クラッドは豪快に笑いながら去っていった。ハナは鼻息荒くクラッドを見送った。
アリスとメグの懐妊はハナに少なからずショックを与えた。
やっとこの莫大な量の仕事が減るとの安堵感が裏切られたショック、そして密かに想っていたシズへの想いが絶望的になったショック。特にシズの件はハナに大きな打撃を与えた。
シズがアリスの旅に同行する事が決まった時から予感はしていたのだ。
今までもハナは殆どまともにシズに相手にされていなかったから。
でも、それでも想っていれば誠意は通じると思っていた。
だからセイに好意を持たれていても気持ちが傾く事はなかった。
シズがアリスと一緒に帰って来て、アリスの懐妊を知った日。
ハナは失恋した。
「諦めなきゃいけないのは分かってるんだけど…な」
ハナはシャワーを浴びて制服に着替え、トボトボと城内を歩く。
シズへの想いは宙ぶらりんになって未だ消化出来てない現状だった。
仕事で、日常で、シズに会うとまだ高鳴る胸の内が苦しい。
「うー…」
ハナは首を振る。フワフワのオレンジの髪が揺れる。
「もー…やだなあ。何でこんな未練がましいんだろ……」
アリスの事は大好きで、アリスとシズが幸せになることには賛成だし、応援している。
でも自分のこの気持ちとはまた別次元なのだ。
何とかしたい。どうやったら気持ちに区切りがつくんだろう。
考えながらいつの間にか訓練所の前に付いていた。
「……」
何とは無しに部屋を覗く。
中では若い兵士達が大勢剣の稽古に励んでいた。先程ハナに付き添っていたあの兵士の姿も見える。
1人の兵士が目敏くハナを見付けた。
「わ!ハナ様!」
「え?ハナちゃんっどこどこ!!」
兵士達の目が一斉にハナに向く。ハナは思わず後ずさる。
「こら皆!しっかり前を向いて!!」
先程の若い兵士が声を上げた。
「驚いた。あなたが兵士長直属の3人の小隊長の1人だったなんてね」
休憩になったのを見計らってハナが先程の兵士に声を掛けた。兵士は快く応じる。
「兵士って今150人くらい居るんでしょう?私、対人部隊が小隊長を兼ねてるのかと思ってた」
壁際に並ぶ木製の椅子に2人で腰を降ろしてロウと名乗る小隊長の若き兵士にハナは尋ねた。
ロウ=ライド。21歳。穏やかな物腰と暖かい茶の目と髪が印象的な青年であった。ロウはハナの言葉に頷く。
「名前だけの役職ですよ。腕は対人部隊の足下にも及びません。彼等が多忙であまり訓練所に通えないので最近急
遽新設されたんです」
「へー…で、実際のあなたの腕はどうなの?」
ロウは苦笑する。
「どんぐりの背比べって奴ですかね」
ハナはクスクス笑う。ロウも笑う。
「対モンスター部隊は兵士達の憧れの的なんです。そんな方々を射止めたのは一体誰なんですか?」
「うーんとね。アリスの旦那が対人部隊のシズ様で、メグの旦那は兵士長」
「マジですか…それは理想的なカップリングですね。皆事実を知ったら泣くだろうなあ…」
周りの活発な若い兵士達を見回してロウは大きく溜息を吐く。
「そういうハナ様はどうなんです?」
「は?ハナ?駄目駄目、今は仕事に専念するだけで精一杯!」
ハナは首を横に振って否定する。そこに伝達係の兵士が到着する。
「ハナ様、申し訳ありませんが…」
ハナは頷いて立ち上がる。ロウは驚く。
「おい、まだハナ様は先程の任務を終えられたばかりだぞ!」
「大丈夫だって」
ハナはロウに手を振って伝達係と一緒に新たな任務に出て行った。ロウはその場に立ち尽くした。
過酷なスケジュールだとは分かっているが、1人で居ると色々思い悩んでしまうから。
ハナは着替えて外に向かう。
まだ午前中だと言うのに差し込む日差しは眩しい。
「さあ、行きますか?」
自分に言い聞かせる様に腕まくりをしたその時、
「ハナ、今日はもう休んで良いよ」
隣を通り過ぎながら掛けられた言葉にハナは息を飲む。
特殊部隊の制服に身を包んだまま出ていこうとする長身の青年。
「シズ様?」
声を上げたハナにシズが振り返る。
降り注ぐ穏やかな眼差しは2年間国から離れていても変わらない。
「アリスの件でハナには迷惑を掛けるから…少し僕も手助けするよ」
ハナは首を横に大きく振る。超多忙な対人部隊リーダーに別件の仕事をさせる訳には行かない!
「そんな事!シズ様忙しいし…相手はモンスターだし!」
剣を使う対人部隊にとって至近距離で近づく事が難しく、また、外敵から身を守る厚い殻を持つ砂漠のモンスターは扱い辛いシロモノである。魔法が一番手っ取り早く確実だ。
「今暇だし。大丈夫」
「シズ様は暇だったらアリスに付いてて下さいっ!ハナは大丈夫ですから!」
出ていこうとするシズの袖を必死に掴んでハナは引き留める。
「ハナ、対人部隊だからってモンスター退治に参加しちゃいけないって決まりは無いぞ」
「や、だからー…」
「僕だって大トカゲをこの剣で切りたいんだ」
「……はい?」
シズはハナをくっつけたまま外に出る。
「剣士のモンスター退治なんて冒険者だったら日常茶飯事なんだ。僕もたまには腕を鈍らせない様に実践しないと。
アリスは僕より君やメグが傍に居る方が喜ぶから……別に良いんだ」
「は?」
「……仕事を強引に休ませてから口きいてくれないし…」
いじけるシズにハナは思わず吹き出した。
結局2回目の砂漠の大トカゲ退治はシズとハナの2人で向かった。シズが行くとの事で兵士達の同行は無しとし、2人は馬を走らせて目的地に向かう事になった。
「1人で良いのに…」
「いやいや、ハナはただの見学ですから気にしないで☆シズ様の話も聞きたいし?」
「うわ、性格悪……」
げんなりするシズにハナは笑う。こうして2人で馬を走らせてると対人部隊と一緒に仕事をしていた頃を思い出す。メグは居ないがアリスとクラッドとハナは一緒に仕事をすることが多かった。そこに時々シズやセイが加わるのだ。シズの居る時は任務が楽しかった。頼りになるので安心も出来た。
「シズ様がアリスを気に掛けてるのは何となく分かってたけど…まさか結婚するなんて思わなかった」
「今でも信じられないけどね…」
呟くハナにシズは沈んだ声で応じる。
「何でそんなに暗ーい声なんです?さっきの話の続きですか?」
シズは複雑な表情で前を見つめる。
「アリスは僕より仕事を優先にしているしハナやメグの方を大切に思ってるから…。愛されてない気がする…」
「そんな訳無いでしょ!!」
落ち込むシズにハナは喝を入れる。
「アリスは間違っても好きでもない男と結婚するような子じゃないですよ!シズ様も自信持たなきゃ本当に愛想つか
されますよ?」
「……うん…そうだね…」
神妙に頷くシズの情けなさにハナは溜息を吐いた。
「もー…シズ様のそんな所が良くないんですよ。いつもは格好良いのに……」
ハナは言葉を切る。岩山の向こうに立ち上る砂塵は大トカゲだ。シズとハナは岩山の影で馬を降り、様子を伺う。
「…でかいな…」
体長6メートルはありそうな大トカゲが地響きを鳴らしながら砂漠を闊歩している。ハナも頷く。
「さっき退治したのが4メートルくらいだったから…。久々にこんな大きいの見た…」
頭から尻尾にかけて体を覆うウロコは日に焼けて赤く、見るからに硬そうだ。多少の魔法すら弾き飛ばしそうな勢いである。切るなら目か口か腹…。
「…ハナはここに居て」
シズは直射日光と砂塵から目を防護する遮光のゴーグルを装着して1人飛び出した。
大トカゲのすぐ横に回り込む。
気配を察し、大トカゲがシズに向かって大きく口を開ける。その口に向かってシズはボウガンを発射させた。
ギャウ!!
見事ボウガンが大トカゲの喉元に食い込んだらしい。体を仰け反らせてのたうち回る。
反り返った大トカゲの柔らかい腹に向かってシズは走り出す。
大トカゲの体を身軽に登り詰め、剣を振りかざして喉元から深く腹の下まで切り裂く。
見事な切り口から大量の血を吐き出した大トカゲは2、3回痙攣後横転して動かなくなった。
「お見事!!」
ハナが駆け寄る。大トカゲの血を全身に浴びたシズは血しぶきを落とした剣を鞘に戻す。
「亡骸は処理するの?」
「いいえ。砂漠の住人が食料にするので特には何も」
シズは頷く。
「そっか。じゃあ帰ろう」
顔に掛かった血を袖で拭いシズは答えた。
「あー!!シズさん!それ私のボウガン!」
城に帰るなり駆けつけたアリスにシズは血だらけのボウガンを奪われる。
「仕事だけじゃ飽きたらず私の大事なボウガンまで奪う気ですかっ!?」
「…ご、ゴメン…」
うなだれるシズがちょっと可哀相でハナはアリスに弁解をしようと口を開けるが、
「……怪我、してないですか?」
血だらけのシズにアリスが穏やかに問う。シズは頷く。アリスはほっとした様に微笑む。
「良かった。お仕事お疲れ様でした」
「うん…」
嬉しそうに頷くシズにハナは何も言えなくなった。やっぱり何のかんの言っても心の通い合った夫婦なのだ。
「…むー…さっきの愚痴はシズ様のノロケだったのかもー?」
尻には敷かれてる様だが幸せそうだ。
「シズ様、さっき格好良かったですよ☆」
ハナはシズに手を振って部屋を出た。
「アリスとメグの産休の間、臨時で対モンスター部隊を2名入隊させようと思うのだがどうかな?」
次の日、謁見の間に呼ばれたハナは王の言葉に顔を上げた。
確かに臨時で人員が増えたら負担は軽くなるだろう。ただ、ちょっと抵抗はある。
「先日シズからハナの負担が大き過ぎるとクレームがあったのでな。確かに大変だからな」
「そうなんですか?じゃあその様にお願いします」
「うむ」
一礼をして退室したハナは少し元気になった。何よりシズの気遣いが嬉しかったのだ。
ウキウキ歩いていたハナは制服姿のセイを見付ける。
「あ、セイ。久しぶりじゃん。元気してた?」
「おー!そっちも元気?」
セイはハナの声に満面の笑みで応じる。
「今から仕事なんだけどさ、帰ったら一緒に飯でも食わねえ?」
「良いよ!」
セイはハナに手を振って出て行った。
「本当に多忙なのはセイかもね」
ハナは昨日シズから聞いた話を反芻する。アリスが居るからと、セイはシズの仕事を一部負担して働いてるらしい。
どうりで最近とんと姿が見えなかった訳だ。クラッドでは対処出来ない仕事をこなす2人は毎日忙しい。
「本当に馬鹿なんだから」
ハナにとってセイは気の合う弟分。だから、セイから告白された時は本当に驚いた。
セイと居ると楽しいけどときめきは無い訳で、
未だその返事は返せずにいる。
変わらず気さくに話し掛けてくるセイは精神的にも大人になったのだろう。
「年下のクセに…生意気なんだから!」
ハナは自分を呼ぶ兵士の声に大きく返事をした。
「皆、集まってくれ」
訓練所に入ってきたレイに兵士達は一斉に姿勢を正す。今年32を迎えるレイは年齢相応の落ち着いた物腰で皆を
まとめ上げている。最近新設した小隊長3名とも密接に連携を取り波留国の兵力は他国の手本にもされる程だ。
レイは切れ長の黒目で皆を見渡し頷く。
「知ってる者もいる様だが通達しておく事項がある。対モンスター部隊のアリスとメグ殿が長期休暇を取る。その間、臨時で2名の魔法使いが対モンスター部隊の仕事を勤める事になった」
兵士達がざわめく。確かに最近対モンスター部隊の仕事にはハナの姿しか見かけない。アリスに至っては2年の空白を経て帰国してから一度も任務に着いていないのだ。
「兵士長殿、差し障りが無ければ何故長期休暇を取られるのか教えて下さい」
兵士の問いにレイは頷く。
「……産休だ」
「何ーっ!!!」
「誰だ!相手は!?ぶっ殺す!!」
どっと兵士達が嘆きの声を上げる。叫び出す者もおり、部屋の中はパニック状態に陥っている。
「静粛に。その魔法使いの選定だが…」
「兵士長殿!その前に!!」
「ん?何だ」
手を上げた若き兵士にレイは目を向ける。
「アリス殿とメグ殿を射止めた憎き宿敵を教えて頂きたい!!」
そうだ!そうだの大合唱に兵士長は目を丸くする。
「皆…二人の相手が知りたいのか?」
大きく頷く兵士達にレイは少し躊躇する。
「まあ、いずれは分かる事だしな…。我が妹、アリスの相手は対人部隊リーダーのシズ殿だ」
「おお!!」
「あのシズ殿なら申し分無い!」
「…アリス殿…ううっ…私がシズ殿に勝てる訳が無い…」
多くの兵士達が歓声と嘆きの声を上げる。
「で?メグ殿は?」
「……」
「兵士長殿?」
こほんと咳払いをしたレイはそっと自分を指差す。
「……私だ」
「!!!」
一斉に皆の射殺す様な視線がレイ向けられた。
「……殺されるかと思った…今日は厄日だ…」
訓練所を後にしたレイは頭を押さえながらヨロヨロと歩いて行く。着いた先は自室。
「この有様を見たら兵士達はもっと怒るんだろうな…」
ノックして部屋に入ると溜まった書類からアリスが顔を上げた。
「メグ、旦那様のお帰り」
「あ、お帰りなさい」
「…ただいま」
アリスは立ち上がると分厚い書類の束をレイに押しつける。
「はい兄さん、終わった分の書類」
「スマン。恩に着る…」
外で働けない分アリスとメグはレイの雑用をこなしているのだ。疲れたら休める様に奥にベッドも用意してある。
2人とも良く働くのでレイはその分兵士達に費やす時間が増えた。
しかし大人気の対モンスター部隊の2人と一緒に居るのは端から見たら羨ましい限りかもしれない。
「…て言うか妹と妻なんだがな…」
「そういえばアリス、シズ殿には仕事の事は話してあるの?」
「言ってない。言うとまた何か文句言いそうだし」
アリスの答えにレイは焦る。
「言ってないのか?それは早急に言ってもらわないと困る。直ぐ…」
急にレイは身の危険を感じてドアから飛びのく。音も無く開いたドアからシズが乗り込んで来た。
「やっぱり来たかシズ!!待て、理由を聞け!!」
「…レイ殿…何故アリスを酷使させてるんです?場合によっては…」
抜き身の剣を振りかざすシズの目は怖いくらい真剣だった。レイは背筋が凍りつく。厄日はまだまだ続きそうだ。




