8.王都への馬車旅
ラントへ到着した翌朝、まだ薄暗い時間に目が覚める。
「ぐごぉぉ」
相変わらず、レオナルフさんのいびきは大音量だ。
その後、宿屋の裏庭へ出て、体をほぐすために少し剣を素振りする。
……ブンッ……ブンッ。
最初は剣の型を思い出すようにゆっくりと、そして慣れてきたら少しずつスピードアップだ。
……ブン、ブン。
「……199、200! ふう。まだまだ慣れない感じだなぁ」
「セトさん、おはよう。朝から頑張るね」
「レオナルフさん、おはようございます。寝起きで体をほぐすのに、丁度良いかと思って剣を振っていました」
「うん、それで良いと思うよ。僕も少し剣を振ってから食事にするよ」
レオナルフさんはそう言いながら剣を振りはじめる。
……ヒュン、ヒュン。
やっぱり、私の剣とは音が違うね。
音を聞いただけでも良く切れそうなのが分かる。
まあ、私は剣の道に生きる予定は無いので、マイペースで剣の扱いを覚えて行こう。
レオナルフさんの剣の音を背に、宿屋の食堂へ向かう。
◇◇◇
食堂へ着くと、何人かの旅人が食事を摂っている。
今日の馬車は早めの出発らしいので、早めに食事しておこう。
朝食は温かいポトフに柔らかいパンだ。
パンは今朝焼いたものらしく、ほのかに温かい。
ポトフの方は、どの野菜も味がしっかり浸み込んでいるので、昨夜作って温め直したのだろう。
特にポトフが気に入ったので、昼食用に少し分けて貰いたいな。
「すみません、このポトフが気に入ったのですが、昼食用に少し頂くことはできませんか?」
「あらお客さん、気に入ってくれて嬉しいわ。ポトフを入れる食器があれば、1食分なら良いわよ」
食器なら、転生神ネフリィ様からもらった簡易食器があったはずだ。
取っ手付き小型鍋の形をしているので、スープ類を入れるのに丁度良い。
誰にも見られない様に注意しつつ、【暗黒空間】から簡易食器を取り出す。
「それでは、これにお願いします」
そういいつつ、女将さんへ簡易食器を渡すと、熱々のポトフを入れてくれる。
「はいどうぞ。熱いので、こぼさないように気を付けて運んで下さいね」
「はい、ありがとうございます」
お礼を言いつつ、こっそり簡易食器を【暗黒空間】へ格納する。
時間を止めて格納したので、昼食には熱々ポトフを食べられそうだ。
◇◇◇
朝食を食べ、軽く装備品の確認をしていると、レオナルフさんが話しかけて来る。
「セトさん、今日は神授の方のショートソードを身に着けておいた方がいいよ。それと、野宿するかもしれないから、水や食べ物も余分に用意しておいた方がいいよ」
「今日は何か起こりそうですか?」
「今日の道は、稀に魔物が出没するんだよ。今日は馬車主が護衛の冒険者を雇ってくれるけど、用心はした方がいいね」
「わかりました。出来る限り準備しておきます」
携帯食料は昨日の昼食に1つ食べただけで、9食残っているから大丈夫だろう。
水も2リットルは常に持ち歩いているけど、念のため10リットルの水を追加してから馬車へ乗り込む。
◇◇◇
ラントを出発し、馬車に揺られること4時間。
途中に小休憩を1度挟み、ようやく昼食のための休憩所へ到着した。
休憩所は森の中にあり、少し開けた空き地に、丸太を切り出しただけの簡素な腰掛が並んでいる。
少し森の中へ入ると沢があるそうで、そこで水を汲むこともできるそうだ。
最寄りの腰掛に座り、昼食を摂り始める。
もちろん、ラントの宿でもらったポトフも一緒に楽しむ。
涼しい木陰で食べる熱々のポトフというのも、なかなか美味しいね。
「セ、セトさん、一体何を食べているんだ」
レオナルフさんが驚きの表情で聞いてくる。
「え? ああ、これは宿屋の朝食で出たポトフですよ。女将さんにお願いして、昼食用に1食分だけ頂いておきました」
ふと見渡すと、周囲から凄く注目されている。
「スープを弁当にするなんて前代未聞だぞ。どうやって運んだ?」
「運ぶ方法なんてどうでもいい、問題は火も起こさず温めた方法だ」
「いやいや、運ぶ方法や温める方法なんてどうでもいい。この暑い中、ポトフを食べるという発想はどこから出た?」
今朝のポトフが美味しかったから、昼も食べたくなっただけだ。
放っておいて欲しい。
◇◇◇
奇異の目線に晒されながら昼食を摂った後、沢までやって来た。
ここで1つの魔法を検証しようと思う。
【荒廃】
【消費魔力】 100
・対象の区画を砂と岩だけの荒廃した土地へ変化させる。
・対象を永久変化させる魔法であり、解除はできない。
緑豊かな山並みが一瞬にして荒れた岩山に成り果て、苦労して開墾した田畑が一瞬にして砂だらけの砂漠に成り代わる。
そして悲嘆に暮れる人々を見て笑う、悪の魔法使いのイメージが頭をよぎる。
これまた、清々しいほど破壊的で害悪な環境破壊魔法だ。
どう考えても環境を破壊する用途しか思い浮かばない魔法だが、野外に出ている間に使い勝手を確認しておきたい。
まずは、手のひら程度の大きさの砂地をイメージしつつ、【荒廃】を使う。
――【荒廃】
川原へ手のひら程度の砂地が出現した。
ただ、元々砂の多い川原で試したので、大きな変化は感じない。
次は、ソフトボール程度の石をイメージしつつ、【荒廃】を使う。
――【荒廃】
川原へ手のひらに収まる程度の半球状の石が出現した。
出現した石を掘ってみると、球状の石が半分埋まった状態になっている。
そして、石の下は周囲の土地と変わらない。
最後に、草が生い茂る草原をイメージしつつ【荒廃】を使う。
――【荒廃】
しかし、何の手ごたえも感じず、土地にも変化は無い。
さすがに、このイメージでは【荒廃】が発動しない様だ。
やはり、この世界の魔法はイメージが大切だね。
魔法の基本的な性質に反しない限り、イメージした通りに効果を調節できる様だ。
今のところ【荒廃】の使い道は思い浮かばないが、おかげでこの世界の魔法の使い方がだいぶ理解できた。
検証に使った土地を、周囲と同様の砂地に戻してから、馬車に戻ろう。
◇◇◇
昼食を終え、心地よい馬車の揺れに微睡んでいると、馬車が急停車した。
「セトさん、起きてくれ。緊急事態だよ」
レオナルフさんが慌てながら起こしてくれる。
「魔物でも出現しましたか?」
「いや、もっと悪いよ。山賊に囲まれている。僕は外に出て迎撃するので、セトさんはここに避難していてよ」
そう言って、レオナルフさんは外へ飛び出す。
あれほど戦闘とは無縁で生きて行こうと心に決めたのに、向こうからやって来るとは何と無慈悲な。
外の様子を窺うと、道の片側には崖がそびえ立っている。
反対側は鬱蒼と茂った森で、視界は悪い。
剣や槍を手にした8人の山賊が半円形で包囲し、少し奥の方へリーダーらしき大男と魔法使いらしきローブ男が居る。
それに対し、こちらは冒険者3人とレオナルフさんの計4人だけだ。
山賊の方が人数的に圧倒している上に、冒険者は対魔獣戦に特化しているので、山賊相手には分が悪すぎる。
「我が身に宿りし魔の力よ、こぶし大の炎となり、馬車を焼け【ファイアボール】」
切り抜ける方法が無いか考えていると、来た!
ローブ男から、恥ずかしい中二病の詠唱が来た!
あまりに恥ずかしい詠唱に悶えそうになるのを我慢しつつ、ファイアボールを【消滅】させる。
――【消滅】
この世界の魔法に慣れつつある今なら、【ファイアボール】へ向けた【消滅】も難なく成功だ。
それを見た、山賊のリーダーが慌てて指示を出し始める。
「お前ら、気ぃつけろ! 向こうにも魔法使いが居るぞ! 2人1組で当たれ!」
これは拙い。
この山賊達は、ただの荒くれ者の集まりじゃない。
集団戦の訓練を受けた者、おそらく軍人か傭兵が集まった武装集団だ。
こちらも何か援護しないと、4人はあっという間にやられてしまうだろう。
しかし、今使える魔法は【暗闇】、【激痛付与】、【消滅】、【暗黒空間】、【荒廃】の5つだけだ。
この場面で有効な【激痛付与】も、4人に掛けて回る時間がない。
そう考えている間にも、山賊の集団は3人の冒険者やレオナルフさんに近づいてくる。
「気ぃつけて近づけ! 近づいたら、魔法を警戒しながら相手の体制を崩せ!」
やはり、山賊達は訓練された武装集団だ。
おそらく、接敵した瞬間に勝負は付いてしまう。
それまでに【激痛付与】できれば勝ち目もあるのだが。
一度に全員……【激痛付与】は効果対象を選べる……魔法はイメージ……。
これで行くしか無いか!
覚悟を決めて馬車を飛び出し、片手を地面に付けて【激痛付与】を発動させる。
魔法のイメージは、『激痛効果は私達に悪意をもつ人に限定し、半径50メートルの地面へ付与』だ。
――【激痛付与】
「「「「ウギャァァァッッッッ……!」」」」
よし! 成功だ!
山賊たちは全員もがき苦しんでいる。
「レオナルフさん、冒険者のみなさん、一時的に山賊を無力化しました! あとはよろしくお願いします」
そう叫ぶと、レオナルフさんと冒険者の3人がこちらを向き、頷く。
そして4人は、おもむろに山賊の首を切り始める。
襲われたからには殺すしかないのは分かるけど、猟奇的な場面を見せないで欲しい。
山賊に襲われるより、今の場面の方がよっぽど衝撃的だよ。
今晩の夢に出て来そうだ。
◇◇◇
山賊を倒して土に埋めた後、少し進んだ休憩所で野営することになった。
どうやら、山賊との戦闘で馬が怯えてしまい、今日はもう進めないとの事だ。
転生神ネフリィ様から頂いた道具を使い、野営の準備をしよう。
まずは休憩所に生えている木と石を使って、小型タープ|(天幕)を張る。
その下にビニールシートを敷き、ビニールシートの上で寝れば、夜露に濡れることも無く快適だ。
初夏とはいえ、夜は冷え込むかもしれないので、毛布も使おう。
「セト、さっきは助かった」
野営の準備がひと段落すると、冒険者の1人が話しかけてきた。
「いえいえ、自分の身を守るためにした事ですよ。そこは、お互い様です」
「それにしても、あれは一体何をしたんだ? 出来れば教えて欲しいのだが」
「それは僕も気になっていたんだ、教えて欲しいよ」
レオナルフさんや他の冒険者も、興味津々でこちらへ寄って来る。
「あれは【激痛付与】を地面に使ったのですよ」
「「「はぁ?!!」」」
そんな、全員でツッコミ入れなくても良いと思う。
「地面に【激痛付与】するなんて、聞いたことないよ」
「私も地面に付与するのは初めてでした。あの時は、他に良い手段が思いつかなかったので、成功して良かったです」
「まあ、結果オーライで良かったよ。できれば、野営地にもその魔法を掛けておいてよ」
レオナルフさんの言う通り、野営地に掛けておけば何かに襲われた時に安心だね。
「わかりました、明日の朝まで効果が続くように付与しておきます」
翌朝、猪型の魔物が吊るされて血抜きされていた。
聞くところによると、昨夜遅くに襲ってきたが、突然倒れて苦しみだしたので、簡単に仕留められたそうだ。
うん、本来の使い方とはちょっと違うかもしれないけど、【激痛付与】は大活躍だね。
その後は特にトラブルもなく、1日遅れで王都に到着した。
戦闘シーンは難しいですね。
躍動感あふれる描写はどうやったら掛けるようになるのやら……。