7.王都へ向けて出発
情景の描写というのは、なかなか難しいものですね。
「セトさん、おはよう」
王都プロイデンへ出発する朝、アマツ屋を出ると既にレオナルフさんが待っていた。
レオナルフさんも王都へ行くので旅装束だ。
「レオナルフさん、おはようございます。お待たせしました」
「いや、いいよ。それよりも早く旅支度しないと、馬車の時間に間に合わなくなるよ?」
おっと、レオナルフさんには暗黒空間の事を話してなかったので、手ぶらな私を見て勘違いさせてしまった。
いつかは分かってしまう事なので、レオナルフさんには話しておこう。
「いえ、旅支度は終えています。暗黒魔法の中には、アイテムボックスに似た魔法があるのですよ」
そう言いながら、暗黒空間から普通のショートソードを取り出す。
「おお、そうだったのか! それじゃ、馬車駅に行こうか」
レオナルフさんはそう言いながら歩きはじめる。
「割とあっさり納得しましたね。私でも知った時は驚いたというのに」
「まあ、異世界人だから何しても気にしないよ。それより、そのアイテムボックスの能力は、レニス市を出るまで秘密にしておいた方がいいよ」
「それもそうでした。私も避けて通れる面倒事は、避けて通りたい口です」
「理解が速くて助かるよ。昨日の武器屋の様な面倒事は、どこにでも転がっているからね」
その後も、雑談をしながら馬車駅へ向かう。
「魔導車を使えれば1日で王都へ行けるけど、さすがに許可が下りなかったよ。馬車だと2泊3日になるね」
「魔導車という物があるのですか」
「とある異世界人が作り出した乗り物で、魔石を燃料にして走る車を魔導車と言うんだよ。高価な魔石を沢山使うのから、普段は貴族や大商人しか乗れないんだ」
魔道車は、名前からして異世界人が自重せずに作った自動車の事だと思う。
まあ、いくら自動車が作れても、燃料が高価だと馬車に頼るのは仕方ないね。
快適な自動車の旅とはいかなかったけど、のんびり馬車旅を堪能しようかな。
◇◇◇
「あそこに見えるのが長距離馬車の馬車駅だよ」
レオナルフさんに言われた方向を見る。
バス停に似た乗り場がたくさんあり、まるでバスターミナルだ。
馬車駅は、乗り降りする乗客、見送り客、荷物を積み下ろしする商人らで混雑している。
「どの馬車に乗るか迷いそうですよ」
「僕達が乗るのは『お』と書かれた乗り場なので、それさえ覚えておけば迷わないで済むよ」
この辺りの仕組みは、元の世界と似たルールだ。
『お』の乗り場に着くと、小型で6人乗りの乗合馬車が停車している。
荷物はショートソードのみなので、馬車の屋根の上にある荷物置きは使わずそのまま乗車する。
やっぱり、身軽な旅は楽でいいね。
乗車してしばらく待つと、王都へ向けて馬車が出発した。
どうやら3台で隊列を組んでいるらしく、私の乗っている馬車は隊列の後方だ。
それにしても、想像していたよりずっと乗り心地が良い。
「レオナルフさん、この馬車には路面からの衝撃を吸収する装置が付いているのですか?」
「うん、よく分かったね。元々は魔道車のために作られた部品を馬車に転用しているんだよ。ゴムタイヤ、ダンパー付きサスペンション、ボールベアリングの3つは、どの馬車にも取り付けられているよ。おかげで乗り心地が良いし、馬の負担が減ったので多くの荷物を運べるようになったよ」
「なるほど。頻繁に異世界人が来るなら、そういった技術も伝来しますか。おかげで、お尻が痛い思いをしなくて済みました」
誰かは分からないが、自重しなかった異世界人、グッジョブだ。
それに、ダンパー付きサスペンションやボールベアリングを量産できるのも驚きだ。
これらを量産する技術は、1人や2人の力じゃとても実現できないので、この世界の職人達が優秀な証拠だね。
それから何度か休憩し、日が傾きかけた頃に宿場町ラントへ到着した。
◇◇◇
宿場町ラントは、緑豊かな農村の一角に宿屋を中心とした商業地区がある、という感じの町だ。
初夏のこの時期、農家の方々は草刈りに大忙しの様で、日が傾きかけた今も田畑に多くの人影が見える。
しかし、鎌で草刈りしている人は少ない。
木箱を押しながら歩いている人が目立ち、木箱が通った後は草がきれいに刈り取られている。
「あの木箱、まさか草刈り機ですか?」
「そうだよ。あれは魔道車の駆動部分が応用されていて、コの字型の木箱の中で草刈り用の刃が回転しているんだ」
魔道車、応用されすぎだろ!
いやいや、草刈りは農作業のうち最も手間が掛かる作業の1つだ。
つまり、草刈りを自動化できれば、農作物の収穫高を大幅に増やせる、という事になる。
地味だけど、農家からすると切望の発明品だし、順当な応用だね。
「今のプロイタール王国では、魔石の消費を抑えつつ、どれだけ大量の草を刈れるかが職人の間で競われているよ」
まさかの燃費競争が勃発していた。
さすが農業大国だけあって、農耕機器への力の入れ具合が半端ない感じだ。
農家にとっても、高価な魔石の消費量を抑えられるので、嬉しい競争だね。
◇◇◇
それからしばらく進み、日没にはまだ早い時間にラントの宿屋へ到着する。
「日没までにはまだ時間がありますが、予定より早く到着したのでしょうか」
「いつもより少し早いけど、いつも明るい内に到着するよ。明日の道のりが長いので、今日は早めに休むんだ。明日の朝は少し早いから気を付けてよ」
「なるほど、明日の朝が早いので、今日の移動は短めという訳ですか」
寝坊しない様に早めに寝ないといけないね。
それでも、今日は少し時間に余裕がある様なので、前々から考えていた事をお願いしよう。
「夕食までに時間がありそうなので、良ければ少し剣術を教えてもらえないですか」
「そういえば、ショートソードを使いたいんだったね。いいよ、夕食までの時間に少し教えるよ」
宿の裏にある空き地で、レオナルフさんから剣術の初歩を習う。
「まずは型を教えるので、素振りを100回する事。型通りに素振り100回すると、【剣技】Lv1を覚えるよ」
「はい、よろしくお願いします」
一通り型を教えてもらい、それらを順に素振りしていく。
……ブンッ、ブンッ。
「……99、100! ハァハァ、100回終わりました」
「素振りが終わったなら【ステータス】で確認してみなよ。ちゃんと出来ていたら【剣技】Lv1を覚えているはずだよ」
【剣技】
・長剣、片手剣、短剣に関する技を覚えることができる。
・剣技Lvに応じて、最大威力が向上し、攻撃範囲が拡大する。
【剣技】Lv1 【武器強化】 《習得条件達成:素振り100回を達成した》
【消費魔力】 5
・対象の武器へ魔力コーティングする。
・対象の武器による攻撃力、および武器の耐久力が向上する。
・魔力コーディングによる効果は【剣術】のLvに比例する。
おお、【剣技】Lv1を覚えた!
この世界パールナイトに来て、自力で覚えた初めての能力だから、とても嬉しい。
「しっかり、【剣技】Lv1を習得できました!」
「それは良かった。剣の上達には素振りが大切だから、出来るだけ毎日素振りするんだよ。【武器強化】は攻撃力を上げるだけでなく、武器の保護にもなるんで、戦闘が始まったら忘れずに使うんだよ」
「わかりました。今日は、どうもありがとうございました」
それにしても、【剣技】を覚えたからといって、剣の扱いが上手になる訳ではない様だ。
そこで、ふと思い直す。
何の経験もせずに剣の扱いが上手になる訳が無いよね。
少しファンタジー小説に毒されていたのかもしれない。
剣や魔法を使った戦闘は、経験しつつ自分のスタイルを確立したいと思う。
いや違う。
可能な限り戦闘は回避する方向で行き、戦うのは不可抗力の時だけにしようと思う。
ただ、いざという時のために、毎日剣の素振りだけは怠らずに実施しようと心に決める。
◇◇◇
「ぐごぉぉ」
剣の練習を終えた後は、ラントに1つだけある銭湯に入り、食事して就寝することになった。
宿屋と銭湯が分かれている事、宿屋の対応がやや事務的な事、寝室が洋室で相部屋な事を除いて、アマツ屋と大差なかった。
「ぐがぁぁ」
そう、ラントでは一般的なランクの宿屋に宿泊させてもらったが、アマツ屋と大差なく清潔で快適だった。
アマツ屋が登場した後、宿屋や銭湯が顧客争奪戦にしのぎを削った結果だと思う。
これは、今後の旅にも期待できそうだ。
「ぐごぉぉ」
しかし、ただ1つ、たった1つだけ困った事があった。
「ぐっがぁぁぁぁ」
レオナルフさん、いびき酷すぎ……。
このままでは明日の朝に響きそうだ。
こんな時こそ暗黒魔法の出番だ!
まずは試しに効果時間10秒をイメージしつつ【暗闇】を発動する。
――【暗闇】
思った通り、10秒経つと【暗闇】が消える。
次に、人が近づくと解除されるようイメージしつつ、少し離れた場所へ【暗闇】を出す。
――【暗闇】
これも思った通り、手を近づけると【暗闇】が消える。
さて、6時間経過するか、または誰かが近づいて来ると解除されるようイメージしつつ、自分の両耳へ【暗闇】を出す。
うん、全く音が聞こえない、完璧な耳栓の出来上がりだ。
これで、明日の朝までぐっすり眠れるね!
続きは明日投稿する予定です。
2017/1/10 誤字と分かりにくい箇所を修正しました。