5.冒険者ギルドレニス支部
「セトさん7時になりましたよ!」
元気の良い少女の声が聞こえ、目が覚める。
そういえば、モーニングコールをお願いしていた。
「タニーちゃんありがとう。おかげで目が覚めましたよ」
タニーちゃんは、ブロンド髪をツインテールでまとめた、12歳くらいのかわいい少女だ。
その笑顔には保護欲をそそられるが、どちらかというと妹のように感じる。
精神年齢的には親子ほど離れているけど、こういった感覚は身体年齢に引きずられるのかな?
「布団はそのままにしておいてくださいね。出かけている間に掃除しちゃいます」
「わかりました。9時頃から出かけるので、掃除はその後にお願いします」
朝食を食べて外出の準備が終わった頃、9時を知らせる時計の音が聞こえる。
各階に振り子式の時計が置いてあったので、その時計が鳴っているのだろう。
時計のような機械製品が普通に使われているので、やはりこの世界の文明はそれなりに進んでいるみたいだ。
宿屋の外へ出ると、レオナルフさんがこちらに歩いて来ているのが見える。
ちょうどいいタイミングだね。
「おはようございます、レオナルフさん」
「おはよう、セトさん。あの宿はなかなか良かっただろう? 創業者は異世界にある『オンセンヤド』を目指したらしいよ」
まさに、温泉宿だったね。
卓球台とマッサージ機があれば、完璧だったかもしれない。
「私の居た異世界の宿に似ていて、とても落ち着けました。ところで、午前は旅支度をしたいのですが、案内をお願いしてもいいですか?」
「旅支度? ああ、王都への馬車旅の準備か。馬車旅といっても、馬車に乗って宿屋に泊まるだけだから、昼食用の携帯食料と着替えの服があれば十分だよ」
基本的な野営の装備や携帯食料はあるので、衣服があれば大丈夫か。
レオナルフさんの案内で服飾店へ行き、上着とズボンをそれぞれ2着、下着をそれぞれ5着、それにベルトとウェストポーチを購入する。
着心地が良くて丈夫なものを選んだら全部で大銀貨3枚もしたので、早く職探しをしなければお金が尽きそうだ。
他にも色々買おうと思ったが、これ以上の荷物は背負い袋へ入り切らない。
ここは、大量の荷物を格納するための、いわば「マジックバック」が無いか店員に聞いてみよう。
「あの、店員さん。見た目より多くの物が入る魔法の掛かったバッグ、なんて物は無いでしょうか」
「見た目より多くの物を入れるというと、空間魔法の【アイテムボックス】かねぇ。そんな魔法の掛かった道具なんて聞いたこと無いし、あっても神授級だろうから手は出せないねぇ」
マジックバッグが無いのは残念だが、【アイテムボックス】の魔法がある様なので、落ち着いたら調べてみようと思う。
しばらくは装備品を厳選しながら持ち歩く事になりそうだね。
神授級という言葉が気になったので、アイテム等級についてレオナルフさんに確認してみる。
【低品質】 いわゆる失敗作だが、何とか使えない事もない。ジャンクとも言われる。
【量産品】 通常品質の商品。ノーマルとも言われる。
【高品質】 腕の良い匠が作成した逸品。ハイクオリティーとも言われる。
【希少品】 魔法が付与され特殊能力を持つ希少なアイテム。レアとも言われる。
【伝説級】 伝説に語られるほどの能力が秘められたアイテム。レジェンド級とも言われる。
【神話級】 神話に登場するほど強力な能力が秘められたアイテム。ミソロジー級とも言われる。
【神授級】 人の手では作れず、神から授かったアイテム。ディバイン級とも言われる。
基本的には下に行くほど等級が高く、価値も高いそうな。
ただし、【神授級】に関しては特殊能力が千差万別なため、実際の価値には大きく差がある様だ。
ちなみに、購入した物を【ステータス】で確認したところ全て【量産品】だったよ。
◇◇◇
午後からは、レオナルフさんの案内で冒険者ギルドへ向かう。
冒険者ギルドへ事前に確認したところ、この時間帯を指定されたらしい。
ギルド支部長は忙しいだろうから、いつでもって訳にはいかないよね。
それはさておき、冒険者ギルドレニス支部は想像より大きく、東京ドーム程の敷地を持つ立派な建物だ。
レオナルフさんによると、この世界パールナイトでは石油や石炭がほとんど産出されず、魔石が貴重なエネルギー源になっているらしい。
魔石の主要な供給源である冒険者は高収入で人気なため数が多く、冒険者ギルドもそれに応じて大規模になっているとの事だ。
また、冒険者ギルドは国の直轄事業だそうで、国から独立した組織ではない様だ。
冷静に考えれば、国から独立した武装集団なんて、危険極まりないよね。
そんな話をしつつ、ギルド支部長へ案内される。
ギルド支部長室で待っていたのは、精悍な顔つきで鋭い眼差しを持つ60歳前後の男性だ。
「異世界人のセト殿、ようこそパールナイトへ。儂は冒険者ギルドレニス支部長のクロイツじゃ」
「初めまして、異世界人のセトです」
一通り挨拶を終えた後、冒険者ギルドの実態について聞くことにする。
本来であれば受付で聞くべき事だが、異世界人に対してはギルド長または支部長から説明されるそうだ。
「私は異世界から職探しに来ました。冒険者について、どのような職か教えて頂ければ幸いです」
「冒険者とは、一言で言い表すなら魔物に対する戦闘員じゃ。魔物の討伐だけでなく、魔物の徘徊する場所での採取、魔物からの護衛も冒険者の仕事じゃ」
色々と説明されたが、要約すると次の様な職だ。
・冒険者は、ギルドからの依頼遂行、または自主的な魔物討伐で収入を得る。
・魔物に関する各種研修を開催しており、冒険者ギルド員は無料で受講できる。
・ランク制を取っていて、Z(非戦闘員)、E、D、C、B、A、Sの順に高ランクとなる。
・ランクは魔物に対する対応能力を現すが、依頼の受注制限は無い。
・異世界人の義務として、3年以上の所属またはCランクへ昇格する必要がある。
無謀な依頼の受注で命を落とす人が多いかと思ったが、そんな人はまず居ないそうだ。
まあ、普通は自分の命が惜しいので、無謀な事はしないよね。
◇◇◇
次は、暗黒魔法について聞いてみよう。
「私は転生特典として暗黒魔法を授かりました。冒険者ギルドで暗黒魔法の使い手がいらっしゃると事ですが、暗黒魔法について伺っても良いでしょうか」
すると、クロイツ支部長は憐れむような眼差しで答えてくれる。
「少数じゃが、冒険者の中にも使い手がおるよ。【激痛付与】は効果対象を魔物に指定すりゃ使い勝手がいいんで、結構需要が高い方じゃ」
【激痛付与】は効果対象を選べるのか!
これは良い情報が得られたね。
【ステータス】の説明文にはそこまで書かれていないので、気づかなかった。
「習得条件がアレじゃなけりゃ、もっと使い手がおったじゃろうに」
そういえば、説明文に習得条件が厳しいと書かれていたね。
「そんなに厳しい習得条件なのですか」
「激痛付与の習得条件は《気絶するほどの痛みを味わうこと20回》じゃ。苦痛を味わう事が習得条件になっとるんで、マゾ魔法とも言われとるよ」
うへぇ、気絶するほどの痛みを味わうとか、元の世界では生涯で1度あるかどうかじゃないかな。
そんなのを進んで受けるとは、確かにマゾじゃないと無理だね。
「お主の能力Lvは知らんが、Lv上げは諦めた方が良いじゃろうな……」
「な、なるほど……」
さっきの憐れむような眼差しの理由はそういう事か。
最高Lvまで授かっていて、本当に良かった。
そろそろ面会時間も終わりなのでお暇しよう。
「まあ、そう気を落とさんでもいい。暗黒魔法がダメでも他の魔法や剣術を覚えるなりすれば良いだけじゃ。そうじゃ、魔法使いであっても、護身用に剣術を身に付けておくと、命が助かる場面もあるじゃろうて」
「護身のための剣術ですか、ご忠告ありがとうございます。本日は、色々とお話して頂いてありがとうございました」
「よいよい、これも仕事のうちじゃ。それじゃ、達者でのう」
こうして、クロイツ支部長との面会を終えた。
色々と有益な情報を提供してもらい、忠告まで貰えたとは、クロイツ支部長はなかなか良い人柄だと思う。
しかし、クロイツ支部長には悪いけど、平和に暮らしたいので冒険者になるのは最後の手段だ。
◇◇◇
冒険者ギルドからアマツ屋へ戻った後、【激痛付与】の再検証を行うことにする。
クロイツ支部長から、【激痛付与】は発動条件を設定できると聞き、その他にも色々調節できそうだと思ったからだ。
検証を始める前に、【暗黒】の魔法で部屋全体を覆っておく。
これで、痛くて叫んだりしても、部屋の外に叫び声が漏れないはずだ。
ロウソクの光だけで少し薄暗いが、魔法を使うのに支障はないだろう。
まずは、【激痛付与】で与える痛みの強弱の調節を確認しよう。
私はマゾじゃないので、痛みが最弱になるようイメージして椅子へ【激痛付与】を使う。
椅子を触ると、針でチクっと刺された程度の痛みが走る。
どうやら威力の増減もできる様だ。
この調子で色々と試してみると、次の様な事が分かった。
・激痛効果の強弱を調節でき、最小威力は小さな針に刺された程度。
・付与の範囲を調節でき、少なくともアマツ屋全体に付与できる程には広い。
・激痛効果の発動条件は自由度が高く、『自分達に悪意をもっている者』といった設定もできる。
・痛みの持続時間を調節でき、最低1秒から最大は未確認だが10分以上は持続する。
・範囲や持続時間を変更しても、消費魔力は20のまま。
いずれも、魔法発動前に条件をイメージすることで、効果を調節できた。
最初に検証した時には気づかなかったが、これは想像以上に使える魔法だね。
明日は魔導ギルドへ行くので、他にどんな魔法があるか聞くのが楽しみだ。
そう思いながら、就寝する。
今週は毎日投稿しようかと思います。
2017/1/10 誤字や分かりにくい箇所を直しました。