42.漁村シーティカ 5
街道を作り始めて3日目の昼下がり、森を抜けるとシーティカの村が見えて来た。
シーティカの村は森から少し下ったところにあり、森の出口から村の全貌が見渡せる。
なかなかの見晴らしだ。
海沿いには家が並び、内陸方面には田畑が広がっている。
村の規模に対して船着き場の数は少なく、2か所しか無い。
その2か所の船着き場に船の姿は無く、船は沖の方に見える。
どうやら、冬の最中にも漁をしている様だ。
内陸方面の田畑には、ちらほらと野菜が栽培されている。
おそらく、冬野菜を作っているのだろう。
田畑や家は思ったよりも整備されていて、とても外界から閉ざされた集落とは思えない。
きっと、いずれシーティカが繁栄する事を夢見て、頑張って整備して来たのだろう。
レイタルとの街道ができたので、これからはもっと発展していくだろう。
レイタルとの交易が始まれば、この村の水産資源が特産品になるに違いない。
いずれは、王家からの支援が無くても存続できる様になれば良いなと思う。
そんな事を思っていると、シェリスが声を掛けて来た。
「ねえセト、まだ出発しないの? アタシ、そろそろ寒くなって来たわ」
確かに、森の入口には海から冷たい風が吹き付けて来ている。
雪は降っていないものの、厳しい冬の冷たさを感じる。
こんな中、農業や漁業をしている人達には、本当に頭が上がらない思いだ。
「それじゃ、馬車と冒険者のお二人を公都レイタルに送ろうか」
ミリオさんとサーシャさんには、馬車都と共に先に公都レイタルに帰ってもらう事にした。
シーティカには馬車が通れるような街道が通っていないので、馬車でシーティカ内に入ると住民達が驚いてしまうからだ。
転移門を使い、馬車と冒険者の二人を公都レイタルまで送り届けた後、私達3人はシーティカの村へ入って行った。
シーティカの中は、思った通り閑散としている。
と言っても、シーティカが寂れている訳ではなく、冬なので仕事の無い人は家から出ないだけだ。
たまに人とすれ違うが、不審者を見るような目でこちらを見て来る。
閉鎖された集落に見知らぬ人が居たら、不審に思うのは仕方がないね。
馬車で来なくて正解だった。
そのまま、特に寄り道はせず村長の家に行く。
村長の家の場所は、事前にローレン様から聞いていたので、特に迷うことなく辿り着けた。
◇◇◇
村長の家でドアをノックすると、青年が出て来た。
「ここは村長の家だが、アンタは誰だ?」
青年は、警戒心丸出しで対応してくる。
まあ、事前連絡もせずに来たので、仕方がない。
「私は王都から来た魔法使いのセト・イツクシマ子爵と言います。こちらはシェリスとミルスです。村長のオリトさんと話をさせてもらえませんか」
私が自己紹介を始めると、青年の顔色が悪くなって来た。
自己紹介が終わった頃には、青年の顔は真っ青だ。
「セ、セト様、先ほどは大変失礼しました。どうか、どうか命だけはお助けを……」
そして、ついに青年は土下座を始めてしまった。
いくら何でも、貴族に対して怯えすぎだろう。
「おいオルバ、何を騒いでいる」
私達が青年の土下座に唖然としていると、騒ぎを聞きつけて壮年の男性が村長宅から出て来た。
おそらく、この人が村長のオリトさんだろう。
「あの、あなたが村長のオリトさんでしょうか」
「ええ、私が村長のオリトです。息子が何か失礼な事をしたのでしょうか」
私が声を掛けると、壮年の男性は怪しみながらも答えてくれる。
「私は王都から来たセト・イツクシマ子爵と言います。あなたの息子さんは、おそらく私が貴族だという事に驚いただけだと思います」
「なるほど、そういう事でしたか。外は寒いでしょうから、お話は中で伺う事にしましょう。さ、こちらへどうぞ」
私達はオリトさんに案内され、村長宅に入る事になった。
「さて、王都の貴族様がこのような僻地まで来られたのは、一体どのような御用でしょうか」
村長宅に入り、温かいお茶を出されたタイミングで、オリトさんが話を始めた。
面倒な前置きはせず、単刀直入に行こう。
「はい、宰相のローレン・ブラッケン侯爵様から依頼され、公都レイタルとシーティカの間に街道を敷設しましたので、その報告に来ました」
「シーティカは開拓して50年になりますが、何の成果も出せないこの村は、いずれ見捨てられると思っていました。よもや、救いの手を差し伸べて頂けるとは思ってもいませんでした」
オリトさんは、申し訳なさそうに思いを吐き出している。
どうやら、オリトさんも当初の目論見通りに行かなかった事を気にしている様だ。
「ただ、街道を敷設して頂くにしても、莫大な費用と長い年月が掛かると思いますが、本当に敷設して頂けるのでしょうか。この村を開拓した時の様に、計画が途中で頓挫しなければ良いのですが」
おや?
何か勘違いをしている様なので、正しておこう。
「オリトさん、勘違いをされては困ります。私は先ほど、街道を敷設しましたと言ったはずです。シーティカ付近にある森の入口から公都レイタルまで、既に街道は完成していますよ」
「な、な、な……。オルバ! 見に行ってこい!」
オリトさんは、少し取り乱しつつ息子さんに見に行かせた。
実物を見ないと、なかなか信じられない気持ちは分かる。
それから1時間ほど経った頃、村長の息子オルバさんが帰って来た。
「父さん、確かに街道があったよ。しかも、石で舗装されていた」
さすがに息子を疑う事はしなかった様で、オリトさんには納得してもらえた。
「それにしても、いつの間にそのような大工事をなされたのでしょうか。いくらシーティカが閉鎖された村だといっても、私が気づかないはずは無いのですが……」
「宰相のローレン様から依頼を受けたのが5日前で、街道敷設に取り掛かったのが3日前ですから、気づかないのも無理はありませんね」
私がそう伝えると、オリトさんは目を大きく見開いたまま固まってしまった。
色々と信じられないのだろう。
私だって、こんなに早く終わるとは思っていなかった。
その後、どうやって街道を作ったか説明をしていると、日が暮れてしまった。
だからという訳でもないが、オリトさんの好意で、村長宅に泊めてもらう事になった。
◇◇◇
翌日、村長のオリトさんの案内で、シーティカの村を見て回る事にした。
有利な立地なのに、小さな漁村に落ち着いている理由が知りたかったからだ。
まずは、気になっていた2か所しかない船着き場へ案内してもらう。
そこには、かなり沖の方まで伸びた桟橋があった。
「オリトさん、ここには小さな漁船しか無いのに、何故桟橋があんなに長いのでしょうか」
「それは、ここの海底が岩場だからです。陸に近い場所では船底が岩にぶつかってしまうのです」
確かに、それでは大きな船を泊める事が出来ないな。
「それなら、もっと他の場所に村を作れば良い気もしますが、何故ここなのでしょうか」
「他の場所はどこも断崖絶壁か険しい岩場なのです。この岬では、船着き場を作れるのがここしか無かったと、先代の村長から聞いています」
そうなると、大きな漁港を作るには海岸の埋め立てが必要だ。
しかし、交通の便利が悪いこの場所では、埋め立てのための機材や人員を調達できない。
なるほど、ローレン様が安く街道を整備したいとおっしゃった意味が良く分かる。
「ねえセトの魔法なら、ここら一帯の海岸を埋め立てたり、断崖を消したり出来るんじゃない?」
シェリスの言葉に、オリトさんが反応した。
「まさか、そんな事が出来るのは創造神エリクト様だけでしょう。いくらセト様が凄腕の魔法使いでも、神の御業は使えないでしょう?」
創造神エリクト様は、海岸を埋め立てたり岸壁を消したり出来るらしい。
やっぱり、創造魔法とかあるのだろうか。
それはともかく、岸壁を消して海岸を埋め立てれば、大きな船が泊まれるようになるので、このシーティカは凄く発展する気がする。
まあ、他人の領地なので、勝手に改造する訳にいかないけどね。
「シェリス、やるならローレン様から許可を頂かないといけないよ。ここは私の領地じゃないから、勝手に改造したら怒られてしまうよ」
「あら、そうだったわね」
私とシェリスが話をしている間、村長のオリトさんはミルスと話をしていた。
何やらミルスが『セト様は神の御業だって使えるのです。ミルスにとっては神様なのです』とか言っているので、あとで誤解を解いておかないと面倒な事になりそうだ。
その後、村の中を散策しながら、特産品を聞くことにした。
「オリトさん、この村の特産品は何でしょうか」
「ここは外界から隔離された村ですので、これと言った特産品はありませんよ。あえて言うなら、海産物を使った保存食や乾物が特産になるでしょうか」
海産物なら王都にも出回っているが、保存食や乾物はなかなか手に入らない。
どちらも日持ちしそうなので、買って帰る事にしよう。
「それでは、その保存食や乾物を買って帰っても良いでしょうか」
「それは構いませんが、その……」
どうにも、オリトさんの歯切れが悪い。
もしかして、生活が苦しくて余剰食糧が無いのだろうか。
そうだとすれば、手持ちの食料と交換しよう。
「あの、もしか生活が苦しいのであれば、手持ちの食料と交換で如何でしょうか?」
「いえ、生活は安定しています。ただ、もし塩をお持ちでしたら、代わりに塩を譲って頂ければ助かります。支援物資で頂いている塩では、生活して行くのにギリギリなのです」
目の前に海があるのに、塩が足りていないのは驚きだ。
おそらく、塩田を作れる土地が無いのだろう。
塩なら【暗黒空間】の中へ大量に入っているので、代金代わりに放出しよう。
それにしても、支援物資として塩を貰わないと生きて行けないとは、大変だな。
これからは商人が来るだろうし、塩も手に入りやすくなれば良いと思う。
何軒かの家で保存食や乾物を購入し、公都レイタルへ帰る事にした。
本当はもう少しのんびりしたいが、今は仕事中なので仕方がない。
またいつか、シーティカが発展したら観光に来よう。
「それではオリトさん、私たちはこの辺で帰らせて頂きます。お世話になりました」
「いえいえ、何もおもてなしできず、申し訳ありませんでした。宰相様には、街道敷設を感謝していると、よろしくお伝えください」
そうやって挨拶をした後、転移門で公都レイタルへ帰還した。
◇◇◇
公都レイタルへ帰ってすぐ、レイタル城のローレン様に面会する事にした。
もちろん、街道が完成した事の報告だ。
「ローレン様、公都レイタルからシーティカまでの街道を敷設し終わりました」
「ご苦労であった。どの様な街道になった?」
「はい。幅10m程で石畳の街道です。実際に馬車で通った所、特に問題はありませんでした。ただ、休憩所はありませんので、必要に応じて整備をお願いします」
「うむ、当面はそのままで問題無さそうだな。詳しい事は、後で部下に確認させよう」
「ところで、セトも少しは貴族らしくなったな」
私が貴族らしくなった?
変わった事と言えば、少し上等な服を着るようになった程度だ。
しかし、相変わらず家臣の一人も居ないので、貴族らしくは無いと思う。
「私が貴族らしくなった、でしょうか。自分では変わった様には思えません」
「何を言っておる、侍女を連れて歩いているではないか。少し年は若いが、なかなか教育の行き届いている侍女だな」
侍女を連れている?
ミルスの事か!
『ねえシェリス、ミルスの事をローレン様に伝えておいた方が良いと思うけど、どう?』
『そうねぇ、ローレン様はアタシの事も知っているし、伝えても良いと思うわ』
シェリスも良いと言っているし、ミルスの事を話そう。
「大変申し上げにくいのですが、こちらのミルスは侍女ではないのです」
「侍女ではないなら、何なのだ? 使用人か?」
「いいえ、ミルスは我が家の守護霊なのです」
正直に話すと、ローレン様は目を見開いたまま固まってしまった。
しばらく待つと、ローレン様は正気に戻り、疑問を口にする。
「それで、公都レイタルの観光に守護霊が付いて来ているのは、何故なのだ?」
「それはもちろん、慰安のためです。いつも家事を手伝ってもらっていますので、たまには休息も必要かと思い、一緒に観光しているのです」
私がそう言うと、ローレン様は目頭を押さえながら、小さくうめいている。
「異世界人には我々の常識が通用しないとは言われていたが、まさかこれ程とはな……」
何か失礼な事を言われた気がする。
私は、種族で人を差別していないだけだ。
「とりあえずその話は置いておこう。それでセトよ、お前はもう子爵なのだから、そろそろ使用人や家臣を持つべきだ。今のままでは、他の貴族から笑われてしまうぞ」
確かに、このままでは子爵に叙して頂いた国王陛下にも迷惑を掛けてしまいかねない。
ミルスが居るので使用人には困っていないが、家臣は持つべきだろう。
「分かりました。王都に戻り次第、募集しようと思います」
「うむ、そうしろ」
最後に一悶着あったけど、これでようやくローレン様からの依頼が完了だ。
これからしばらく公都レイタルを観光してから、王都に帰ろうと思う。
次話は12/25に投稿予定です。




