38.漁村シーティカ 1
本日投稿1/3です。
◇◇◇
雪がちらつく冬の季節になった。
秋までは戦争があったり仕事が忙しかったりしたので、冬は家でゆっくり過ごすことにしている。
秋までにしっかり働いたので、冬を超えるどころか一生遊んで暮らして生きていけるほどの貯蓄がある。
家の中では、シェリスと守護霊のミルスが仲良く本を読んでいる。
ミルスの見た目は12歳程なので、知らない人が見れば、仲の良い姉妹に見えるだろう。
出会った頃のミルスは、強盗に殺された恨みから悪霊になり、この家を呪っていた。
私がミルスを恨みから解放したことで、恩返しに守護霊となってこの家に住む事になった。
そんな経緯があるので、この家に住み始めた頃は、シェリスはミルスに怯えていた。
しかし、次第に打ち解けて、今では二人はすっかり仲良しだ。
ちなみに、ミルスの事を守護霊と言っているが、実際には家事を手伝ってくれる、心優しい幽霊だ。
ミルスの【ステータス】はこんな感じだ。
【ミルスのステータス】
【名前】 ミルス
【性別】 女(精神生命体)
【年齢】 1
【職業】 イツクシマ家の守護霊
【体力】 20/20
【魔力】 120/120
【腕力】 11
【俊敏】 16
【知力】 35
【器用】 20
【状態異常】 異常なし
【能力】 【飛行】、【実体化】、【念動力】
【賞罰】 なし
年齢が1歳なのは、幽霊になってから1年という事だろう。
ステータスに表示される年齢は、見た目とは関係が無いらしい。
……何か少し引っかかりを覚えるが、今は気にしないでおこう。
私は、以前から考えていた事を実行しようと、2人に声を掛ける。
「シェリスとミルス、少し話があるのだけど、いいかな」
「いいけど、どうしたの?」
「セト様、どうされました?」
2人は読書を中断して、こちらへ顔を向けて来る。
「うん、前から考えていた事だけど、南の少し暖かい地方へ旅行に行かない?」
「あ、それいいわね。ここの所、寒くてずっと家にいたけど、少しは外へ出たいなと思っていた所なのよね」
「セト様、ミルスもご一緒して良いのでしょうか」
「もちろんだよ。ミルスも王都の外を見てみたいでしょう?」
ミルスについては、家に縛られている訳では無いので、外出しても問題無い。
ミルスの居なくなった家は、普通に無人の家になるだけだ。
それと、ミルスの姿は透き通っていないので、空を飛んだり壁を通り抜けたりしなければ、幽霊だとは気づかれないだろう。
ミルスは今までに何度も外出しているけど、問題になった事が無いからね。
「それじゃ、どこへ行こうか」
「それなら、戦争のときに行った、公都レイタルなんてどうかしら。あの時はゆっくり見て回れなかったから、ずっと行きたいと思っていたのよね」
「シェリス様、公都レイタルとはどのような所ですか?」
シェリスは地図を広げてミルスに色々と教え始めた。
どうやら、行先は公都レイタルに決まりの様だ。
こういう所を見ていると、シェリスとミルスは姉妹と言うより親子に見えて来る。
嫁が女神様で、娘は幽霊か。
冷静に考えると、とんでもない組み合わせだな。
◇◇◇
公都レイタルまでは馬車で行く事にした。
【消滅】で転移門を作れば、一瞬で公都レイタルまで行けるが、これは旅行なので冬景色を楽しもうという事になった。
それに、馬車の中であれば、冬でもそこまで寒くないからね。
「ミルス、戸締りは終わったかい?」
「はい、セト様。扉は全部内側から鍵を掛けておきました」
家の窓やドアは、全てミルスに内側から鍵を掛けてもらった。
これで、外からは絶対に開錠できないので、完全な密室の出来上がりだ。
とはいえ、盗まれて困るものは全て【暗黒空間】に収めているので、泥棒に入られても被害は皆無だけどね。
「それじゃ、行こうか」
私は、シェリスやミルスと共に馬車駅へ向かった。
冬の真っただ中なので都市間の定期馬車便は運行していないかと思ったが、便数こそ少ないものの、普通に運行していた。
さすがに吹雪になると足止めされるらしいが、その時は転移門で自宅に戻ろう。
「セト、予約している馬車ってあれじゃない? ほら、れ―4と書いてある」
シェリスの指さした方向を見ると、『れ―4』と書かれたホームに馬車が止まっている。
どうやら、目的の馬車の様だ。
「すみません、予約しているセトです」
「アタシはシェリスです」
「私はミルスです」
私達3人は、乗車するために御者に声を掛ける。
「あいよ。セト・イツクシマさん達ですね……え?」
御者の男は少し固まった後、ギギギと音がしそうな程ぎこちない動きで、こちらを向いて来る。
「あ、あの、セト・イツクシマ子爵様でいらっしゃいますか?」
「そうですが、何か問題でもありましたか?」
「い、いえ。当馬車は、救国英雄の貴族様が乗車されるような、上等な馬車ではありませんが、よろしいのでしょうか」
おや?
下級の貴族であれば、それなりに乗合馬車を利用している筈だ。
私も男爵の頃はよく利用したが、何も言われたことは無い。
自前で馬車を用意するなんて、伯爵以上の大物貴族だけだ。
「ええ、それは構いません。私は成り上がり者ですから、乗合馬車はよく利用しています」
「そ、それでは、精一杯快適にご乗車されますよう、努めて参ります」
何だか、御者の人がガチガチに緊張している。
少しかわいそうな事をしたかなと思いつつ、馬車へ乗り込んだ。
「セト、あの御者の人、凄く緊張していたね」
「うん、今までにこういう事は無かったけどね。爵位も上がったことだし、次からは馬車の貸し切りにした方が良いかもしれないね」
「セト様もシェリス様もお優しいので、緊張される必要は無いのに」
そんな話をしていると、馬車が動き出した。
幸いなことに、馬車内には他に乗客が居らず、貸し切り状態だ。
これで緊張するのは御者だけで済みそうだ。
◇◇◇
公都レイタルへの馬車旅は、想像以上に快適だった。
馬車の揺れが少ないことはもちろんだが、馬車内は暖かく暖房されていた。
暖かく暖房された部屋の中で見る雪景色は最高だ。
そして、馬車旅の間はミルスの好奇心に火が付いたようで、目に付く端から質問して来た。
王都を出てしばらく進むみ、風車付きの家が目に付くと、ミルスはシェリスに聞いて来る。
「シェリス様、大きな羽が家に付いていますが、あれは何というのですか?」
「ミルス、あれは風車っていうのよ。風の力で風車を回して、その力で水をくみ上げたり機械を動かしたりするの」
最初、風車と聞いてオランダにある風車の家を思い浮かべたが、この世界の風車はもっと近代的なシルエットだ。
風車の羽は3枚で、プロペラの様な形をしている。
どちらかと言うと、小型の風力発電機が屋根に取り付けられている、と言われた方がしっくりと来る。
化石燃料の少ないこの世界では、風力は貴重な動力源だろう。
「そうなのですか。シェリス様、物知りです!」
あれを見て、あっさり風車と分かるとは、さすがシェリスだ。
この世界の事については、私よりもシェリスの方がよほど物知りだからね。
その後、馬車内が暖かいねと話すと、休憩時間の間にミルスは御者へ聞きに行っていた。
「御者様、お聞きしたい事があります」
「は、はひ。ミルス様、如何されましたか」
「馬車内は外よりだいぶ暖かいみたいですが、どうしてでしょうか」
「それは、馬車内に暖房の魔道具を置いているからです。ハイ」
「なるほど、そんな魔道具があったのですね。ありがとうございます。これで、また一つえらくなりました」
御者の人も、馬車の事ならよく知っている。
しかし、だんだんと目の下に隈が出来ているので、少しは休ませてあげたい。
そして、私にも質問に来る。
「セト様、池の水は凍っているのに、川の水が凍っていないのは、どうしてですか?」
これはまた、難しい質問だ。
「水はね、流れている時は凍らないからだよ。だから川は凍らないのさ」
「それなら、寒い川から水を汲むと、凍ってしまいますか?」
「そうだね。寒い川から汲んだ水は、ちょっとした事ですぐシャーベットみたいな氷になってしまうよ」
「ふぅん、不思議なお話ですね」
今まで王都内でしか暮らしていなかったからだろう、公都レイタルへ行くまでの間、ミルスはずっと好奇心旺盛に質問してきた。
これからも、もっと色々と教えていこうと思う。
そうすれば、将来は立派な守護霊になれそうだ。




