23.瘴気の沼 1
本日投稿分1/3です。
マリトール市のペスト大流行から2か月ほどが経った日、私とシェリスはいつもの様に魔導ギルドへやって来た。
もうすっかり顔なじみとなった受付のカルナさんに、何か良い仕事が無いか聞いてみる。
「セトさんとシェリスさん、毎度物資輸送だと飽きて来ませんか? たまには調査団への随伴なんて如何でしょう」
確かに、魔導ギルド員となってから、物資輸送の依頼ばかりやっている。
【アイテムボックス】持ち魔法使いは少なく、実質フリーなのは私達だけなので、仕方ない。
物資輸送の依頼は報酬も良いしね。
しかし、たまには他の仕事を受けるのも良いのかもしれない。
「調査団というとどのような事をするのですか?」
「冒険者による調査団への随伴ですね。役割としては、冒険者の補佐です。冒険者の中に魔法使は少ないので、たまに魔導ギルドへ随伴員の依頼が来るのです」
なるほど、一時的に冒険者パーティーに加盟するという事か。
討伐ではなく調査なので、危険な目に遭う事も少ないだろう。
「なるほど、それでどのような調査の依頼が来ているのでしょうか」
「いま来ている依頼は、瘴気の沼の調査です。王都から徒歩で2日ほどの森に瘴気の沼が発生したため、その周囲の魔物を調査するのが目的です。調査団は、冒険者4人と魔導ギルド員2名の構成になる予定です」
瘴気の沼とは、瘴気だまりが沼の中で発生したものだという。
通常の瘴気だまりとは異なり、周囲一帯の動植物を魔物化させたり、強力な魔物を引き寄せたりと、かなり厄介な沼だ。
通常、瘴気の沼が発生すると付近の魔物を調査し、危険度に応じて対応策を考えるらしい。
「私とシェリスが参加するなら、それだけで魔導ギルド員2人の枠が埋まるという事になりますね」
シェリスの方を見ると、うなずき返してくる。
どうやら、シェリスも乗り気の様だ。
「今回調査する瘴気の沼について、今わかっていることを教えて頂けないでしょうか」
「はい。以前は直径200mほどの普通の沼でしたが、ここ数週間の間に瘴気の沼に変化した様です。沼の周囲で動植物が魔物化している事から、瘴気の沼に変化したことは間違いありません」
「瘴気の沼になった原因は分かっているのでしょうか」
「はっきりとは分かっていません。ただ、これほど大きな瘴気の沼が突然現れる事はまず無いため、何者かが裏で手を引いていると思われています」
それこそ、魔王やその手下が関与していても不思議では無さそうだ。
瘴気の沼に手を焼いている間に攻め込まれると、対応できなくなる恐れがある。
そう考えると、早めに対処した方が良い。
「なるほど、あまり先延ばししない方が良さそうですね」
シェリスに聞きたい事が無いなら、この依頼を受けようと思う。
「シェリスは何か聞きたい事ある?」
「ううん、聞きたいことは全部セトが聞いてくれたわ」
「それなら、この依頼を受けようか」
「そうしましょ」
こうして、私とシェリスは瘴気の沼の調査依頼を受けることになった。
◇◇◇
瘴気の沼の調査依頼を受けた翌朝、調査団の面々は冒険者ギルドへ集合した。
「おいおい、兄ちゃんと嬢ちゃん。これは馬車旅とは違うんだ、水や食料位は買っておけや」
手ぶらな私達を見て、いかつい顔の冒険者が注意してくる。
少々口調は荒いが、なかなか面倒見は良さそうだ。
「私達の水と食料なら大丈夫です。【暗黒空間】に入れているので心配ご無用です」
そう言って、食料を【暗黒空間】から出し入れする。
「お、おう……。【アイテムボックス】持ちか、それはすまんかった」
今回は野営をする事になるが、シェリスの【マイルーム】内で寝れば良いので、いつも通り水と食料だけ買い込むだけで準備完了だ。
もちろん、二人一緒に寝られる様に【マイルーム】内のベッドはダブルベッドに入れ替えている。
「自己紹介がまだでしたね、私はセトと申します。【暗黒魔法】と護身程度の剣が使えます」
「アタシはシェリス。【暗黒魔法】、【神聖魔法】、【空間魔法】を使えるわ」
「あたいはルナ、弓使いよ。短い間だけどよろしく」
弓使いのルナさんは、燃えるような赤髪をポニーテールでまとめた、背の高い美人さんだ。
年齢は私やシェリスと同年代だ。
「僕は剣使いのジンタです。こう見えても中堅のCランクですよ」
ジンタさんは青く短いツンツン髪の好青年だ。
ジンタさんの年は20歳前後だが、その年でCランクというのは、なかなか才能豊かだと思う。
「俺はトルテだ。剣と槍を使う。魔物退治なら任せとけ」
トルテさんは、先ほど注意してきた厳つい顔の冒険者だ。
年は20代後半だろう。
いかつい顔のおかげで誤解されそうだが、言動の内容からすると、なかなか面倒見が良さそうだ。
「ワシは火魔法使いのダーヴじゃ。お主らの背中はワシが守るので安心しておけ」
ダーヴさんはやや痩せた体つきの初老の男性だ。
また、ダーヴさんはこの冒険者パーティーのリーダーだ。
1人だけ年齢がかけ離れているのは、他の冒険者の師匠という立場だろうか。
「ねえねえ、シェリス、あたいの野営道具を【アイテムボックス】に入れてくれない?」
【空間魔法】を使えると聞いたルナさんが、シェリスに荷物運びをお願いしている。
「もちろん、いいわよ。あ、そうだ、アタシがルナさんの荷物を運ぶから、セトは男性陣の荷物を運んでよ」
「うん、そうしようか」
シェリスの提案を受け、男性陣の荷物を預かる事にした。
「荷物が軽くなった所で、そろそろ出発するかの」
ダーヴさんの一言で、調査団は出発となった。
◇◇◇
瘴気の沼へ行く間、冒険者と交流を深めるために世間話をすることにした。
シェリスはルナさんと仲良くおしゃべりしているので、私はジンタさんに話しかける。
「ジンタさん達は、いつも同じパーティーを組んでいるのでしょうか」
「そうですね。僕らは、だいたい同じパーティーで行動しています」
「ジンタさん達は、普段は魔物狩りを中心に活動されているのでしょうか?」
以前、クルテン市に行くときの護衛は、魔物との戦闘しか頭になかった。
冒険者全員がバトルジャンキーとは思っていないが、このパーティーにそういった人が居ると、調査活動に支障が出そうだ。
「いえ、普段は護衛や調査、採取が多いですよ。魔物との戦闘は極力避け、安全に依頼を遂行するのが僕らのスタイルです」
「それは安心です。以前に、魔物狩りの事しか頭にない冒険者が護衛について、本当に酷い目に会いました」
「オーガキング殺しの逸話ですね。あの件については、本当に申し訳なかった」
そう言いながら、ジンタさんが頭を下げる。
「ジ、ジンタさん、頭を上げてください。あの件はジンタさんが悪い訳ではありませんので……」
そういうと、ジンタさんは頭を上げる。
「そう言ってもらえると助かります。正直言うと、今回セトさん達に来てもらえるとは思いませんでした。冒険者に対して、相当な不信感を抱いていると思いましたので……。ちなみに、あの2人は【アイテムボックス】持ちを危険に晒した事で、冒険者ギルドから除名処分になりました」
少し辛らつだが、その方が2人のためにも良いと思う。
あの2人は、あの程度の腕で魔物に突撃していると、いつか大けがするのは目に見えているからね。
◇◇◇
王都を出発して3日目の朝、瘴気の沼のある森の入口へたどり付いた。
「今日と明日で、この森に居る魔物の数や種類を調査すれば、依頼は完遂じゃ。みんな、心して挑むんじゃぞ」
ダーヴさんの掛け声に全員がうなずき、調査を開始する。
まずは、森に入って1時間ほどの場所にある瘴気の沼へ行き、状態を確かめる。
瘴気の沼は直径200mほどの大きな沼で、水は暗く澱んでいる。
また、瘴気の沼の周囲には異臭が漂っている。
「ここが瘴気の沼ですか。正直に言うと、気分が悪くなるので、あまり長くは居たくないですね」
「間違っても、この水を飲もうとは思わない事じゃ。水を飲んだだけでも死んでゾンビになる事もあるからのう」
ダーヴさんの忠告はごもっともだが、こんな匂いの酷い水を飲むのは勘弁だ。
その後は、沼を中心として円形に歩いて回り、魔物の発生状況を調査して行く。
途中で猪型や熊型の魔物と何回か出会ったものの、冒険者達の活躍で危なげなく討伐できている。
「【激痛付与】の効果はすげぇな。こんな楽に魔物を倒せるのは初めてだぜ」
トルテさんの言う通り、前衛の2人には【激痛付与】の魔法を掛けている。
確かに【激痛付与】のおかげで魔物討伐が楽になるのだろうが、ほぼ無傷で倒せるのは冒険者達の腕が良いおかげだろう。
素人の私が見ただけでも、冒険者達の動きが良いと分かるからね。
「今の所は、周囲の動物が魔物化しただけの様じゃ。このままなら、そんな大きな問題にならずに済みそうじゃな」
「これ以上の問題というのは、何が考えられるのでしょうか?」
ふと遠くを見ると、大きな鳥の様なシルエットが見えたので、不穏に思いダーヴさんに確認する。
「瘴気の沼は、強力な魔物を引き寄せる事があるのじゃ。特にAランク以上の魔物が居たりすると、早く対処せんと国に大きな損害が出るのう」
「なるほど。ちなみにですが、レッドドラゴンは何ランクなのでしょうか」
「レッドドラゴンは、Sランクの中でも最上位の危険極まりない魔物じゃが……それがどうかしたか?」
「ダーヴさん、あれ……レッドドラゴンですよね?」
遠くに見える不穏なシルエットを指差して、ダーヴさんに確認する。
「なっ、全員退避! レッドドラゴンが迫っておる。物陰へ退避するのじゃ!」
やはり、不穏な影はレッドドラゴンだった様だ。




