20.ペスト大流行 1
本日投稿分の2/4です。
シェリスと結婚してから3日間はゆっくりと王都観光を楽しんだ。
今まで、何かと忙しくてゆっくり観光もできなかったからね。
観光も一段落し、そろそろ次の仕事をしようかと魔導ギルドへ行く事にした。
「カルナさん、そろそろ新しい仕事をしようかと思いまして、何かありませんか?」
「あ! セトさん、シェリスさん、こんにちは。新しい仕事ですか、少々お待ちくださいね」
「おお、セト殿とシェリス嬢ではないか。これは丁度良い所に来たな。少し話があるのだが、良いだろうか」
カルナさんが仕事を探していると、目の下に隈を作ったテリオルギルド長が話しかけて来た。
「ええ、もちろんです。それよりテリオルギルド長、目の下に隈ができていますが、大丈夫ですか?」
「儂の事はテリオルで良い。それより、頼みがあるのだが、ギルド長室まで来てもらえないだろうか」
いくら本人が良いと言っても、ギルド長を呼び捨ては無いと思う。
ここは『さん』付けで呼ぶことにしよう。
「わかりましたテリオルさん」
カルナさんに目配せをして、テリオルさんと共にギルド長室へ入る。
ギルド長室の中では、目の下に隈を作った事務員が2人ほど作業に没頭している。
何か事件でも起きているのだろうか。
「テリオルさん、皆さんお疲れの様ですが、何か事件が起きたのでしょうか」
「それを今から話すところだ。実は王都から馬車で3日の場所にあるマリトール市でペストが流行してな、その対応に追われているのだ」
ペストは黒死病とも呼ばれ、恐れられてきた伝染病だ。
元居た世界でも薬で治療しなければまず助からない、死の伝染病だ。
「馬車で3日というと、王都からかなり近場ですね。そんな所でペストが流行しているとは、なるほど一大事ですね」
「ねえセト、ペストってどんな病気なの?」
シェリスはペストについて知らないらしい。
神界で過ごすだけなら、ペストとは無縁なのかもしれない。
私が元居た世界でも、先進国に住んでいる限りは無縁だったしね
「シェリス、ペストは、ネズミやノミを感染源として広まる伝染病だよ。不衛生な環境では爆発的に広まり、しかも発病するとまず助からないので、たちが悪い病気だね」
「ペストの事は知っている様だな。現在はマリトール市を封鎖し、被害の拡大を防いでいる所だ」
この世界では、ペストに効く薬や魔法はあるのだろうか。
治療法が確立していれば、事態は早期に解決すると思うのだが……。
「ちなみにですが、ペストの治療法というのはありますか?」
「ペストに治療法は無い。発病したら確実に命を落とす病気だ。儂らにできるのは、流行地域を封鎖し、ネズミ駆除や環境を清潔に保つといった、予防策を講じる事くらいだな」
治療法が無いのであれば、外部へ漏れない様に封鎖した上で、予防策を徹底するしかいないか。
という事は、先ほどテリオルさんからの依頼は、ペスト予防に関する事だろう。
「なるほど、王国の危機という事ですか。そういう事でしたら、私達への依頼というのはペスト予防に関する事でしょうか」
「そういう事だ。王家からネズミ駆除や物資輸送の要請が来ているが、人選に悩んでいるのだ」
それはそうだろう。
封鎖されている地域へ入るという事は、事態が鎮静化するまで出られないという事だ。
それに、ペストに感染する危険があるため、希少な魔法の使い手を送り込む訳にはいかないだろう。
近隣の町へ行く依頼についても、断る魔法使いが多そうだ。
「それで私達への依頼と言うのは、物資輸送という事でしょうか」
「話が速くて助かる。セト殿には、マリトール市付近にある宿場町テマニアへ、消毒薬や清潔な衣服等を輸送して欲しいのだ。テマニアはペスト患者がでておらず封鎖されていないので、安心して欲しい」
ここはシェリスにも聞いておくべきだろう。
「私は受けても良いかと思うけど、シェリスはどうする?」
「アタシはセトについて行くわ。それに、アタシも【アイテムボックス】が使えるから、役に立てると思うわ」
シェリスがそう言った直後、テリオルさんが驚き慌て始める。
「なっ、シェリス嬢も【アイテムボックス】を使えるのか! これでもう一つの町にも輸送ができ……」
「アタシはセトの妻なのよ。テリオルさんの頼みでも、セトと離れるのは嫌だわ」
そう言いながら、シェリスは私の左腕に抱きついてくる。
それを見たテリオルさんは、少し呆れた顔をしながらも、了承してくれる。
「そ、そうだったな。だが、テマニアに一緒に行ってくれるだけでも助かる。2人で共同の依頼という事にさせてもらおう」
「それは助かります」
それにしても、物資輸送の依頼ばかり受けている気がする。
今回こそは、魔物に襲われない平和な依頼であることを祈ろう。
◇◇◇
テマニアへの物資輸送の依頼を受けた後、旅の準備として1か月分の水と食料を買い揃えておいた。
感染症の流行地域へ行くとなれば、どんな足止めをされるかも分からないし、安全な食糧調達が困難になる事もあるからだ。
もし余っても、帰宅した後にゆっくり消費すれば良いからね。
そして翌朝、魔導ギルドで物資を受け取る。
「カルナさん、これ全部運ぶという事で間違いないでしょうか?」
馬車30台分はある物資の山に、思わずそう聞いてしまった。
生産ギルドで運んだ量の1.5倍はある。
中身は消毒薬、洗剤、清潔な衣服との話だ。
「はい。セトさんとシェリスさんのお二人なら、これ位は運べるだろうとギルド長から言われまして……」
なるほど、2人で共同の依頼ということは、運ぶ物資も2倍という事らしい。
ただ、1箱のサイズが大きく個数が少ないので、消費魔力が少なくて済むのが助かる。
「シェリス、今回も半分ずつ運ぼうか」
「え、でもアタシの【アイテムボックス】には入りきらないよ?」
「シェリスも【暗黒空間】を使えば良いでしょ?」
「あ、そっか。【暗黒空間】を使う練習に丁度良さそうね」
そんなやりとりの後、8分前後で物資の格納を終えた。
やはり、物体の大きさに比例して、【暗黒空間】へ格納する時間が延びる様だ。
「えっと、あの。先ほどのお話を聞く限り、【暗黒空間】の容量は【アイテムボックス】より大きいのでしょうか。それと、シェリスさんは【アイテムボックス】と【暗黒空間】の両方が使えるのでしょうか」
物資を格納し終えた後、カルナさんが矢継ぎ早に聞いてくる。
「【暗黒空間】には容量制限がありません。その代わり、物の大きさに比例して出し入れに時間が掛かるのです」
「アタシは【空間魔法】と【暗黒魔法】の両方とも使えるわ。【空間魔法】はLv7、【暗黒魔法】はセトと同じでLv10なのよ!」
「や、やっぱりそうだったのですか。凄いですね!」
物資の格納を終えた後は、乗合の馬車に乗ってテマニアへ向かう事になった。
テマニアまでであれば、いつも通り交易があるので、乗合馬車が利用できるらしい。
また、依頼主は魔導ギルドなので、随伴者も無しだ。
◇◇◇
テマニアは、眼前には王都から続く平野が広がり、背後にはマリトールまで続く山がそびえ立っている宿場町だ。
テマニアの名物は、山から湧き出る温泉を使った温泉宿だ。
どちらを向いても雄大な景色を楽しめる、なかなか良い温泉街だと思う。
そんなテマニアには、現在多くの騎士や役人が詰めかけており、少々騒々しい。
どうやらマリトールから王都へ続く道は、必ずテマニアを通るらしく、ここを封鎖の拠点としているらしい。
ただし、封鎖されているとはいえ、人や物資をマリトール市へ流入させることに関しては、制限されていないそうだ。
防疫目的の封鎖であれば、そちらの方が良いのだろう。
私達がテマニアへ到着した時、日は傾いていた。
そのまま宿屋へ行こうかと思ったが、仕事は早く終わらせるべきと考えなおし、その日のうちに物資を渡す事にした。
魔導ギルドのテマニア支部へ行くと、目の下に隈ができた青年が待ち構えていた。
「こんにちは、王都プロイデンから物資を持って来ましたセトです」
「こんにちは、同じく王都から来たシェリスよ」
「ようこそ、セトさん、シェリスさん。お待ちしてまおりした。私は物資輸送担当のアニラです」
アニラさんは疲れ切りながらも安堵した様子だ。
「アニラさん、相当お疲れの様ですが、大丈夫ですか?」
「ありがとう、セトさん。セトさん達のおかげで、魔導ギルドの方は何とかなりそうです」
「それは良かった。早速物資を渡したいのですが、どこへ出しましょうか」
「倉庫へ案内しますので、そちらでお願いします」
そう言われ、倉庫へ案内される。
倉庫の中はガランとしていて、何も保管されていない。
おそらく、今回の件で備蓄していた物資を全て放出してしまったのだろう。
「全てここへ出して良いですか?」
「はい。お二人の物資は全てここへ出して下さい」
私とシェリスは、王都の魔導ギルドで受け取った資材を全て放出した。
すると、倉庫の中はほぼ一杯の状態だ。
「初めて見ますが、【アイテムボックス】とは凄いですね。これだけの資材をたった2人で運べるなんて驚きです」
アニラさんは、驚いた様子でそう言いつつも、物資の数量を確認している。
物資の数量確認はすぐ終わり、再びアニラさんが声を掛けて来る。
「物資が全て届いたこと、確認できました。セトさん、シェリスさん、こんな時に助けて頂き、本当にありがとうございます」
「いえ、困ったときはお互い様ですよ」
「そうよ、また困った事があったら、アタシ達に相談してね」
「そう言って頂けると助かります。本日は温泉付きの宿を予約していますので、そちらでお休み下さい」
どうやら、アニラさんは気の利く人の様だ。
温泉なんて、何年ぶりだろうか。
ここは、好意に甘えて温泉でゆっくりしよう。
そう思っていると、魔導ギルドへ人が飛び込んできた。
「大変だ、テマニアでペストの患者が出たぞ!」




