17.あこがれの持ち家 1
本日投稿1/2です。
クルテン市への物資輸送の依頼が終わった2日後の朝、魔導ギルドから呼び出しの連絡があった。
すぐに魔導ギルドへ来て欲しいと連絡だ。
魔導ギルドの受付へ行くと、受付嬢のカルナさんが声を掛けて来る。
「セトさん、シェリスさん、お待ちしていました」
その声は、心なしか沈んでいる。
何か良くない事でも起きているのだろうか。
「こんにちは、カルナさん。お急ぎの用件があるとの事ですが、何か事件が起きましたか?」
「いいえ、事件ではありませんが、急ぎ確認したい事があり、お呼びしました」
「確認したい事ですか?」
「はい。冒険者ギルドから、セトさんを移籍させて欲しいと要請が来ています。セトさんが希望されるなら、Aランク冒険者として冒険者ギルドへ移籍できるとの事です」
どう考えても、オーガキングを一人で倒したのが原因だ。
それにしても、Aランクの冒険者というと、常に危険な魔物と戦うバトルジャンキーな日常しか思い浮かばない。
そういった日常は勘弁して欲しい。
「申し訳ありませんが、冒険者ギルドへの移籍はお断りでお願いします。私は平和に生活したいので、冒険者は肌に合わないと思っています」
「ほ、本当に断って良いのですか? Aランクの冒険者と言うと、貴族と同等の待遇を受けられるのですよ?」
「セト、貴族になれるらしいわよ。断っちゃうの?」
「シェリス、本当に貴族になれる訳じゃないらしいですよ。都市の通行門で優先しくれるといった程度です」
「なんだ、そうだったの」
まあ、どんなに待遇が良くても、危険と隣り合わせな人生は勘弁だ。
「という事で、お断りでお願いします」
「わかりました。セトさんの意志は固いと伝えておきますね」
カルナさんは、ホッとした様子で手続きを始める。
◇◇◇
「セトさん、もう一つお話があります。先日提出された報告書の審査が終わったので、報奨金を渡したいと思います」
「それはありがたい話です! 報奨金はいくらになりました?」
「なんと、金貨250枚です! 凄いですね、これだけあれば、小さな家を買えてしまいますよ」
この世界の物価はまだよく分かっていないが、家を買えるほどの値段なのか。
宿で暮らすのも良いけど、やっぱり自分の家は欲しいよね。
「なるほど、それは凄いですね。いずれ家を買おうと思っていましたので、嬉しい限りです」
「家を買うなら、魔導ギルドと懇意にしている不動産屋を紹介しましょうか」
ここは、シェリスの意見も聞いておくべきだろう。
「シェリス、家を買いたいと思うのですが、シェリスはどう思いますか?」
「アタシも宿より家に住みたいわね。そっちの方が安心して引き籠れるわ」
……どうやら、シェリスはこの世界でも引きこもりたいらしい。
まあ、同意が取れたという事で、この後は家を探しに行こう。
「あらあら、さっそく同居のご相談ですか? 式には呼んでくださいね」
「うん、アタシ達の式には絶対に来てね!」
恥ずかしいので、ギルド内でからかわないで欲しい。
「すみません、報奨金の受け取りについて、話を進めてもらっても良いでしょうか」
「あ、失礼しました。こちらの領収書へサインをお願いしますね」
カルナさんから手渡された領収書へサインする。
サインした領収書と引き換えに、金貨250枚の入った袋を受け取る。
この世界には銀行という組織が無く、大金を受け取ったらギルドや貸金庫へ預けるらしい。
しかし、私の場合は【暗黒空間】へ格納しておけば盗まれる心配が無く安心だ。
報奨金を受け取った後、私達はカルナさんに紹介された不動産屋へ行くことにした。
◇◇◇
「いらっしゃいませ。私は店主のダインと申します。本日はどの様な御用でしょうか」
カルナさんから紹介された不動産屋へ行くと、ダインと名乗る中年男が挨拶をして来る。
「初めまして、私はセト、こちらはシェリスです。魔導ギルドのカルナさんから紹介を受けて家を買いに来ました」
「ほう、その若さで家のご購入ですか、これはまたご立派な事です。ご予算はどの程度になるでしょうか」
ダインさんは、お世辞を言いつつ椅子をすすめてくる。
こちらはまだ子供と言ってもいい年齢だが、ダインさんは見下すことなく丁寧な対応をしてくる。
さすがは、カルナさんがお勧めする不動産屋だ。
「予算は金貨250枚です。条件が合うなら、多少は超えても大丈夫です」
「金貨250枚とは、さすがオーガキング殺しと言った所ですね」
……オーガキング殺し、だと?
「その、オーガキング殺しとは一体何ですか?」
「セトさんは、旅の途中で遭遇したオークキングに単独で勝利されたのでしょう? 冒険者の間では、この噂で持ち切りですよ」
冒険者ギルドへから魔物退治を押し付けられそうだから、そんな名声は欲しくない。
「オーガキングの件は、居合わせた冒険者が逃げてしまって、運が悪く戦わざるをえなかっただけです。私は、そういった荒事とは無縁の、平和な暮らしが望みです」
「それは運が悪うございましたね。ところで、ご購入される住居について、立地や広さの条件のご希望はございますか?」
ここは、私とシェリスがそれぞれ意見を出してみるべきだろう。
「私は少々喧騒が聞こえてもいいので、便利な立地の家がいいですね。シェリスはどうですか?」
「アタシは、あまり大きな喧噪の聞こえる家は嫌だわ。それと、あまり広いと落ち着かないので、小さめで庭のある家が良いわね」
二人の条件を合わせると、なかなか厳しい条件になりそうだ。
どういった物件を紹介してもらえるのか、少し楽しみだ。
「なるほど、静かで立地条件が良く、小ぶりな住居をお望みですか。普通であれば金貨250枚では難しい条件ですが、腕利きの魔法使いには丁度良い物件があります」
「お値打ちな訳アリ物件をご紹介頂ける、という事でしょうか」
「さすがセトさん、よくお分かりで。好立地の小ぶりな家なのですが、呪いが掛けられている物件があるのです。解呪できるのなら、相当お値打ちな物件ですよ」
シェリスを見ると、頷き返してくる。
どうやら、シェリスも乗り気の様だ。
ここは、訳アリ物件を見させてもらおうと思う。
「ぜひ、お願いします」
◇◇◇
「ここが、今回セトさんにご紹介する物件となります。訳アリということで、お代は金貨100枚となります」
不動産屋のダインさんから紹介された物件は、二階建てのやや小ぶりな一軒家だ。
その家は商店街から道を2本挟んだ場所にあり、外では少し喧騒が聞こえて来るが、家の中に入れば聞こえないだろう。
また、魔導ギルドから歩いて5分程と、立地条件についても申し分ない。
「なかなか良い物件ですね。きれいに掃除が行き届いていて、とても無人には見えませんよ」
「小さいけど庭もあるのね。アタシは気に入ったわ。ただ、訳アリ物件でしょ? どういった事情があるのか気になるわ」
「そうですね、この物件は外観こそ綺麗なのですが、呪いが掛かっていて住む事ができないのです。いつも綺麗なのも、呪いの影響かもしれません」
呪われた家と来たか。
ただの呪いであれば【消滅】の魔法で問題ないね。
しかし、慢心は良くないので、聞けるだけの情報は頂こうと思う。
「ダインさん、呪いの内容や呪われた経緯は分かりますか?」
「ええ、分かりますとも。呪いの内容は、夜に寝付けない、深夜に女の子の泣く声が聞こえる、数日住むと精神が錯乱する、という3種が確認されています」
そう言われたので、家の【ステータス】を確認する。
【住居の鑑定結果】
【名称】 なし
【等級】 希少品
【特殊能力】
・【不眠】の呪い。
・【精神錯乱】の呪い。
等級が希少品になっているのは、呪いが掛かっているからだろう。
呪われた家なんて、めったに存在しないからね。
ただ、深夜に女の子の泣く声が聞こえる呪いは無い様だ。
【精神錯乱】の呪いで幻聴でも聞こえたのだろうか。
「呪われた経緯は、この家の中で話しましょう」
そう言いながら、ダインさんは呪われた家へ入って行く。
呪われた家に入って大丈夫なのだろうか。
シェリスも隣で困った顔をしている。
「セトさんとシェリスさんもどうぞお入り下さい。昼間であれば、呪いも効果がありませんので大丈夫ですよ」
家に入るのを躊躇していると、ダインさんが大丈夫だと言ってくる。
少し心配だが、その言葉を信じて家に入る事にする。
「どうですか。家の中も綺麗でしょう。これも恐らく、呪いが関係しているかと思います」
「本当に綺麗ね。これなら入居前にお掃除しなくても良さそうだわ」
シェリスやダインさんの言う通り、家の中も掃除の行き届いた綺麗な状態だ。
本当に人が住んでいないのが不思議なほど、管理が行き届いている。
「確かに家の中も綺麗ですね。ただ、この家が呪われた経緯が気になるので、そろそろ教えて頂けないでしょうか」
「そうですね。この家は、半年前に強盗に襲われる事件が起きたのです。家族は全員出かけていて無事でしたが、たまたま掃除に来ていた小間使いの少女が殺されてしまいました。それ以来、この家は呪われてしまったのです。ちなみに、その強盗はもう捕縛されて縛り首の刑に処されました」
「ダインさん、これまでに解呪は試みられていないのですか?」
「私どもの不動産屋へ委託される前に2度ほど解呪が試みられましたが、いずれも失敗した様です。何でも、解呪しても翌日には呪いが復活するとの事です」
呪いだけなら【消滅】の魔法で何とかなると思う。
最悪の場合、建物を【暗黒空間】内に格納してしまい、新たに家を建てれば良いだけだからね。
「私は前向きに考えていますが、シェリスはどうですか?」
「アタシも大丈夫だと思う。どうせ最後はセトが何とかしてくれるのでしょ?」
シェリスの言う通り、今回だけは何とかなると思う。
2人とも心は決まったので、ダインさんに家の購入意思を伝える。
「もし解呪に失敗しても、当方は関知しませんし返品もできませんが、よろしいでしょうか」
「はい、私は構いません」
「アタシも大丈夫よ」
私達はダインさんの事務所に帰り、家の購入手続きを行った。