14.魔導ギルドでの初仕事 2
本日投稿2/4です。
クルテン市への旅の初日は、朝から良い天気だ。
馬車旅なので雨が降ってもあまり困らないと思うが、晴れの方が気持ち良く旅ができるね。
とはいえ、仕事に遅れないよう生産ギルドへ急ぐ事にしよう。
もちろん、途中で魔導ギルドへ寄って、シェリスのギルド会員証を受け取るのも忘れない。
生産ギルドの受付に行くと、何故かジーニアギルド長が待ち構えている。
「おはようございます、ジーニアギルド長」
「おはよう、セトさん。やっぱりセトさんが来てくれたのですね」
「ええ、一昨日ジーニアギルド長と約束したばかりですからね。早速、約束を果たす時が来ました」
「そう言ってもらえると嬉しいね。ところで、お隣の女の子はどなた?」
ジーニアギルド長は、そう言いながらシェリスの方へ目線を動かす。
「はじめまして、昨日魔導ギルドへ加入したシェリスと言います。アタシも【アイテムボックス】が使えるので、同行することにしました」
「あら、それは嬉しい限りですね! 輸送する物資が少し多めで心配でしたが、これなら一安心です。こちらに【アイテムボックス】持ちが2人きて、商業ギルドには誰も来ないとは、あの狸もさぞ怒り心頭でしょう。今まで散々やってきた悪事の報いですね」
どうやら、クランディアギルド長は、ジーニアギルド長からも嫌われているようだ。
まあ、自業自得でしばらくは鎮火に忙殺されるだろう。
もしかしたら、そのまま失脚かもしれないね。
「それに、生産ギルドからの随伴員も女の子だから、話し相手にも丁度よさそうですね。アクアリーナ、いらっしゃい」
ジーニアギルド長の呼びかけで、後ろに控えていた少女が前に出て挨拶を始める。
「生産ギルドのアクアリーナです。今回の物資輸送の担当として、みなさんに随伴します。短い間ですが、よろしくお願いします」
アクアリーナさんは、長い金髪と赤い瞳が特徴的な、細身の少女だ。
おそらく、私やシェリスと同年代だろう。
実際には、私やシェリスは見た目と実年齢が違うけど、そこを気にしてはいけない。
「セトです。よろしくお願いします」
「シェリスよ、よろしくね」
挨拶を終えた後、物資の格納に取り掛かる。
◇◇◇
「セトさん、シェリスさん、運んで頂きたい物資はこちらです」
アクアリーナさんに案内された倉庫には、大きな木箱が積まれている。
重量を無視したとしても、20台以上の幌馬車が必要になる量だ。
「この中から、出来る限り輸送して頂きたいのです」
「中身と優先度を聞いても良いでしょうか?」
【暗黒空間】に容量制限は無いけど、一応優先順位は付けておくべきだ。
「はい。緑のシールが貼られている木箱はポーションの材料、茶色は金属のインゴットで、この2つが優先です。何も張られていない箱は雑貨なので優先順位は低いです」
「わかりました。シェリス、半分ずつ運びましょう。私は左半分を運ぶので、シェリスは右半分をお願いします」
「分かったわ。【暗黒空間】を使う所が見たいから、セトからやってね」
シェリスの要望に応えて、倉庫内の物資を【暗黒空間】へ格納する。
木箱が大きいためか思ったより時間が掛かり、50個ほどある木箱を格納するのに全部で5分ほど費やした。
「【暗黒空間】は出し入れに結構時間が掛かるのね。【アイテムボックス】なら一瞬だわ」
シェリスがそう言いながら、残り半分の木箱を格納する。
全部格納するのに10秒も掛かっていない。
「私の【暗黒空間】では、物の出し入れに時間が掛かるので、緊急時には少し不便ですね」
「アタシの使った【アイテムボックス】は、物の出し入れこそ早いけど、容量制限があるから大量輸送には向かないのよね。今の物資だけで容量の7割を使ったわよ」
ふと気づくと、アクアリーナさんが口を半開きにしたまま固まっている。
「次元が違い過ぎて、会話に付いて行けない……」
アクアリーナさんが落ち着きを取り戻すのを待った後、馬車駅へ向かった。
◇◇◇
馬車駅では、冒険者2人と御者1人が待っていた。
「お待たせしました、私は生産ギルドのアクアリーナです。こちらは魔導ギルドのセトさんとシェリスさんです。短い間ですがよろしくお願いします」
「魔導ギルドのセトです。よろしくお願いします」
「アタシはシェリス、セトと同じ魔導ギルドの一員よ。よろしくね」
アクアリーナさんに紹介され、私とシェリスも挨拶する。
「俺はビスタルクだ。いまの俺はDランクだが、技量ならCランクに負けていない。安心して守られてくれ」
ビスタルクは、30歳前後の筋肉質な男だ。
赤い髪に厳つい顔、それらに加えて豪快な話し方が相まって、荒事には強そうな印象だ。
「僕はブルーム。出会う魔物は全て退治するので、任せて下さい」
対するブルームは、黒髪ツンツン頭で眼光の鋭い少年だ。
年齢は、私やシェリスと同じくらいだろう。
その年齢で護衛が務まるとは、腕は確かなのだろう。
2人とも自信満々な挨拶なので、道中の危険は彼らに任せて、私は安全な馬車の中で旅を楽しもうと思う。
「儂は御者のダリウスだ。昔は冒険者をやっておったので、少しは戦えるぞ」
ダリウスさんは50歳過ぎだが、立派な体格をした紳士だ。
冒険者の経験があるらしいので、困った事が起きたら頼りにさせてもらおうと思う。
◇◇◇
クルテン市への馬車旅は、初日から暇を持て余す事になった。
シェリスはアクアリーナさんとおしゃべりに忙しそうだし、冒険者の2人は昼寝をしている。
話し相手も居ないので、昼寝しようかと思っていると、馬車が止まる。
「街道を塞ぐ様にブラウンボアーがおる。ここはビスタルク殿とブルーム殿の出番だ」
御者台からダリウスさんが声を掛けて来る。
前方を見ると、数百メートル先に1体のブラウンボアーがおり、こちらを見据えている。
レニス市から王都への旅に同行した冒険者を基準に考えれば、冒険者が2人で掛かれば問題ないだろう。
「さっそく、俺らの出番だな。ブルーム、行くぞ」
「はい、ビスタルクさん。魔物は一匹たりとも生かしておきません」
冒険者の2人は並んでブラウンボアーへ突進して行く。
猪へ正面から挑むのは危ないと思うのだが、魔物だとまた違うのだろうか。
「ダリウスさん、ブラウンボアーへ正面から突撃するのは危険だと思うのですが……。間違っていますか?」
「いや、セト殿の言う通りだ。普通は罠をしかけるか、二手に分かれて挟み撃ちじゃ。あの2人は怪我をするかもしれんな」
ダリウスさんの懸念する通り、ブラウンボアーの突進でビスタルクが跳ね飛ばされる。
ビスタルクはすぐに起き上がったので、ダメージは思ったより少ない様だ。
「ブルーム、お前は俺と反対側から攻めろ。挟み撃ちにするぞ」
ビスタルクがブルームに声を掛ける。
ようやく、二手に分かれて戦う事を思いついた様だ。
その後、2人は全身に傷を負いながらも何とか勝利した。
「どうだ、俺達にかかれば魔物は怖くないだろ?」
ビスタルクは自慢げに話し掛けて来るが、危なっかしくて見ていられなかったよ。
2人の怪我については、シェリスが神聖魔法で治療した。
シェリスが神聖魔法を使えると知ると、2人はシェリスを引き抜こうと必死だった。
「シェリス、神聖魔法が使えるなら、俺たちと冒険者にならないか? 神聖魔法使いなら絶対に成功するぞ」
「そうだよ、シェリスさん。神聖魔法を使えるなら魔導ギルドを辞めて僕達とチームを組もうよ」
そんな勧誘をしてくる2人に対し、シェリスはきっぱり断る。
「アタシはセトと居るって決めたの。冒険者になんてならないわ」
シェリスがなかなか嬉しい断り方をしてくれる。
それに、シェリスは神聖魔法より希少な【アイテムボックス】持ちだから、まず冒険者にはならないと思う。
冒険者の2人はしばらく凹んでいたが、自業自得だと思う。
◇◇◇
ブラウンボアーを倒してしばらく進んだ後、見晴らしの良い丘の上で馬車の速度が緩む。
「ダリウスさん、また魔物が出ましたか?」
「ああ、セト殿か。森の中にレッドベアーが居るみたいじゃ」
ダリウスさんは、そう言って森の中を指差す。
ダリウスさんの指差す先を見ると、街道から数百メートル離れた森の中に、赤茶色をした熊型の魔物レッドベアーが居る。
レッドベアーは森の中に流れる川で水を飲んでいて、こちらには気づいていない様だ。
「まだこちらに気づいていない様ですね」
「セト殿、この場合はどう対処したら良いと思うか?」
ダリウスさんは、私を試すように聞いてくる。
「そうですね、わざわざ危険を冒す必要は無いと思います。レッドベアーを警戒しつつ、静かに森を抜けるのが良いと思います。ただ、最終的には依頼主のアクアリーナさんに決めてもらう必要がありますね」
ダリウスさんは満足そうにうなずくと、馬車の中へ入って皆に事情を説明する。
「儂は、レッドベアーと戦わず、できるだけ早く森を抜けるべきじゃと思う。アクアリーナ嬢はどう思われるかな?」
「私もセトさんとシェリスさんの安全を最優先に考えて、レッドベアーとは戦わない方が良いと思います」
アクアリーナさんも同じ意見の様だ。
「ちょっと待ってくれ。俺たちは魔物と戦うために雇われたのだろう? 目の前に魔物が居るのに何で逃げるような真似をするんだ」
「そうですよ。僕達は魔物を倒すために居ます。それに、このまま放っておくと魔物が近くの村で暴れるかもしれない。そっちの方が危険でしょう」
冒険者の2人は、不服の様だ。
しかし、護衛の方から危険に突っ込むのは勘弁してもらいたい。
「ビスタルクさんとブルームさん、私達生産ギルドは魔物退治ではなく護衛を依頼したはずです。護衛対象のセトさんやシェリスさんを危険に晒すような真似は控える様にお願いします」
アクアリーナさんは、そう言って冒険者の2人へ釘を刺す。
それより、ブラウンボアーとの戦いを見る限りは、この冒険者2人がレッドベアーを倒せるとは思えない。
「もし、魔物が襲ってきても、アタシやセトが魔法で逃げる時間を稼ぐから、大丈夫よ」
シェリスの言葉に、うなずいて返す。
熊の魔物に襲われても、【暗闇】を掛けて逃げれば良いだけだから簡単だ。
冒険者の2人は不服そうだが、依頼主に逆らうほど世間知らずでは無い様だ。
結局、レッドベアー魔物に襲われる事は無く、クルテン市へ到着する。
◇◇◇
クルテン市へ到着したのは、王都を出て4日目の昼下がりだ。
道中は、宿場町のワタリア、ゴスリデン、サイロンで宿泊したが、レッドベアーを見つけて以降は特に問題なく、安全な旅路だった。
クルテン市の通行門を通る馬車は見当たらず、交易途絶の深刻さが垣間見える。
生産ギルドのクルテン支部へ到着しても、どこか閑散としている。
「みなさん、お疲れ様でした。おかげさまで、クルテン支部へ到着できました。明日は朝9時に集合ですので、遅れない様お願いします」
アクアリーナさんの労いの言葉で、私とシェリス以外は自由行動になった。
「セトさんとシェリスさん、物資の搬入だけは今日中に終わらせたいので、今からお願いします」
「はい」
「分かったわ」
鍛冶部門、製薬部門、庶務と順に巡り、物資の木箱を出していく。
格納する時と同様、【暗黒空間】から物資を取り出すのに少し時間が掛かったが、特に問題なく全ての物資を渡し終える。
「セトさん、シェリスさん、本当にありがとうございました。これでクルテン市もしばらくは持ちこたえられます」
これにて、クルテン市への物資輸送の依頼は完遂だ。
とはいえ、アクアリーナさんは帰りの旅も同行するので、お別れではない。
「お力になれて幸いです。とはいえ、王都へ帰るまでは気が抜けませんね。それまでの間よろしくお願いします」
「ふふっ、そうでしたね。少し気が緩んでいたみたいです。明日からも、よろしくお願いしますね」