12.クランディオの末路
ちょっと長いので3話に分けました。
本日の投稿3/3です。
商業ギルド長と国王の視点で書いています。
当初、異世界人セトが現れたと部下から報告を受けても、私は興味を持たなかった。
商業ギルドのギルド長を務める私には、そんな些事に気を配る時間は無い。
しかし、レニス市に居る子飼いの武器屋から、驚きの知らせが入った。
それは、セトが神授級らしき武器を持っているとの話だった。
神授級の武器は滅多な事では手に入らない。
ほとんどの場合、王家や大貴族の倉庫で眠っているか、厳重な警備の下に展示されている。
これは、そんな武器を手に入れる、又と無いチャンスだ。
異世界人とはいえ、たかが17歳の小僧だ。
弱みを握り、少し脅せばタダ同然で買い取れるだろう。
「おい、異世界人のセトについて、できるだけ情報を集めろ」
「はっ、直ちに」
情報収集能力に長けた、部下へ命令する。
セトが王都へ到着した晩に、部下から驚きの情報が入って来る。
「クランディオ様、セトの情報が出揃いました。何と【アイテムボックス】持ちです」
「それは、間違いないのか?」
「私の部下が直接目撃したので、間違いありません。レニス市から王都の道中で、何もない空間からアイテムを出し入れする場面を、部下が目撃しています」
これは何という幸運だろうか!
セトは、神授級の武器を毟り取るだけでなく、【アイテムボックス】使いとして我が商会で思う存分使ってやろう。
商業ギルドへ加入させれば、後は煮るなり焼くなり好きにできるからな。
「報告はそれだけか?」
「もう1つあります。セトは人目を忍んで【アイテムボックス】を使っていた事から、どうやら自分の能力を秘密にしたい様子です」
その程度で隠せた気でいるとは、やはりただの小僧だな。
「よし、なかなか良い情報だな。そのセトとやらは、我らの商会に迎え入れる事にする。明日からの取引は、【アイテムボックス】持ちを前提にし、取引を拡大しろ」
「わかりました。ただ、そんなに上手く行くでしょうか?」
こいつは、いつも慎重だな。
セトの弱みも握ったし、何より、私とセトでは立場も信用も大きく違うのだ。
強大な立場と信用を背景に脅しを掛けるなんて、今まで何度も使ったが、失敗した事なんて無い。
「私は商業ギルドのギルド長だぞ? 相手が異世界人とはいえ、今さら17歳の小僧に後れを取るなどありえないな」
「はっ。それでは今から貴重品の取引量を拡大すべく交渉して参ります」
◇◇◇
「とても残念なお話ですね。私の使う暗黒魔法の中には【アイテムボックス】に似た【暗黒空間】という魔法があます。そして、レニスから王都への馬車旅で何度か【暗黒空間】を使用したのは確かです。ただ、この【暗黒空間】については、防衛隊のレオナルフ殿へ事前に報告しています」
セトは、さらりと言ってのけた。
弱みだと思っていた事が、こちらの勘違いだった事に気づく。
これは非常に拙い。
このままだと、セトに逃げられてしまう。
さらに、今まで散々やってきた、脅しの事実が暴かれる可能性もある。
ここは、会話を引き延ばして相手の弱みを探ろう。
「そ、そうか。それで、その【暗黒空間】とはどういった魔法なのだ?」
「暗黒魔法の詳細につきましては、近日中に魔導ギルドから発表があると思いますので、そちらでご確認下さい」
なっ!
こちらの思惑を読まれた上で会話を打ち切られた、としか思えない回答が、セトから返って来る
かくなる上は、強硬手段に出るか?
いや、強硬手段に失敗した場合、私は確実に失脚するだろう。
しかし、このまま何もしなければ、私の立場は非常に危ない。
そう考えている内に、何もできないまま、セトの退室を許してしまう。
◇◇◇
クソッ、あの若造が、上手くこの私から逃げおおせたものだ。
こうなれば、多少強引な手を使ってでも、こちらに引き入れてやろう。
まずは、部下へ、セトの身辺を徹底調査するよう命じる。
他に何か弱みがあるかもしれないからな。
次は、魔法ギルドへの加入の妨害だ。
これは、子飼いの荒くれ冒険者を魔導ギルドの受付で暴れさせれば、今日の業務は麻痺するだろう。
それから1時間後、身辺調査させていた部下から報告が入る。
「クランディオ様、どうやら、セトは商業ギルドを出た後、すぐに魔導ギルドへ赴いた模様です。しかし、ギルド加入の受付はしておらず、現在は魔導ギルド長との面会中です」
よし、これで受付の業務を麻痺させれば、ギルドへの加入手続きもできまい。
「魔導ギルドへの妨害工作はどうなっている?」
「そちらの方も抜かりなく。今頃は、魔導ギルドで暴れているでしょう」
どうやら、今日中にセトが魔導ギルドへ加入する事態は免れそうだ。
さらに1時間後、身辺調査させていた部下から追加の報告が入る。
「どうやら、セトはシェリスという少女と親しくしている模様です。今の所はセトと一緒に行動していますが、如何致しましょうか」
よしよし、何とか運が上向いてきた様だな。
シェリスとかいう女を使って、セトに脅しを掛けるか。
「隙を見て、そのシェリスという女をここへ連れてこい。多少乱暴に扱っても良いので、確実に連れて来い」
「はい、必ずや」
◇◇◇
シェリスを連れ帰るよう命じてから1時間以上経つが、部下が帰って来ない。
何かトラブルでも起きたのだろうか、嫌な予感がする。
それから30分後、嫌な予感は的中する。
「クランディオ様、王家から緊急連絡が届いております」
商業ギルドの事務員が、王家からの緊急連絡を持ってくる。
「どういう内容だ? 読んでみよ」
「はい。『異世界人セトは魔導ギルドへの加入を完了した。これ以降、異世界人セトへの依頼は魔導ギルド経由で実施する事守られたし』と書かれております」
何だと!
魔導ギルドの受付は、冒険者によって妨害していたはず。
一体どうやって加入手続きをしたのか。
「クランディオ様、大変です。クランディオ様の懇意にされている商人の方々が、一斉に面会を求めて来ております」
追い打ちをかける様に、商業ギルドの受付嬢が、顔を青くしながら報告してくる。
「会わない訳にもいくまい。大商人から順に案内しろ」
「は、はい」
押しかけて来た商人達の面会理由は、どれも同じだ。
【アイテムボックス】持ちが他ギルドへ流れた責任をどう取るつもりか、といった内容だ。
いずれも、『まだ策がある。しばし待て』と言って追い返す。
シェリスが手に入れば、まだ挽回の目がある。
◇◇◇
儂は今、怒りで頭が沸騰しそうだ。
クランディオの奴、国王である儂を何だと思っておるのだ。
事件は、数日前に異世界人セトが現れたことから始まった。
異世界人にしては珍しく、理知的で平和主義者だと聞き、随分と期待したものだ。
暗黒魔法使いでありながら、【アイテムボックス】と同等の魔法が使えるとの報告も入っており、将来が楽しみだった。
事態は今日の昼下がりに急変した。
まず、魔導ギルド長からの3つの報告に始まった。
1つ目の報告は、セトの所属ギルドが魔導ギルドに決まったとの内容だ。
これについては、理知的で平和主義者なセトであれば、妥当だろう。
2つ目の報告は、セトの使う魔法は【暗黒魔法】のLv10という驚きの内容だった。
人類史上、記録の無いLv10の能力持ちだ。
しかも、習得の難易度が最高と言われている【暗黒魔法】のLv10だ。
この報告を聞いた時、よくぞこの国に引き留めてくれたと感謝の念で一杯になった。
そして、最後の報告は、商業ギルド長がセトを脅迫したという内容だった。
「宰相は居るか」
「はっ、ここへ控えております」
「魔導ギルド長から報告のあった脅迫について、速やかに事実を調査しろ」
「はっ、直ちに実施致します」
すると、2時間もしない内に、その脅しが事実だという証拠が出て来る。
特に商業ギルド長の部下から、脅しが事実であると証言が得られたのが決め手だ。
平和を愛する儂も、怒りに我を忘れそうになる。
我がプロイタール王家の名を勝手に使い、貴重なLv10能力持ちを脅したというのだから。
幸いなことに、魔導ギルドや検閲事務所の面々とは信頼関係を結んでおり、国外逃亡は避けられた。
しかし、このまま放っておく訳にはいかん。
「宰相よ」
「はっ、国王様如何なされましたか」
「商業ギルド長について、意見を申してみよ」
「僭越ながら申し上げます。王家を軽んじ、また貴重な魔法使いを国外逃亡の危機に追いやった事、ギルド長とはいえど罪は免れぬかと存じます」
「どのように処断するのが適切だと思うか?」
「まずはギルド長の任を解き、身柄と資産を抑えた上で、同様の罪が無いか調査すべきと具申致します」
少々甘い気もするが、これまでの判例から考えると、適切な判断だな。
「それでよし。対処は宰相に任せる」
「はっ、直ちに行動致します」
そう言って、宰相は指示を飛ばし始める。
まだ怒りは収まらないが、これにて一件落着としよう。
◇◇◇
商人達の面会が終わった頃には、日がだいぶ傾いていた。
一息ついた所で、今度は王国騎士団が訪れる。
「商業ギルド長クランディオ、国王の命により貴殿を王城へ連行する」
恐らくセトを脅した事についてだろうが、いくら何でも王室の対応が速すぎる。
まだ確固たる証拠は掴んでいない筈だから、ここは素直に従った上でシラを切ろう。
「わかりました。従います」
取調室へ行くのかと思ったが、国王の前まで連行される。
「クランディオ、何故呼ばれたかはもう分かっておろう。お主を商業ギルド長の任から解く」
国王から詰問される。
しかし、ここで認めてしまえば、全てを失う。
まずはここを切り抜ける事に全力を尽くすべきだ。
「何故ギルド長を解任されるのでしょうか、理由をお聞かせ下さい」
「言わねば分らんか? お主、異世界人のセトを脅したそうだな。それも、王家の名を使ってな」
やはり、セトの件か。
あれは密室でのやりとりなので、証拠は無いはずだ。
ここはやはり、シラを切ろう。
「それは事実無根で、私には身に覚えのない事です。異世界人からの申し出でしょうが、もっとお調べください」
「もう十分に調べたぞ。この者の証言も得ておる。お主の腹心だろう?」
国王がそう言うと、一人の男が国王の前へひきずり出される。
それは、シェリスを捕獲するよう命じた部下の姿だった。
「国王様、間違いありません。セトを脅して自分の意に従わせる事に加え、脅しに失敗した事もクランディオ様の口から聞きました。また、セトと懇意にしている少女を拉致して来い、とクランディオ様から命令されました」
そう話す部下の瞳は焦点が合っておらず、無表情だ。
普段の部下と比べないと分からないだろうが、どう見ても魔法か何かの影響を受けている。
なるほど、全てはセトの筋書き通りという事か……。
「わ、罠です。これは異世界人の罠です。国王様、異世界人のセトが犯人です。私は何もやっていない!」
最後のあがきをするも、国王からは無情の判決が下される。
「クランディオを牢へ連行しろ」
その後、クランディオは全ての資産を没収され、銀山で強制労働の刑に服している。
異世界人を脅した程度ではここまで厳罰にはならないので、この男が如何に悪行を重ねていたか、良く分かるだろう。
クランディオの部下は、セトが文房具屋に居る間にシェリスを襲うも失敗し、シェリスから【精神異常】を掛けられています。
次回は10/9に投稿予定です。
2016/10/24 誤字を修正しました。