お地蔵さんに恩返し
アキちゃんは、困っていました。学校がおわって帰ろうとしたら、雨が降っていたのです。
朝は晴れていたので、アキちゃんは傘をもってきていません。お友だちはみんな、もう帰ってしまったみたいです。アキちゃんは、ちょっと先生とお話ししていて、遅れてしまったのでした。
しばらく待ってみましたが、雨はますますつよくなっていくようです。
先生に言って、だれかに送ってもらえばいいのですが、先生がどこにいるかわかりません。
学校からおうちまで、そんなに遠くありません。走って帰れば、あんまりぬれないかもしれません。すぐにお風呂に入れば、ママも許してくれるでしょう。
しかたがありません。
アキちゃんは、かばんを抱えて雨の中を走りだしました。
でも、雨は思ったより強いようです。このままでは、おうちにつく前にびしょぬれになってしまいます。
アキちゃんは、お休みしているお店の屋根の下にとびこみました。ここで雨がやむのを待つしかないのでしょうか。
ため息をついて見回すと、すぐそこにお地蔵さんが立っています。こんなところにお地蔵さんがいたなんて、アキちゃんは今まで気づきませんでした。
ごくふつうのお地蔵さんです。でも、今はめだっていました。そのお地蔵さんは、傘をさしていたのです。
だれかが、いたずらでさしかけたのでしょうか。透明なビニール傘です。こわれているみたいで、かたちがへんです。
こわれた傘でも、傘は傘です。
アキちゃんは、まわりを見まわしました。ときどき人が通りすぎていきますが、みんな地面を見つめていて、アキちゃんとお地蔵さんのことなど気にしていないようです。
ちょっと胸がズキン、としましたが、しかたがありません。アキちゃんは、お地蔵さんに近寄ると、ビニール傘をとりあげました。そのまま、なんでもないふりをして、歩いていきます。
ちらっとふりかえってみると、お地蔵さんが雨にうたれていました。うなだれているように見えます。はげしい雨のせいで、たちまちぬれていきます。頭からつつっと流れができて、まるで涙を流しているようでした。
すごく悪いことをしたような気がして、アキちゃんは思わず立ち止まりました。でも、傘を返したらアキちゃんはずぶぬれになってしまいます。
お地蔵さんは石なんだから、雨にぬれてもきっと平気なんだ。アキちゃんは、自分に言いきかせて、走っておうちに帰りました。
おうちには、だれもいませんでした。お地蔵さんの傘を、傘立てにおきます。ぬれた服を着がえて、アキちゃんは宿題をしながらママが帰ってくるのを待つことにしました。
でも、お地蔵さんのことが気になって、宿題がすすみません。窓をあけてみると、雨はますます強くなっているようです。お地蔵さんは、傘をとられて、今もこのつめたい雨にうたれているのです。
ママとパパが帰ってきて、ごはんになりました。でも、アキちゃんはあまり食欲がありません。つい、お地蔵さんのことを考えてしまうのです。ぼんやりしていると、ママが言いました。
「アキちゃん、どうしたの。学校で何かあったの」
お地蔵さんのことは、はずかしくて言えません。だまっていると、今度はパパが言いました。
「先生にいじめられたのか? だったらパパが学校に行ってやるぞ」
「ちがうの」
アキちゃんは、あわてて言いました。パパが学校に来たりしたら大変です。先生にめいわくをかけてしまいます。でも、やっぱりお地蔵さんのことは言いたくありません。
アキちゃんは、ちょっと考えて言いました。
「パパ、ママ。お地蔵さんって、やっぱり雨にぬれるのは、いやなのかな」
ぬれても大丈夫だ、と言ってもらえれば、アキちゃんも安心です。
でも、パパはうれしそうに言いました。
「おっ。もう昔話をならっているのか。『かさじぞう』の話だろう」
初めて聞きました。何のことでしょう。
「なに? その『かさじぞう』って」
「ええと、たしか、傘売りのおじいさんが、雪の中でさむそうにしているお地蔵さんに、自分の売り物の傘をかぶせてあげる話だよ。それで、あとでお地蔵さんが恩返しに来るんだったと思うけど」
パパは、言いだしたわりには、あまりくわしく知らないみたいです。
「どうしてそんなことをするの」
「だって、お地蔵さんがかわいそうじゃないか。雪の中で、傘がないなんて」
アキちゃんは、ショックでした。そうすると、お地蔵さんも雨や雪にぬれると、さむいのです。アキちゃんは、だれかがせっかくかぶせてあげた傘を、お地蔵さんからとりあげてしまったのです。
アキちゃんは、わっと泣き出しました。
「どうしたんだ?」
パパはあわてるばかりですが、ママがアキちゃんをだいて、聞いてくれました。
アキちゃんは、泣きながら言いました。
「帰るときに、お地蔵さんから、傘をとっちゃったの。わたし、悪い子になっちゃった」
「そうだったの。それなら、今からでも傘を返しにいけばいいわ」
ママは、何か言いたそうにしているパパをおさえて、泣いているアキちゃんにレインコートを着せてくれました。もう遅いので、ママもいっしょに行くことにします。
アキちゃんとママは、お地蔵さんのこわれた傘と、自分の傘を持って外にでました。もう、まっくらです。
アキちゃんは、いっしょうけんめい走りました。すこしでも早く、傘をお地蔵さんに返さなければならないのです。
やっとお地蔵さんが見えましたが、どうもようすがへんです。アキちゃんは、おどろいて立ち止まりました。
お地蔵さんは、べつの傘をさしていました。
今度の傘は、赤くてかわいい女の人用のものです。アキちゃんが返しにきた、こわれたビニール傘と違って、ちゃんとした傘でした。
誰かが、傘をなくしたお地蔵さんのために、自分の傘をさしてあげたのでしょう。その人は、傘をなくして、自分がぬれてしまったかもしれません。アキちゃんがお地蔵さんから傘をとってしまったせいです。
ママが言いました。
「もう、お地蔵さんには傘があるみたいね」
アキちゃんは、だまっていました。お地蔵さんはもう、こわれた傘なんかいりません。返さなくてもいいのです。でも、それではアキちゃんが傘をとったままになってしまいます。
アキちゃんは、ママに言いました。
「わたし、お地蔵さんに傘をあげたい」
「もうお地蔵さんには傘があるじゃない」
「でも、傘がない人が来たら、またお地蔵さんから傘をとっていってしまうかもしれないよ。そうしたら、お地蔵さんには、傘がなくなってしまうもの」
それを聞くと、ママはにっこりして、自分の傘をお地蔵さんにさしかけてくれました。お地蔵さんは二つの傘をさしているので、もうぬれることはありません。ひとつとられても、大丈夫です。
ママがアキちゃんの傘をもって、いっしょに帰ろうとしていると、だれかが駅の方から走ってくるのが見えました。傘がないみたいで、ぬれています。その人はお地蔵さんの傘に気づくと、ちょっとためらってから、傘をひとつもって、歩いていきました。みんな、同じようなことを考えるみたいです。
アキちゃんは、ママと顔をあわせて笑いました。これでやっと、アキちゃんはお地蔵さんにご恩返しができたのです。
パパの話では、ご恩返しをするのはお地蔵さんの方です。でも、アキちゃんはお地蔵さんにたすけてもらったのですから、アキちゃんがお地蔵さんにご恩返しをするのが正しいのです。
アキちゃんはおうちに帰って、楽しくごはんを食べて寝ました。
次の日の朝は、きのうの雨がうそのような、いいお天気でした。アキちゃんが学校に行くために歩いていると、あのお地蔵さんのところで、みんなが立ちどまっています。
アキちゃんも、みんなのうしろから見てみました。
お地蔵さんのまわりは、数えきれないくらいの傘でうまっていました。黒、白、赤、透明と、色とりどりです。お地蔵さんは、傘の中にかくれてしまって、ほとんど見えないくらいです。
きのうの夜、お地蔵さんに傘をかしてもらった人は、どれくらいいたのでしょうか。そして、その人たちがみんなご恩返しにもどってきて、自分の傘をおいていったのでしょう。
あかるい太陽の光にてらされて、傘の間に小さく見えるお地蔵さんの顔は、とてもうれしそうでした。
(終わり)