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戯曲(脚本)形式ですが、小説です。そう思っていただければ。
登場人物:
・看守
・かがみ
・雪乃
・陽菜
舞台に3つ、独房が並んでいる。
下手側から順に、陽菜、雪乃、かがみが収監されている。
手前には看守の椅子と、事務机。
壁には日めくりカレンダー。話が進むごとに日付が変わる。
看守、机の前に立って、つぶやくように。
看守「後から考えれば、その辞令は、ひどく淡泊だった。病休となった前任者の代理で、別命あるまで、一般囚人棟から、死刑囚棟での勤務に変更する。それだけだった」
暗転。
【1日目、昼】
ふたたび舞台の明かりがつく。独房の照明はなし(見えない)
看守、椅子に座って、机の上に置いた資料を読んでいる。
看守「番号200-00508、大槻かがみ。罪状、強盗殺人。確定判決、死刑。事件は……~~区、老夫婦殺人事件。おそらく窃盗に入っていたと思しき犯人が、予定外に帰宅した老夫婦と、さらに同行していたケアワーカーを、おそらく衝動的に殺害。また、親族などが目撃していた小型金庫が自宅から消えており、強盗殺人と判断された。ほどなくして、当該老人宅に普段から出入りしていた、銀行員、大槻かがみを逮捕。現場にあった遺留物は前述の状況により、決定的証拠とならなかったが、大槻かがみは同時期、弟が、無保険のままバイクを運転して起こした人身事故の、賠償を肩代わりしている。その金の出どころは不明。それらの状況証拠により、死刑が確定」
(~~は、地名っぽい言葉を、聞き取りにくい感じで適当に)
看守、一息つく。ページをめくる。
看守「番号203-00180、九重雪乃。罪状、殺人および現住建造物等放火。ああ、あの事件か。騒がれて半年も経ってないけど、もう判決が出たのか。無職、九重雪乃は、既婚だと知らないまま、商社勤務の男性と交際。浮気に気が付いた同男性の妻が、興信所を使用して九重雪乃のことを認識、民事訴訟を唐突に提起。ニュースでも騒がれていた、ここまでなら被害者、という話ね。でも、九重雪乃は、訴状が届いた当日の夜、交際相手の家に侵入。用意した包丁で交際相手を何度も刺して殺害した。更に、交際相手の妻および、5歳の娘と3歳の息子を粘着テープにて拘束。その後、家のガス栓をあけて退避し、火が付いたライターを投げ込んで放火。妻と子供2人は焼死、と。ほんと、救いようのない事件よね。ニュースで話題になってた、家の前で笑ってた犯人がそのまま現行犯逮捕された、とか……。裁判では何も争わず、求刑通り死刑が確定した、と」
看守、ため息。ページをめくる。
看守「番号199-00466、佐伯陽菜。罪状、殺人、航空法違反、火薬類取締法違反など。有名すぎる事件ね、NLA558便爆破テロ事件。大学の政治サークルから暴走した9人の若者が、消費税廃止を政府に迫り、見せしめとして航空機を爆破。乗務員と乗客、あわせて291名、全員が死亡。本来は成功する筈のない杜撰な計画だったものの、空港職員のミスなどが重なり、成功してしまった。当時、大学生だった佐伯陽菜は、当該グループの中では補助的な立場ではあったが、爆薬入りスーツケースを作成するための部品の調達や、空港で職員に話しかけて気を引き、計画を成功させるのを補助したため、死刑判決が確定。まあ、そうなるわね」
看守「この仕事に就いて4年間。一般囚人棟では、私は服役囚の、反省と更生の支えになろうと、頑張ってきた。彼女たちが無事に社会復帰できたら、とても嬉しかった。でも、ここは……」
看守、少し間を置いて、机に資料を置き、立ち上がる。
かがみの独房に照明がつき、見えるようになる。
(以下、明記がある場合を除き、誰かの独房の照明がついているときは、ほかの独房の照明は消え、見えないようにする)
看守、かがみの独房の前に移動。
看守「大槻かがみさん、こんにちは」
かがみ「(読んでた雑誌を床に置いて)……ん、ん?何か?」
看守「えっと、今日からここで看守の仕事をすることになったから。お話しようと思って」
かがみ「珍しいな……っていうか、それじゃ、お願いがあるんだけど」
看守「え?」
かがみ「私が言いたいこと、1つしかないもん。私はやってないんだ、だからさ、再審できるよう手続きしてくれないかな?」
看守「いや、えーと。ごめん、それは難しいかな」
かがみ「なんだよ。ほかに何を話せばいいの?」
看守「……まず。かがみさん、って呼んでいいかな?」
かがみ「別にいいよ。減るものじゃないし」
看守「ありがとう。かがみさん、貴方の置かれている状況は、すごく悪い。この国では、死刑の執行は、裁判所と大臣の最終確認が終わった順に行われる。そして、確認は判決が出た順に行われる。おそらく、貴方には……」
かがみ「(かぶせ気味に)だから、再審してくれって!何度言っても、誰も聞いてくれない!!明確な証拠なんかないんだろ、おかしいじゃないか!」
看守「っ、わかった。上司に確認して、私ができる手続きとかあれば、やれるだけやるよ」
かがみ「本当!?ありがとう!私が話せることは、なんでも言うよ。よろしく。何から話せばいい?」
看守「あ、いや、待って。とりあえず、今日の私の勤務の後に、上司に確認するから。また来るね」
かがみ「……そうか。うん、待ってるよ」
看守、かがみの独房から離れ、作業机に戻る。かがみの独房の照明が消える。
看守、規則集を取り出す。
看守「……そうか、死刑囚は割と、差し入れを自由に受け取れるのか。ビックリして雑誌、取り上げなくてよかった。知らないことばっかりだったな、私も……」
看守、規則集をしまい、立ち上がる。雪乃の独房の前に移動。
雪乃の独房に照明がつく。
雪乃「あら、新しい看守さんですか?お初にお目にかかります」
看守「えっ、あ、よろしく。九重雪乃さん」
雪乃「203-00180番で構いませんよ?」
看守「それは……ごめん、私が嫌だから。雪乃さん、と呼んでも?」
雪乃「私は構いませんけれども。変わった看守さんですね。あ、私は看守さん、とお呼びしていてよろしいのですか?」
看守「いいよ。あまり個人情報、明かせない規則だから」
雪乃「ではそのように」
看守「雪乃さんはええと……、その」
雪乃「はい。ご存じでしょう?私は激情で残虐な行いをした、狂った女ですから。あまり関わりになられないほうが……いえ、失礼いたしました。これは看守様に失礼でした」
看守「えっ?」
雪乃「看守様は、おそらく、服役囚を理解し、善き方に導きたい。そうお考えなのでしょう?」
看守「……なんで」
雪乃「そうでなければ、私にわざわざ、話しかける理由などございませんもの。粗相をした身に覚えはございませんし」
看守「そうか……。うん、そうなんだ」
雪乃「では、あえて申し上げます。看守様が私を含めて、他の服役囚に肩入れされること、私はお勧めいたしません。法に依ってお仕事をされるのが求められているのでしょう?私情を挟めば、それだけ、看守様の在り方が、ただの拘束や殺人者に近づいてしまいます」
看守「っ……。うん、言いたいことは、なんかわかった、けど。……ごめん、また来るね」
雪乃「……はい」
看守、逃げるように雪乃の独房から離れる。
雪乃の独房の照明が消える。
看守、しばらく立ちすくんだあと、意を決したように、陽菜の独房の前に行く。
陽菜の独房の照明がつく。
看守「ええと、良いかな」
陽菜「……はい」
看守「佐伯陽菜さん。はじめまして。ここの担当になったので。えっと、陽菜さん、って呼んでいいかな?」
陽菜「……はい」
看守「ちょっと、お話をしても良いかな」
陽菜「いいですけど……」
看守「じゃあ、ええと……何か、私にできることある?」
陽菜「!え、じゃあ、お願いがあります!」
看守「聞けるかはわからないけど……再審の請求とかかな?」
陽菜「なんで!そんなこと!違くて、私を早く、死刑にしてください!」
看守「ええ!?」
陽菜「私、すごい悪いことしたんですよ。死刑になるべきなんです。はやく!」
看守「い、いやでも、陽菜さん。それには順番が……」
陽菜「それっておかしくないですか?私、とても悪いことしたのに、もう3年以上、経っているのに……」
看守「それは……反省していて、罪を早く償いたい、ってこと?」
陽菜「!はい、そうです!」
看守「そっか、ごめん。そこまで順番の変更は難しいと思うけど……一応、上司に確認してみるね」
陽菜「ありがとうございます、よろしくお願いします!」
看守「そ、それじゃ、今日はこれで」
陽菜「はい。待ってます!」
陽菜の独房の照明が消える。
看守、困惑気味に陽菜の独房の前から去り、仕事机に向かう。椅子に座り、頭を抱える。
看守「死刑になるべき、か。……手伝ったとはいえ、あまりウェイトは大きくない。それでも、事の重大さを考えれば死刑。主犯も、共犯も、積極性も、思想も関係なく、全員、死刑。それ以上の刑罰がないし、それ以下にするには重すぎる、ってことね……。理解はできる、けど……」
暗転。
【2日目、夜】
かがみの独房に照明。
看守、かがみの独房の前に立つ。食事を複数載せた配膳用台車を押している。
看守「こんばんは。夕食だけど」
看守、台車からトレイを1つ取り、独房の窓から渡す。
かがみ「あ、どうも」
看守「ごめん、今日は夕食の配膳とか色々あって、長話できないんだけど。再審手続きの話は聞いてきたよ。新事実が確認できる資料を作って送れば、審査対象にはなる、って言われた」
かがみ「え……マジで聞いてくれたんすか!?その、ありがとうございます」
看守「ごめんね、今日はそれができなくて。近々、話させて」
かがみ「……はい。待ってる、ありがとう」
看守「それじゃ」
雪乃の独房に照明。
看守「こんばんは。夕食を」
雪乃「あら、新しい看守さん。今日は夜勤ですのね、お疲れ様です」
看守、台車からトレイを取り、独房の窓から渡す。
雪乃「ありがとうございます」
看守「あ、ああ……」
陽菜の独房に照明。
看守「こんばんは。夕食を持ってきたよ」
看守、台車からトレイを取り、独房の窓から渡そうとする。
陽菜「ごめんなさい……食べられそうになくて」
看守「え」
陽菜「吐いちゃうんです。よくあって……本当に、ごめんなさい」
看守「その……無理にとは言わないけど、一応渡しておいても、いいかな。全部残しても全然いいから」
陽菜「ありがとう、ございます」
看守「えっと、それじゃ。また後で回収に来るから」
陽菜「……はい」
陽菜の独房の照明が消える。
看守、台車を押しかけて、ふと立ち止まる。
看守「……食べられない、か。それは……」
看守、そのまま台車を転がして、下手側に消える。
暗転。
【3日目、昼】
看守、机で規則集を読んでいる。
看守「……確定判決から執行までは、おおむね1か月から3か月。裁判記録の最終確認する機関は、安定性のため、確定した順に、ひとつずつ処理していく。だから死刑の順番は、常に判決が確定した順。……一般棟にいた頃は、どこか別の世界の話だと思ってた。この棟では、これがカレンダーそのものになるんだ」
看守、規則集を閉じ、ノートとペンを持って立ち上がる。かがみの独房の前へ。
かがみの独房に照明。
看守「かがみさん、こんにちは。……今、いいかな」
かがみ「お、来た来た!いいよいいよ、暇しかないもん」
看守「再審請求の話。ちゃんとやるなら、『新事実』って言えそうな材料を探さないといけない。だから、事件のこと、最初から聞かせてほしいんだ」
かがみ「もちろん!なんでも訊いてよ」
看守「じゃあ、まず……事件の日。かがみさんは、どこで、何をしてた?」
かがみ「家。ずーっと家。仕事から帰って、コンビニ飯食べて、風呂入って、ソシャゲのログボ取って、動画観ながら寝落ち」
看守「……そのゲームのログイン記録って、残ってないの?」
かがみ「あー、裁判でもちょっとだけ出た。ログインの記録自体はあるんだよ。でも『スマホは持ち歩けるから』で終わり。現場でだってログボは取れるだろ、って」
看守「……自宅の回線から繋いだ記録は?Wi-Fiとか」
かがみ「…………え、待って。それ、調べたのかな、誰か。私、家では絶対Wi-Fiだよ。ギガもったいないもん」
看守「(ノートに書きつけながら)当時の通信記録がまだ残ってるかは、正直わからない。保存期間の問題があるから。でも、確認する価値はあると思う」
かがみ「……あんた、天才か?」
看守「大げさ。……次。弟さんの、示談金のこと」
かがみ「(少し表情が硬くなる)……私は、払ってない。ほんとに」
看守「うん。かがみさんは、宝くじじゃないか、って言ってるんだよね」
かがみ「私さ、駅とかでたまに、ノリで買うんだよ、宝くじ。で、家の適当な場所に置いちゃって、半分ぐらいは確認してないと思う。逮捕されたあとに思い出したんだけど、あれが当たってて、弟が黙って持ってったんじゃないかって。……苦しいのはわかってる。でも、それしか思いつかないんだよ」
看守「換金の記録は、なかった、って資料にはある」
かがみ「……ん。『弟の名義では』、ね」
看守「(ペンが止まる)……名義。そうか。換金って、本人以外の手を借りることも――」
かがみ「高額だと本人確認が要るけど、あいつ、そういう時だけ知恵が回るし、悪い友達も多いからさ。……ごめん。これ、実の弟を売ってるみたいで、裁判でもあんまり言えなかったんだけど」
看守「……ううん。言いにくいことを話してくれて、ありがとう。整理して、弁護士さんに送れる形にする」
かがみ「(ふっと笑って)はー……。なんか、久しぶりだなあ、こういうの」
看守「こういうの?」
かがみ「話を、最後まで聞いてもらうこと。取調べの人も、裁判官も、途中から目がさ、『でも、やったんでしょ』って言ってんの。……親でさえ、最後のほうは、ちょっとそうだった」
看守「……」
かがみ「……あんたは、どうなの。私がやったと思う?」
看守「(間)……ごめん。私には、決められない。決めていい立場でもない。……でも、疑うために聞いてるんじゃないことだけは、本当」
かがみ「……ふーん。真面目か。……ま、いいや。よろしく頼むよ、看守さん」
かがみの独房の照明が消える。
看守、机に戻り、ノートを見返す。
看守「……調べ直す穴は、ある。ちゃんと、ある。……あるんだ」
暗転
【4日目、昼】
看守、雪乃の独房の前に移動。
雪乃の独房に照明。
雪乃、日本舞踊を舞っている。演目は「屋敷娘」。
看守「えっと、何してるの?」
雪乃「(動きを止めて)舞踊の練習です。やらないと忘れてしまいますし、身体を動かさないと、体形も崩れますから」
看守「あ、ああ……ごめん、邪魔をして」
雪乃「いえ、看守さんこそ、見回り、お疲れ様です」
看守「……ありがとう」
雪乃の独房の照明が消える。
看守、陽菜の独房の前に移動。
陽菜の独房に照明。
陽菜、椅子に座って、机の前で深くうつむいている。
看守には気が付かない。
看守「……」
看守、陽菜の独房から離れる。
陽菜の独房の照明が消える。
看守、その場に立ち尽くして、しばらく考え込むようなそぶり。
看守「……何を言うつもりだったんだろう、私」
暗転。
【6日目、昼】
かがみの独房に照明。かがみはテレビを見ている。
看守、かがみの独房の前に来る。
看守「かがみさん、ちょっと良いかな」
かがみ「(テレビを消して)あ、うん。何か?」
看守「あなたの事件の記録を、取り寄せる依頼をしたところだよ。それが揃ったら、書類を作るから」
かがみ「マジか!ありがとう」
看守「そんな……。私も気になる部分は、あるからね」
かがみ「話を聞いてくれる人、久しぶりだなぁ……」
看守「そう、なのか……」
かがみ「あ、そういえば。今ニュースでやってたけど、3年ぐらい前だっけ?飛行機テロあったじゃん。あの犯人も、死刑が確定したって。ここに来てるのかな?」
看守「そ、それはさすがに話せないな。直接の情報は、プライバシーでもあるからね」
かがみ「そっか……。サイコ令嬢とかも居るのかな、なんて思ったけど」
看守「サイコ……?」
かがみ「ワイドショーでめっちゃやってたじゃん、フラれて相手の家族ごと焼き殺した、ヤバい令嬢が居たって」
看守「ゆ……いや、そうなのかな。ごめん、あまりそういう話はできないんだ」
かがみ「そんなもんか……。まあ、私も他の人に色々言われたら、確かに嫌かなぁ。ごめんね」
看守「い、いや……。まあ、とにかく、資料が届いたら、確認した上で、何か聞くかもだけど」
かがみ「うん、その時はよろしく!」
かがみの独房の照明が消える。
看守、雪乃の独房の前を通る。雪乃の独房の照明がつく。
雪乃は座って本を読んでいる。
看守はそのまま通り過ぎる。雪乃の独房の照明が消える。
陽菜の独房に照明。陽菜、机に向かって、一心に何かを書いている。机の上には、書き終えた紙が積まれている。
看守、独房の前に立つ。少しの間、声をかけられずにいる。
看守「……陽菜さん、こんにちは」
陽菜「っ!? ……か、看守さん。びっくりした……」
看守「ごめんごめん。……熱心だね。何を書いてるの?」
陽菜「あ……えっと。……反省文、です」
看守「反省文? ええと……どこかに、提出するの?」
陽菜「いえ、誰にも。……ただ、書かなきゃって思って、書いてるだけです。書いてる間は、ちゃんと反省できてる気がするから。……変ですよね、私」
看守「……変じゃないよ。……ええと、紙は、足りてる?」
陽菜「え?」
看守「消耗品の申請は、私の仕事のうちだから。ペンのインクも」
陽菜「あ……じゃあ、その。お願いして、いいですか。昨日、いっぱい書いちゃって」
看守「うん、申請しておく。……字、きれいだね」
陽菜「え!? ……ありがとう、ございます。小学生のとき、お習字を習ってたんです。近所の、褒め上手なおばあちゃん先生で。……私、褒められると伸びるタイプなので」
看守「ふふ、そっか。じゃあ紙が届いたら、いっぱい書けるね」
陽菜「はい! ……あ。……反省文が上手になっても、しょうがない、のに……」
看守「……。……それじゃ、見回りに戻るね」
陽菜「はい。……ありがとうございます、看守さん」
陽菜の独房の照明が消える。
看守、独房から少し離れて、立ち止まる。
看守「……誰に見せるわけでもない、反省文。……私は、読めるのかな。いや、読めるのかなって、何だ……?」
暗転。
【7日目、昼】
雪乃の独房に照明。雪乃、本を読んでいる。
看守、独房の前に立つ。
雪乃「あら、看守さん。ごきげんよう」
看守「こんにちは。……読書中に、ごめん」
雪乃「構いません」
看守「あのさ、雪乃さん。……変なことを訊いても、いいかな」
雪乃「ええ、どうぞ」
看守「反省って、何だと思う?」
雪乃「(本を閉じる)……また、ずいぶんと大きな問いですのね」
看守「ごめん。ほかに、訊ける人がいなくて」
雪乃「そうですね……。辞書には、己を省みて、同じ過ちを繰り返さないようにすること、といった書き方をされているでしょうか」
看守「それは……(一呼吸して)そうだね」
雪乃「どなたのことかは存じませんが、私達には、同じ過ちを繰り返すことはできません。ですから、悔恨はできても、反省をすることは、できないと思います」
看守「……っ」
雪乃「ですが、だからといって、反省しようと考えている方がいれば。そのあり方には、偽りはないと思いますよ。反省という言葉が、適切かどうかは置いておいて」
看守「そうか……うん。ありがとう」
雪乃「いえ」
看守「……すごい、失礼なことを聞いてしまって、良いかな」
雪乃「構いませんよ?」
看守「雪乃さんは、その……事件のこと、どう思ってるのかな。……反せ……いや、悔恨、みたいなのは、ないのかな、と思って」
雪乃「はい。……私はあの時、精神的な苦痛、それは怨嗟や絶望や失恋などが混ざり合っていて、容易に解きほぐすことはできないと感じました。感情に任せた醜い八つ当たりしか思い当たらなかったのは、間違いなく、私の未熟さですから、その点は悔いております。そしてその上で、行為の重大さを以って、しかるべき扱いをしていただくのが筋と、考えております」
看守「……そう、か。ありがとう、ごめん」
雪乃「お気になさらず」
看守、独房の前から立ち去る。一拍おいて、雪乃は本を読むのを再開。
雪乃の独房の照明が消える。
看守「一般棟では、大半の受刑者は、刑期を終えた後があった。社会復帰がうまく行くよう、私は手伝えた。無期の人もいたけど、生きている間、生活があった。だから、反省や、更生、考え方を変えることには意味があった。でも……」
暗転。
【8日目、夜】
かがみの独房に照明。かがみ、床に寝転がって雑誌を読んでいる。
看守、巡回で独房の前を通りかかる。
かがみ「あ、看守さんだ。ねえ、ちょっといい?」
看守「ん、どうかした?」
かがみ「大したことじゃないんだけどさ。看守さんって、休みの日、何してんの?」
看守「ごめん、それも個人情報だから。答えられない」
かがみ「えー、趣味くらいいいじゃん。減るもんじゃなし」
看守「規則なんだって」
かがみ「かったいなー。……あ、じゃあさ。私が勝手に当てるのはアリでしょ? 看守さんは何も言ってないんだから」
看守「……まあ、それは」
かがみ「よーし。……ふむ。うん、看守さんさ、休みの日、山とか登ってるでしょ」
看守「登るっていうか――……っ」
かがみ「あっはっは! 今の、完全にアウトじゃん!」
看守「……ノーコメント。ノーコメントです。……なんでわかったの?」
かがみ「ノーコメントじゃないじゃん、それ。……日焼けの感じと、あとは歩き方かな。私、営業やってたから、人を見るのだけは得意なんだよね」
看守「……人を見るの、ね」
かがみ「そ。……ま、その得意なはずの私が、こんなとこに居るんだけどさ」
看守「……」
かがみ「あはは、ごめんごめん、変な空気にした。おやすみ、看守さん。夜勤がんばって」
看守「……うん。おやすみ、かがみさん」
かがみの独房の照明が消える。
看守「彼女は、……ちょっとだらしないけど、頭が回らない人ではない。そんな人が、雑な犯罪なんか……そんな人だから、隠せると思った?……嫌だな、私の考えは、嫌な方向だ」
暗転。
【10日目、昼】
陽菜の独房に照明。陽菜、書き上げた紙を、丁寧に重ねて揃えている。
看守、新しい紙の束を持って、独房の前に立つ。
看守「陽菜さん。頼まれてた紙、届いたよ」
陽菜「わあ、ありがとうございます!」
看守、独房の窓から紙を渡す。
陽菜「……うれしいな。……あの、看守さん。今、ちょっとだけ、いいですか」
看守「うん?」
陽菜「……昔の話、聞いてもらっても、いいですか。……反省文に書こうとしたんですけど、うまく書けなくて。誰かに話したら、整理できるのかなって」
看守「……うん。聞かせて」
陽菜「私、大学に入ってすぐ、変なサークル勧誘に捕まりかけたんです。勧誘っていうか、セクハラみたいな感じで」
看守「うわ……」
陽菜「怖くて、泣きそうになってたところに、割って入ってくれた人がいたんです。『その子、うちの新歓に来る約束なので』って、堂々と嘘をついて、手を引いて、連れ出してくれて」
看守「……その人が」
陽菜「はい。……サークルの、先輩です。頭がよくて、話が上手で、堂々としてて。……私、その日のうちに決めちゃったんです。この人に、ついていこう、って」
看守「……」
陽菜「でもね、最初は、歓迎されてなかったんですよ、私。先輩にも『君が来るような場所じゃない』って、何度も言われました。みんなの議論も、難しくて、全然わからなかったし。……でも、通ったんです。お菓子を差し入れたり、みんなの誕生日を覚えたり、議事録の清書を引き受けたり。……そしたら、いつの間にか、私の椅子が、あったんです。あの部室に」
看守「……陽菜さんは、その……政治のこととか、思想のことは」
陽菜「……正直、最後まで、よくわかってませんでした。消費税がなくなったら、みんなの暮らしが楽になるのかなあ、くらいで。……私はただ、役に立ちたかった。先輩に『陽菜がいてくれて助かる』って言われるのが、何より、うれしくて。……それだけ、だったんです」
看守「……」
陽菜「……途中から、みんなの話が、少しずつ、怖い方に行ってたのは……気づいてました、たぶん。でも、ここで水を差したら、あの椅子がなくなっちゃう気がして。……だから私、いつも通り、ニコニコしてました。……何も、考えないように、してたんです」
看守「……っ」
看守、陽菜に向き直る。
陽菜「(紙の束に目を落として)……先輩たち、今ごろ、どうしてるのかな。……あ、ごめんなさい。こういうの、聞いちゃだめなんですよね」
看守「……規則も、あるけど。……そもそも、私も知らないんだ。本当に」
陽菜「……ですよね。ふふ、変なの。あんなに毎日、一緒にいたのに。……ごめんなさい、看守さん。なんだか、いっぱい喋っちゃいました」
看守「ううん。……話してくれて、ありがとう」
陽菜の独房の照明が消える。
看守、机に戻る。座らずに、立ったまま。
看守「……話してくれて、ありがとう……?」
間。
看守「……今は、どうしている、か。一緒に判決が出ているから、おそらく、執行のタイミングも……いや、それを彼女はわかって……?隠すようなことでは、ない、筈だけど……」
暗転。
【12日目、昼】
看守、机の上に、届いた封筒と資料の束。
看守「かがみさんのご両親と、弁護士さんから、公判記録の写しが届いた。……読めば読むほど、微妙な事件だ」
かがみの独房に照明。看守、資料を持って独房の前へ。
看守「かがみさん。資料、届いたよ」
かがみ「! 見せて見せて……は、鉄格子ごしじゃ無理か。読んで聞かせてよ」
看守「うん。気になったところが、いくつかある。……まず、持ち去られた金庫。判決文では『小型金庫』ってなってるけど、親族の証言調書だと、中身を入れれば、20キロか30キロにはなった筈の、手提げ金庫だ」
かがみ「あー……あれね。私も集金のときに見たことある。おじいちゃんが『重くてかなわん』って言ってた。あれ、気軽に運べるモノじゃないよな」
看守「事件当夜、現場周辺の防犯カメラに、不審な車は映ってない。……かがみさん、車は」
かがみ「持ってない。免許はあるけど完全にペーパー。……え、待って。じゃあ、犯人はあの金庫を、担いで歩いたの?」
看守「そういうことになる。少なくとも、『女性が単独で、徒歩で運び去った』っていう筋書きは、ちょっと厳しい気も……私はする」
かがみ「(声が震えはじめる)……ねえ。それってさ。それって、さあ……!」
看守「……『新事実』って言えるかどうかを判断するのは、弁護士さんと裁判所の仕事。私に言えるのは、調べ直す価値のある穴が、ちゃんとある、ってことだけ」
かがみ「十分だよ! 十分……っ、はは、やば。なんか私、泣きそうなんだけど……あ」
看守「ん?」
かがみ「実は私……あの金庫の暗証番号、知ってんだ。開けるとこ、何回か見ちゃったから。0927だよ。逆に疑われるんじゃないかって、怖くて、言えなかったんだけど」
看守「それは……それなら、金庫を持ち出す理由なんてなかった、ってことじゃないか!」
かがみ「でも、金庫、見つかってないんだよな?私が聞いた話じゃ」
看守「それは……そうだ。でも、一応それも書いておくよ。……今日中にまとめて、明日には弁護士さんに送る。ただ……あんまり、期待しすぎないで。時間も、かかるから」
かがみ「わかってる。わかってるけどさあ! ……ああー……生きて出られたらさ、私、映画観に行くんだ。クソみたいなB級映画をさ、わざわざ劇場で。……あんたも来る?」
看守「……規則で、行けないかな」
かがみ「かったいなー! ……ふふっ。ま、いいや。よろしくな、ほんと」
かがみの独房の照明が消える。
看守、机に戻る。
看守「……『期待しすぎないで』って言ったのは、かがみさんにじゃないな。……私に、だ」
暗転。
【14日目、昼】
かがみの独房に照明。かがみ、珍しくテレビも雑誌もなく、壁にもたれて座っている。
看守、独房の前に立つ。
看守「かがみさん。書類、昨日、弁護士さんに送ったよ。弁護士さんが申請書を作成して、裁判所に提出してくれることになってる」
かがみ「ん。……ありがと」
看守「……元気、ないね」
かがみ「そんなことないって。……あのさ。書類って、弟のことも書いたんだよね。名義がどうとか、換金がどうとか」
看守「うん。かがみさんが話してくれた通りに、そのまま」
かがみ「そっか。……そうだよな。私が話したんだもんな」
間。
かがみ「あいつさ、面会、一回も来てないんだよ。し……刑が確定するまでは、親は毎月来たのにさ、あいつだけ。……忙しいのかね」
看守「……」
かがみ「昔っから、要領のいい奴でさ。私が親に怒られてる横で、しれーっとゲームしてるの。都合が悪くなると、ぱっと居なくなって。……でも、憎めないんだよなあ、ああいうの。弟だし」
看守「……かがみさんは、弟さんのこと――」
かがみ「(かぶせて、急に明るく)あー、やめやめ! 湿っぽいの、なし! それよりさ、聞いてよ。昨日のテレビで、久々に大当たりのクソ映画やっててさ。冒頭5分で、主役の科学者が死ぬの」
看守「……ええ……。それ、誰が話を進めるの」
かがみ「幽霊になって出てくんの、その科学者が! 科学って何!?」
看守「ふ、ふふっ……何それ」
かがみ「でしょー。……うん。ありがとね、看守さん。書類のこと、ほんとに」
看守「……うん」
かがみの独房の照明が消える。
看守、机に戻る。何か言いかけて、やめる。
暗転。
【15日目、夜】
陽菜の独房に照明。陽菜、紙とペンを持ったまま、ぼんやりしている。
看守、独房の前に立つ。
看守「陽菜さん。……眠れない?」
陽菜「……看守さん。はい。……ちょっと」
看守「あのね。この間の話、私なりに、ずっと考えてたんだ。陽菜さんの反省が、どこに行けばいいのか」
陽菜「……はい」
看守「それで……考えれば考えるほど、出てくるのは『あの時こうしていれば』ばっかりなんだ。サークルの空気がおかしいって感じた時に、大学の相談室でも、誰でもいいから、相談できていれば、とか。部品を買いに行けって言われた時に、断れていれば、とか。せめて、空港で――」
陽菜「や、やめて、ください……!」
看守「っ」
陽菜「……ごめんなさい。ごめんなさい、でも……全部、わかってるんです。全部、何百回も、考えたんです。全部……全部、今更なんです……!」
看守「……そう、だよね。ごめん。……『あの時こうしていれば』は、いくらでも出てくるのに。『今から、どうすればいいのか』が、ひとつも出てこない。……私、陽菜さんと同じところを、ぐるぐる回ってただけだった」
陽菜「(弱く笑って)……看守さんも、なんですね」
看守「うん。……面目ない」
陽菜「……あのね、看守さん。……手紙、1通も来ないんです」
看守「え?」
陽菜「お父さんも、お母さんも、妹も。事件のあと、家に人が押しかけて、二回引っ越して……それで、バラバラになったって、裁判の時に弁護士さんから聞きました。今、どこで、どうしてるのか。私、知らないんです」
看守「……」
陽菜「私が死んだら、誰か、覚えててくれるのかな。……ううん、違う。覚えてないでほしい。私のことなんか、みんな忘れて、普通に暮らしてほしい。……でも」
看守「……でも?」
陽菜「(涙声で)……忘れられるのは、怖い、です。……ごめんなさい。めちゃくちゃですよね、私……」
看守「(長い間)……私は、忘れないよ」
陽菜「……え?」
看守「陽菜さんのことも、この話も。忘れない。……それくらいしか、言えないけど」
陽菜「……っ、……はい。……はい……」
陽菜、静かに泣く。
陽菜の独房の照明が消える。
看守、そのまま立ちつくす。
暗転。
【16日目、昼】
雪乃の独房に照明。雪乃、ヨガをしている。
看守、独房の前に立つ。
雪乃「あら、看守さん。お見苦しいところを」
看守「……雪乃さん。また、相談してもいいかな。……抽象的な話、として」
雪乃「(居住まいを正して)ええ、どうぞ」
看守「……『早く死刑にしてほしい』って言う人が、いるとする。悪いことをしたから、早く償いたいんだって。……それって、反省が深い、ってことなのかな」
雪乃「人は、最後は誰でも死にます。突然の死、覚悟していた死、望んだ死。形は様々ですが。ですから、死刑を罰たらしめるのは、死、それ自体ではなく、その先の時間をすべて失うこと、ですよね?」
看守「それは……そうだね」
雪乃「では、罪の意識から死を望む。生きるのが辛いほどに後悔している。それは、ある種の救いではあるのでしょう」
看守「……それは……。そんなとき、どうしてあげたらいいのかな」
雪乃「私は、看守様方の規則に詳しいわけではありませんので、やや的外れかもしれませんが。看守様には、今こうしてお話をしているように、私達との交流は、一定の裁量があるものと存じております」
看守「……うん」
雪乃「であれば、死を望むことが逃避であると突きつけることも、あるいは、その心を解きほぐし、前向きな考えに持っていこうとすることも、禁じられてはいないのでしょう。ですが、法に則った執行を行うことを職務とされるのであれば、何もしないことが、おそらく道理かと思います」
看守「道理」
雪乃「甘えを糾弾するのも、心を救おうとするのも。方向は違えど、それはどちらも、刑の一部ではございませんよね?」
看守「あ……」
雪乃「看守様は、優しすぎます。ですがそれは、看守様を救う優しさではないものと存じます」
看守「……そうか……ありがとう」
看守、立ち上がる。
雪乃の独房の照明が消える。
看守「優しすぎる……か。雪乃さんも、だよ」
暗転。
【18日目、昼】
陽菜の独房に照明。陽菜、書き上げた紙を一枚だけ手に持って、独房の中をうろうろしている。
看守、独房の前に立つ。
看守「陽菜さん? ……どうかした?」
陽菜「ひゃっ!? ……か、看守さん。あの、えっと……その」
看守「うん」
陽菜「……へ、変なお願い、なんですけど。……これ、読んでもらえませんか。……一枚だけ、なので」
看守「……それは、反省文?」
陽菜「はい。……あ、あの、無理にとは言わないです! 言わないですけど……書いても書いても、これで合ってるのか、わからなくて。……誰かに読んでもらったこと、一度もないから」
看守、少しの間、動かない。
看守「……わかった。貸して」
看守、独房の窓越しに紙を受け取り、読む。
長い沈黙。陽菜、指を組んだり、ほどいたりしている。
陽菜「……あ、あの。やっぱり、変ですよね。へ、下手だし、ごめんなさい、返して――」
看守「……読んだよ」
陽菜「……え」
看守「全部、読んだ。……ちゃんと」
陽菜「……っ。……はい。……はい……」
看守、紙を返す。陽菜、両手で受け取り、胸に抱える。
陽菜「……ありがとう、ございます。……初めてです、誰かに、読んでもらえたの」
看守「……うん」
陽菜の独房の照明が消える。
看守、その場にしばらく立ち、それから机に戻る。
暗転。
【20日目、昼】
かがみの独房に照明。かがみ、雑誌を読みながら鼻歌まじり。
看守、独房の前へ。
かがみ「あ、看守さん! 聞いてよ、この雑誌さ、私の好きな監督の新作情報が載ってて」
看守「ん、そうなんだ」
かがみ「『サメVS戦車』だって。絶対クソ映画じゃん、最高。……出られたら、絶対観る」
看守「……弁護士さんから連絡があったよ。再審請求、正式に提出したって。あとは受理されて、審査を待つだけ」
かがみ「! ……そっか。そっかそっか……。なあ、審査って、どれくらいかかるもんなの?」
看守「……わからない。あれも、順番待ちだから、としか」
かがみ「順番、ねえ。……ま、いいさ。逮捕されて、牢屋の中で2年待ったんだ。今更だよ」
看守「……うん」
かがみの独房の照明が消える。
看守、机に戻り、座る。規則集を開く。
看守「……再審請求は、提出された。受理されれば、審査が始まる。審査が始まれば、執行は――(ページをめくる手が止まる)『再審の請求は、刑の執行を停止する効力を、有しない』。……知ってた。規則を読んだ日から、知ってた。……知ってたけど、さ」
一呼吸おいて暗転。
看守「懲役なら、刑の執行が停止されないのは、そんな気にならないのにな……」
【21日目、昼】
雪乃の独房に照明。雪乃、本を読んでいるようで、ぼうっとしている。
看守「ええと……雪乃さん、ちょっと、いいかな」
雪乃「ええ、はい。失礼いたしました。どうぞ」
看守「いや、こちらこそ。……その……」
雪乃「……」
看守「こんなことを聞いてしまうのは、いけないことなのかもしれないけど……」
雪乃「はい。いけないことです。同僚の方や、上長に相談されるべきですよね?」
看守「……っ」
雪乃「いえ。……少し、意地悪してしまいました。看守さんが、あまりにも真面目で、善い方なので」
看守「えっ」
雪乃「他の看守の方々は、ただ黙々と、私を生存させるだけです。ですが、看守さん、あなたは悩みながら、何かを良くしようとされている。それが何なのか、わからないまま」
看守「……そう、わからないんだ」
雪乃「最初にお会いした日も、私は看守さんを見くびって……少し、意地悪で、失礼なことを申し上げました。変わりませんね、私は……」
看守「いや、でも、雪乃さんは正しかったと思うよ」
雪乃「……正しいかどうかは、私にもわかりません。ですが、私は看守さんに、これ以上、傷ついていただきたくはありません。死罪になるようなことをした者が、その刑を運用するために悩まれている方に申し上げるのは、甚だ傲慢な矛盾ですが」
看守「そ……いや、そんなことは、ないと思う」
雪乃「いえ。私は看守さんにも、私のように、傲慢になっていただきたいと思っております。そうでないと、折れてしまいますから」
看守「傲慢、か……」
雪乃「はい、傲慢です」
看守「……考えておくよ、ありがとう」
雪乃「こちらこそ。お仕事、お疲れ様です」
看守、雪乃の独房から立ち去る。独房の明かりが消える。
看守「傲慢でないと、折れてしまう……なのかな。それは、傲慢とは違うと思う、けれども……いや、折れない……折れなかった、雪乃さんは……」
暗転
【23日目、夜】
陽菜の独房に照明。
看守、空に近いトレイを受け取っている。
陽菜「あの……今日は、半分、食べられました」
看守「……うん。えらい」
陽菜「えへへ……。子供みたいですね、私」
看守「いいんだよ、それで」
陽菜の独房の照明が消える。
看守「……たぶん」
暗転。
【24日目、看守の夢】
明らかに普段と違う照明。
この時だけ、すべての独房の明かりがつく。
看守、椅子に座って、資料を読んでいる。
看守「私は……何を勘違いしていたんだ?何も不明瞭なことなんか、ないじゃないか」
看守、立ち上がる。
かがみ「看守さん!私は冤罪なんだ、なんとかしてくれよ!」
看守「黙れ、大槻かがみ!お前の家の近くの池に捨てられていた金庫からは、お前の指紋も見つかっている!凶器と一緒にな!」
かがみ「うっ……く、くそう、なんで今更見つかったんだ」
雪乃「うふふふふふふふふ、あははははは! よぉく燃えましたわ、みんな、みぃんな燃えましたわ!」
看守「九重雪乃、狂った殺人鬼め。おとなしく観念して死刑を待つんだな!」
雪乃「やめてください、嫌です。私は死にたくないですわ!なぜ、なぜ私が悪いのですか!?騙されていただけなのに!」
陽菜「ねえ看守さん。やっぱり税金って悪ですよね。そんなことをする政府が悪いから、いっぱい人が死ぬんですよ」
看守「人のせいにするな!殺したのはお前だ、この大量虐殺のテロリストが!」
陽菜「私は悪くない!全部世の中が悪いんだ!!」
かがみ「権力の手先の看守め、騙されてくれればよかったのに!」
雪乃「嫌ですわ!私は悪くないのに!全部あの方と、あの女のせいなのに!」
陽菜「もっと死ね!国のせいでもっと死ね!私たちが社会を良くするんです!」
暗転。
看守「(客席に向かって、叫ぶように)こっちの皆の方が楽だ、仕事をしやすいと、一瞬、考えた私は、間違ってるの!?」
照明がつく。休憩室らしい暖色の、落ち着いた明るさ。独房の照明はなし。
看守、机に突っ伏して寝ている。自分の声の反響で跳ね起きる。
看守「あれ……休憩室……。(腕時計を見る)あ……仕事に、戻らなきゃ」
暗転。
【25日目、夜】
かがみの独房に照明。
看守、食事を載せた配膳用台車を押して、独房の前に立つ。
看守「こんばんは、夕食。……それとかがみさん、弁護士さんから連絡があったよ。再審請求、正式に受理されたって」
かがみ「!! ……よっし……よぉーっし! きたきたきた!」
看守「まだ、審査が始まった、ってだけだからね」
かがみ「わーってるよ! わかってるけどさあ! ……ふー……。ヤバ、ごはんどころじゃないかも」
看守「食べて。ちゃんと」
かがみ「はいはい。……あーあ、出られたら何食べようかな。寿司……牛丼……いや、まずは劇場でポップコーンか? サメと戦車、まだやってるかなあ」
看守「……ロングランしてると、いいね」
かがみ「他人事かよ! 半分あんたの手柄だぞ、これ」
看守「半分?」
かがみ「残り半分は、私の日頃の行い」
看守「……ふふっ」
かがみ「あ、笑った」
看守、台車からトレイを取り、独房の窓から渡す。
かがみ「ん。……いただきます」
看守、かがみの独房の前から去る。
暗転。
【27日目、朝】
看守、机の前に立っている。机の上に、一通の書類。
看守「……伝達。番号200-00508。大槻、かがみ。……執行日は、明日」
長い間。
看守「弁護士さんからの再審請求は、三日前に受理された。審査は……行われては、いる筈だけど。……執行も、順番どおり。どちらも、ただ、決められた順番のとおりに進んで――執行のほうが、先に着いた。それだけ。……『それだけ』って、何だよ」
看守、書類を置く。しばらく動けない。
間。
看守「……これがもし、冤罪じゃなかったら?いや……」
間。
看守「本人への告知は、当日、刑場の準備が完了してから。心情の安定のため――って、規則集には書いてある。……誰の、安定だよ」
間。
看守、かがみの独房の前に立つ。
かがみの独房の照明がつく。
かがみの独房の中を覗く。かがみ、テレビを見ていて、看守には気がつかない。
かがみの独房の照明が消える。
看守、雪乃の独房の前に移動。
雪乃の独房に照明がつく。
雪乃、日本舞踊を舞っている。演目は「八島官女」
看守、独房の前を通り過ぎる。
雪乃の独房の照明が暗くなる。
雪乃、舞いを止める。
雪乃「看守さん、貴方は本当に……いえ、私が言えることではありません、ね」
雪乃の独房の照明が消える。
看守、陽菜の独房の前を通りかかり、足を止め、中を覗く。
陽菜の独房に、薄く照明。陽菜、机に突っ伏して眠っている。反省文の紙が散らかっている。
看守、独房の中を一瞥し、黙って通り過ぎる。
陽菜の独房の照明が消える。
暗転。
【28日目、昼】
看守、制帽を目深にかぶり、かがみの独房の前に立つ。
かがみの独房に照明。かがみ、雑誌を読んでいたが、顔を上げる。
かがみ「お、今日は。……ねえ、そういえば、弁護士さんから何か――」
看守「……」
かがみ「……看守、さん?」
看守「(一度、深く息を吸って)囚番号、200-00508。大槻かがみ。……時間です。出房して、ください」
かがみ「……は? ……え、なに、それ。……え?」
看守「……」
かがみ「ちょ、ちょっと待って。待ってよ! 再審は!? 受理されたんだろ!? あんた、言ったじゃんか!!」
看守「……受理は、された。……でも、再審の請求には、執行を止める力が、ない。……審査の順番より、執行の順番のほうが……先に、来た」
かがみ「そんな……そんなのって、あるかよ!! 順番って、なんだよ!! 私は、やってないんだよ!! やってないんだって……!!」
看守「……」
かがみ「(格子に取りすがって)……なあ。あんたは、聞いてくれたよな。私の話、全部。最後まで。……なあ、教えてよ。あんたは、私が、やったと思うか?」
看守「(長い間)……私には、決められない。決めていい立場じゃ、ないから。……でも。あなたの話を、疑いながら聞いたことは……一度も、ない」
かがみ「っ……、なん、だよ、それ……。……はは、ははは……。最後の最後まで、真面目かよ、あんたは……」
かがみ、泣き笑いのまま、ずるずると座り込む。長い間。
やがて、ゆっくりと立ち上がる。
かがみ「……なあ。最後に、ひとつだけ、いい?」
看守「……何?」
かがみ「名前。あんたの、名前、教えてよ。……規則なのは知ってるよ。でもさ。誰に話すってんだよ、今更」
看守「…………ごめん。……規則だから、言えない」
かがみ「……ははっ。……だよなあ。……あんたは、そういう奴だよ」
独房の扉が開く音。
かがみ、一歩、独房の外に出る。しばらく看守と向き合う。
かがみ「……行くよ。……ほら、しゃんとしろよ、看守さん。……あんたの、仕事だろ」
看守「……はい」
看守、かがみを先導して、ゆっくりと上手へ歩き去る。
外の光が、昼間から血のような夕日に変わる。
誰もいない舞台。3つの独房が、暗いまま並んでいる。
少し間を置いて、電話の呼び出し音。
看守の声「(舞台の外から)はい。はい、先ほど、完了しましたが……。ですので、今更、聴取は……え、自首?かがみさ……彼女の、弟が?あ……」
(何か固いものが床に落ちる音)
幕。




