その全てが……
手慰み第数弾であります。
お楽しみいただければ、幸いであります。
この国の第三王子は、放蕩者と知られているが、それは初恋の君を見つけるために、敢えて流されている話だ。
老若問わず、未婚既婚問わず女性に近づき、手段を問わずに情報を引き出し、さっさと引き上げる。
それは、有益な情報か否も問わない。
ただ、有益な情報が、初恋の君関連ではないが、国を揺るがすものであった場合は、国王陛下に報告しているので、淑女たちからの心象は悪いが、第三王子の所業は大目に見られていた。
国には黙認されていても、傷をつけられた令嬢を持つ貴族や、痛くもない腹を探られた貴族が増え始めたら、不満は積もって爆発してしまうだろう。
そうなる前に国王は、第三王子の処遇を王妃や側近と話し合ったのだが、明確に決定する前に、当の王子が動いた。
長年恋焦がれた初恋の君の正体が、我が国に幾つかある伯爵家の一つの、長女だと判明したのだ。
それを聞いた殆どの関係者は、安堵した。
その令嬢を手に入れれば、第三王子も落ち着くだろう。
ここで安堵出来る奴らは、幸せだと第三王子は思う。
自分の人生の波乱は、まだまだ序の口だった。
そう、第三王子には今の人生を一度、最悪な結末で終わらせた記憶がある。
ある伯爵家を襲撃する勢いで先触れなく訪問し、家で冷遇され痩せ細った初恋の君と、愛を育んだ後に保護し、城に連れ帰った。
父である国王陛下に伯爵家の疑惑を話して、伯爵を廃位に追い込み、元伯爵令嬢を王子妃にしたが、冷遇された時期が長かったせいか、王子妃はその一年後世を去ってしまった。
喪失感を残したまま再婚したら、その後妻が昔捨てた令嬢の一人だったらしく、いつの間にか毒物を仕込まれ、すぐに足腰立たなくなった。
王城の奥に押し込められ、更に病状が悪化した第三王子は、長兄が王位を継ぐ前に息を引き取った、と思ったら、巻き戻っていたのだ。
丁度、初恋の君を見つけ、国王に報告した頃だ。
ああ、また、彼女に会える。
第三王子は、感涙した。
だが、喜んでばかりはいられない。
前の人生では、伯爵家の内情を知ろうと時間を費やし、そのせいで、令嬢を弱らせてしまった。
今回は、そんな失敗はしない。
第三王子はすぐに準備を整え、伯爵家に突撃した。
勿論、先触れは出さなかったから、宮仕の伯爵は今回も不在だ。
屋敷では、突然訪問した王子に驚いたが、執事を筆頭にした使用人一同は、混乱しながらも接客に動いた。
動揺しつつ、主人の不在を告げる執事に、第三王子は鷹揚に首を振る。
「会いたいのは、御令嬢だ。いるだろう? 社交に出る令嬢の上に、忘れられた令嬢が?」
「? 忘れ? 恐れ入りますが……」
「言い訳はいい。彼女に会わせてくれ。まさか、都合が悪いとは、言わないよな?」
戸惑って口籠る執事に構わず、第三王子は階段を駆け上がり、令嬢の部屋に押し入った。
「っ?」
そこにいたメイドが、振り返る。
その向こうに、愛しい令嬢が横たわっていた。
駆け寄って抱きしめたい気持ちを押し隠し、第三王子は静かに告げる。
「二人きりにしてくれ」
「っ、何を仰いますかっ」
驚愕して口を開くメイドを、冷ややかに睨む。
「二人きりで話す事に、何か不都合あるか?」
「不都合しか……」
「黙れ。斬り捨てられたいか?」
使ったことのない腰の剣に手をかけると、メイドは慌てて頭を下げ、部屋を出て行った。
扉が閉まると、部屋の中は薄暗くなる。
昼間だから、カーテンを開ければそれは解決するが、雰囲気も味わいたい王子は、燭台の蝋燭に火をつけた。
眠っている令嬢に近づき、そっと手を取る。
前の時と同じく、ひんやりと細い指。
熱を分けてあげたくて、その指にそっと口づけた。
?
前の人生では、ここまで細くなかった。
まさか、自分が巻き戻ったように、伯爵家の誰かも巻き戻り、令嬢の衰えを早めているのか?
第三王子は、恐る恐る起きる気配のない令嬢の、白い頬に触れてみた。
指や手と同じく、ひんやりと冷たく、骨張っている。
いや、骨張っているというより、これは……。
王子はここでようやく、灯りで令嬢を照らした。
そこには、可愛らしい寝巻き姿の、骸骨が横たわっていた。
けったいな悲鳴を上げ、第三王子は伯爵家を飛び出したと、王室に報告があった直後、当の王子が執務室に飛び込んできた。
令嬢を好いていたのは、本当だったらしい。
国王は、第三王子が涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、腕にしっかりと抱え込んでいる骸骨を見ながら、呑気に思った。
そんな父の心境に気づかず、三男は涙ながらに叫ぶ。
「あの伯爵はっ。人間ではありませんっ。じ、実の娘をっ。こんなほ、骨になるまでっ、放置していたんですっ」
「うむ」
色々と、突っ込みたい言い分だがそれは我慢し、国王は静かに頷いた。
「その件は、後ほど調査するが、第三王子」
「はい」
声を詰まらせながら返事する三男を、国王は追い詰める。
「伯爵家に、先触れなく向かったのは、何故だ?」
これは、前の人生でも問うた。
息子の答えは、同じだった。
「っ。先触れを出したら、伯爵はこの令嬢の存在を、隠すでしょう。それでは、令嬢は助かりませんっ」
いや、結局、お前が令嬢の死期を早めたんだが。
国王は、二つの人生の記憶がある。
一つは、今と同じ人生を全うした記憶で、もう一つは、全く違う世界で生き、寿命で逝った記憶だ。
前々世は、その道では有名な柔道選手で、引退後は整体院を開いて生計を立てていた。
当時の患者には、様々な業種の者がいたのだが、特に顔見知りだった二人が、意外に近くに生まれ変わっていたのを知ったのは、転生して六年後、側近候補たちとの顔合わせの場だった。
王宮の下っ端の伯爵の息子と、近くの教会の神官見習いで、どちらも自分と同年で、前世の記憶持ちと言う共通点もあって、すぐに打ち解けた。
神官見習い以外の二人が世帯を持ち、子を授かった時、伯爵家では重大な問題が起こった。
生まれた伯爵令嬢は、生まれつき心臓に疾患を抱えていたのだ。
今のこの世界は、医学が発達していない。
整体術すら、知られていなかったほどで、それを広めた国王は、歴代の国王より評価されていた。
「……手順を踏むのが、歴史を進める上では大事だが、そうも言っていられませんね」
幸い、神官となった男が前世で医師で、唯一神に伺いを立てつつ、医療の促進に暗躍してくれるようになったが、令嬢がその治療を受ける事は、出来なかった。
その原因が、何故か五体満足の骸骨を抱えて、言い訳している自分の三男坊だ。
伯爵令嬢と一度だけ会った三男坊は、前の人生で強行手段に出た。
理由は、伯爵家の長女の代わりに、健康な次女との縁談を進めたせいだろう。
先触れを出して令嬢に会いに行っても、待っているのは次女の方で、それにやきもきしての犯行だった。
そう、どう考えても、犯罪だ。
伯爵が王宮で働いている時間帯に、先触れなく伯爵家に突撃し、使用人たちを脅して長女の部屋に入り、二人きりになった。
馬鹿息子が虫の息の伯爵令嬢を抱き抱えて戻ったのを見た時、国王はその場で絞め技を掛けて、そのまま息の根を止めてやりたい気持ちを、総力かけて抑えこんだ。
「銃が欲しい」
射的の名手だった伯爵が、こそっと呟くのをかろうじて聞き流し、国王としての威厳を保ちながら、伯爵令嬢を三男から引き離した。
が、無理強いされた少女は、助からなかった。
伯爵は、ぶち切れた。
神官も、ぶち切れた。
国王は、出遅れ、その後始末に回る羽目になった。
前の人生で、第三王子の足腰が立たなくなったのは、王子妃の悪意ではないが、共犯ではある。
主犯は、神官だ。
使ったのは、国では合法だが、分量を間違うと脳に損傷を与え、そのまま服用を続けると、死に至る麻薬の一種だ。
それを、令嬢を引き離した直後は侍従が、無事婚姻後は王子妃となった、伯爵家の次女が、王子の口にする物全てに盛った。
伯爵家は、長女の仇を討てたが、罪の意識に耐えきれず、やがて領地を返上して、平民となった。
神官も、神殿に引きこもってしまい、国の医療促進が滞り始めた。
国王自身も、後悔と憤りを覚えていたが、一国の王として逃げるわけにもいかず、長男に王位を譲った後も元王妃に看取られて息を引き取るまで、王を支え続けた。
と思ったら、生き返った。
前回と同じ人生で、伯爵家の長女の病状を知った頃だ。
つまり、元凶も既に生まれていた。
「生まれていなかったら、堕胎薬を盛ったんだが」
「出来ないことを口にするな。お前が戦士生命を絶った原因、他選手のクズ発言だっただろ?」
記憶をすり合わせた時、ぽつりと漏らした国王に、伯爵は苦笑した。
そして、妥協案を口にする。
「娘と王子を会わせないようにするしか、方法はなさそうだ」
だが、何の強制力か、王子は令嬢を知ってしまった。
「いや、それに関しては、我々が巻き戻ったのと、同じ現象が起きた可能性がある」
あってほしくない可能性だ。
「もし、前の人生の記憶があるなら、既に初恋の君の正体も分かっている。そうなると……」
「娘の身代わりに、執事を寝台に押し込んで置くか」
「いつ突撃するか、分からないだろうが。お前の家、使用人も少ないだろ? 日々の作業が止まる」
「なら、しばらくオレに、休みをくれ」
「早まるなっ。もし、あの馬鹿が気づかなかったら、どうするっ?」
真面目に意見を出し合う貴族と王族に、今まで黙っていた神官が、静かに切り出した。
「実は先日、神殿の獣神の像の前で、面白いものを拾ったんです。その報告も兼ねて、本日は、一つの試みを提案に参りました」
そう、今涙ながらに第三王子が抱きしめるそれは、骨格標本だ。
いや、本当に、懐かしい。
本物なら、ここまで原形を止めたまま、持って来れなかっただろう。
神官の話では、記憶が残ったまま巻き戻ったと分かった時、獣神像の前で祈っていたら、これが何処からか落ちて来たらしい。
おあつらえ向きに、若い女性を模した、樹脂製の骨格標本だ。
これを抱えて、白昼堂々と走って帰った王子は、乱心を理由に、蟄居の後、改心次第の対処とした。
伯爵家の長女は、前の人生より早く発達した医学によって、少しずつ出来る事が増えたと聞く。
まだまだ、やり足りないが、そう何度もやり直しはないだろうから、次代の活躍に期待しよう。
ドアマットヒロインに見せかけて……と、言う奴です。
骨格標本は、兎の養い子の力作の一つです。




