いつか月へと帰る君
籠を背負い、土間と囲炉裏しかない質素な小屋を出る。
山に登り、竹林でせっせとひとり、竹を切る。
ある日、光る竹を見つけた瞬間にはっとした。
「え。私、転生者じゃん……」
祖父母を亡くしてからひとりきり、竹を集めては街で売る生活を繰り返してきた。周りからは【竹取り娘】なんて呼ばれている。
そして目の前には眩しく光る竹。
「これって【かぐや姫】ってことだよね? でもこんな細い竹の中に赤ちゃんが入ってるなんてさすがに無理では?」
おそるおそる金色に光る竹に触れてみる。
ほんの少しだけ温かい気がした。
「かぐや姫ってどうやって取り出してたっけ? 確か、斜めにスパッと切ってたような」
実際それをしたところを考えた瞬間、ぞくっとした。
「中の人まで切っちゃいそう……」
というわけで、光っている部分の上下を慎重に切り離して持ち帰った。
ひとり暮らしの家に帰り着き、光る竹をそっと床に置く。
本当に中に赤ちゃんがいるなら早く出してあげなきゃ、とは思うものの。
「切るの怖いなあ。おーい、ここは安全だから出てきて大丈夫ですよー」
ドアを叩くように、竹をコンコン、とノックする。
次の瞬間。
「うわっ、眩し――」
目も開けていられないほどの強い光に包まれた。
眩しさに目が慣れてきた頃。
そこにはひとりの少年が立っていた。
人形のようなきれいな顔。
短い黒髪は、さらさらと音が聞こえてきそうなほどにつやつやしている。
高そうな絹の服を着てるとか、竹に収まる身体のサイズじゃないとか。
それより真っ先に気になったこと。
「かぐや姫じゃない……!?」
「ひめ、ですか?」
少年がこてんと小首を傾げる。
「うわ、かわいっ」
「え?」
「あ、なんでもないよ、あはは」
前世の記憶を思い出したせいか、つい推しを見たときみたいな反応をしてしまった。
「ごめんね、姫だなんて男の子に失礼だったね」
「いえ。おきになさらず」
舌足らずなしゃべり方でも態度が紳士的で、つい感動してしまう。
とはいえ相手は子供だ。しゃがみ込んで目の高さを合わせる。
「君、お名前は?」
「なまえは……もしよかったら、つけていただけますか?」
記憶がないのかな?
だとしたら、私が守ってあげないと……!
と心の中で誓っていたら、少年が寂しげな顔に変わった。
「すみません、むりなんだいをおしつけてしまって」
「ううん! 全然そんなことないよ! そしたら『かぐや』でどうかな」
「かぐや。すてきななまえですね」
「気に入ってもらえて嬉しいよ。私のことは、お母さんだと思って甘えていいからね」
「わかりました。ではかあさまとよばせていただきます」
「うっ」
可愛い子に【かあさま】と呼ばれて胸がきゅんとなった。
かぐやが不思議そうな顔をするので、また笑ってごまかした。
「ところで君はどうして竹に入っていたの?」
「それは……ないしょです」
肩をすくめて困ったように微笑む。
「そっかあ。内緒かあ」
内緒でもいいや。笑顔が可愛すぎるから。
こうして竹から現れた少年かぐやとの生活が始まった。
次の日の早朝。
かぐやの分の朝ご飯を置いておき、いつものように竹林へ行こうとしたら、かぐやが起きてきた。眠そうに目をこすっている。
「おはようございます、かあさま」
「おはよう、かぐや。起こしちゃってごめんね」
可愛いなあ……とにこにこしていると、かぐやが目を見開いた。
「かあさま、こんなはやくにどこへいかれるのですか?」
「竹林だよ。竹を取りに行くの。起こしちゃってごめんね」
「いえ」
「朝ご飯はそこにあるから、好きなときに食べてね」
するとかぐやが小さく首を振った。
「あら、おにぎりとお漬物、あまり好きじゃない?」
「そうじゃないです」
今度は大きく首を振り、駆け寄ってくる。
目の前に来たかぐやが大きな目でじっと見上げてきた。
「かあさま、ぼくにもおてつだいさせてください」
「でも、刃物を使うから危ないよ?」
「そうですか……」
あからさまにしょんぼりする。
もしかして、ひとりでいるのが寂しいのかな?
言動がしっかりしてるから平気かもと思ったけど、年相応の子供なのかも。
「そしたら竹を運ぶのを手伝ってもらえるかな」
「はい!」
竹林へ行き、切った竹をかぐやに渡す。
かぐやがせっせと竹を籠に入れていく。その一生懸命な姿に癒される。
いつもは無心でしている作業も、今日はなんだか楽しく思えた。
竹林からの帰り道。山の上には月が昇り始めていた。
隣でかぐやが足を止め、空に浮かぶ月をじっと見つめる。
記憶があるかどうかは分からないけれど、なにか感じるところがあるのかな。
「かぐや、月は好き?」
「……はい」
そう答える顔は、どことなく切なげだった。
いつかは帰っちゃうんだろうな。
そう思うと、胸がきゅっと締めつけられた。
次の日。朝ご飯のあと、かぐやの分のお昼を用意し、自分用のおにぎりを竹の皮で包み、出かける準備をした。
「竹を売りに、街に行ってくるね。お留守番を頼めるかな」
「ぼくがついていったらまずいですか? もっとおてつだいしたいです」
「気持ちはありがたいんだけど……」
前世の記憶を思い出した以上、つい比較しちゃうけど、この世界はあまり治安がいいとは言えない。
山賊がいるし、人さらいもいる。
これだけ可愛いと、街の人たちに見られたらきっとすぐに噂が広まるはず。
「私ひとりじゃ守ってあげられる自信がなくて。ここなら人が来ないから、家にいた方が安心だと思うんだよね」
「……わかりました」
急いで街へ行き、いつも通りに竹を売って、小走りで家に帰った。
「ただいま!」
「おかえりなさい、かあさま!」
かぐやが笑顔で駆け寄ってくる。
誰かが『おかえり』って言ってくれるのっていいなあ……!
胸がじんと熱くなった。
ある日のこと。かぐやが留守番中に本を読みたいと言い始めたので、自分の食費を削って本をたくさん買って帰った。
すると「そういうのはよくないです」と怒られてしまった。
「ぼくをゆうせんしようとしてくれるそのおきもちはうれしいけど、かあさまじしんのおからだもだいじにしてほしいです」
と寂しげに言われてしまった。
なんていい子なんだろう。
誰かに大切に思ってもらえるのは久しぶりだった。
祖父母が生きていた頃のことを思い出して、その晩は布団に入ったあと、こっそり泣いた。
そして数年後。
かぐやは普通の人間よりも速いペースで育ち、見事な美青年になった。
これから起こることと言えば……と竹取物語のストーリーを思い浮かべていたら。
五人の貴族の娘さんたちが牛車に乗ってやってきた。
皆『よくその格好で動けるな』と思うほどに着物を重ねていて、この子たちこそかぐや姫なのでは?と思うくらい見事に美人揃いだった。
狭い家でも文句を言わずに横一列に座って、こちらが話し出すのを待っている。
どの子もかぐやにお似合いだとは思うけど、本人はどうしたいんだろう。
物語と一緒なら断るだろうけど……と横目でかぐやを見ると、顎に手を当てて考え込んでいた。
小声で話しかける。
「かぐやは『結婚したい』って思う?」
「いえ……まだ、あまり現実的には考えられないですね」
その言葉を聞いて、なぜかほっとしてしまった。
するとかぐやがそっと微笑んだ。
「僕がどなたかと結婚したら、かあさまは幸せになれますか?」
「私が?」
予想外の質問に面食らう。
かぐやが結婚してここから出て行くとしたら、私は……。
「……私は、どんな形であっても君に幸せになってほしいと思ってるよ」
「それは、僕もですよ」
「えっ」
また思いも寄らないことを言われて、思わず目を見開いてしまう。
するとかぐやがにっこりと笑った。
急に照れくさくなって、深くうつむく。
「ありがとう……」
そんなことまで言ってもらえるような人間じゃないのに。なんていい子なんだろう。
胸の奥と、目の奥が熱くなった。
結局かぐやはどうしたかというと、竹取物語と同じように、それぞれのお嬢さんに無理難題を吹っかけていた。仏の御石の鉢や蓬萊の玉の枝、火鼠のかわごろも、龍の首の珠、そして燕の産んだ子安貝を持ってこれたら結婚しますと。
ますますかぐやの行く末が予想できて、悲しくなってしまう。
もし自分の知っている物語と違う展開になったら――そう思って、彼女たちを見送ったあと、かぐやに尋ねてみた。
「あの子たちの中で、いいなって思った子は誰かいた?」
「そうですね……。かあさまくらい気立ての良い方でないと、僕は惹かれませんね」
「えっ!」
そう言われた途端、かぐやと自分が夫婦として暮らしてる姿が浮かんでしまった。
一緒にご飯を食べて『美味しいね』と微笑み合ったり、手を繋いで歩いたり。
慌てて首を振って、おかしな想像を掻き消す。
違う違う。今のはお世辞だって。私はお母さん代わりなんだから!
そう何度も自分に言い聞かせても妄想は止まらず――つい頬がゆるんでしまった。
その後、『もし本当にかぐやが持って来いと言った物を持ってこられたらどうするんだろう』と心配していたけれど。
次々と辞退の申し出が届いた。めちゃくちゃ達筆な文字の手紙を前に、思わずほっと胸を撫で下ろしてしまう。
「でも……かぐやは本当にこれで良かったの?」
「ええ。前にも言いましたけど、かあさまくらいの方じゃないと、結婚したいとは思えません」
「そっかあ」
照れくさいというより恐れ多い気持ちになる。
私、そんな大層な人間じゃないんだけどな。育ての親だからって恩を感じてくれてるってことなのかも。
そして数ヶ月後。ある満月の夜。
本当に月からの迎えが来てしまった。
平たい雲に乗った牛車が目の前に降りてくる。
立派な装束を着た従者がずらりと並び、かぐやに向かって膝を突く。
大勢の人の軍隊めいた動きを見ているうちに、かぐやが光に包まれて、あっという間に都にいる貴族のような姿に変わった。
見慣れない格好をしたかぐやが寂しげな顔でうつむく。
「かあさま。今まで黙っていてすみません。僕はもう、月へと帰らなければならないのです」
胸の中で、「知ってたよ」と答える。元々こうなると分かっていたせいなのか、心は穏やかだった。
「かぐや。私と一緒に過ごしてくれてありがとう。とっても楽しかったよ。元気でね」
まだ何か言いたげなかぐやを見てにっこりと笑い、手を振ってみせる。
名残惜しそうな顔をしたかぐやは従者たちに促されて牛車に乗り込み、飛び去って行った。
牛車を乗せた平たい雲が遠ざかっていく。
「あれってどういう仕組みで飛んでるんだろう……なんてね。あはは」
小さくなっていく雲と、その向こうに見える満月が、歪んで見えた。
かぐやと過ごした日々が、浮かんでは消えていく。
「またひとりに戻っちゃった。寂しいな。ずっとふたりで暮らせたらよかったのに……」
涙を拭いながらそう呟いた瞬間。
バンッ!と音がして、気づけばまるでスポットライトのような光に照らされていた。
光の先は眩しすぎて見えない。
「なになに? ――きゃあっ!?」
いきなり身体が浮き上がった。
「待って待って、なにこれ怖い……!」
どんどん地面が遠ざかっていく。
光に吸い上げられていき――気づけば豪華な牛車の中にいた。
隣でかぐやが微笑む。
「乱暴な招き方をしてしまってすみません、かあさま」
「う、うん。びっくりしたよ。でもどうして?」
「かあさまが『寂しい』とおっしゃってたので。以前僕が皆様に求婚されたとき、誰かと結婚して欲しそうだったので、僕には興味がないと思っていましたが……」
「え。さっきのひとりごと聞いてたの!?」
「それは……すみません」
かぐやが苦笑する。
「もし僕と離れたくないと思ってくださっているなら、僕と一緒に来てくれますか?」
「いいの? 私がついてっちゃって」
「ええ、もちろん」
頷いたかぐやが、私の手を取り上げた。
「かあさま。僕と結婚してください」
「結婚!? 私と!?」
「はい」
「待って待って急すぎる……!」
おろおろしていると、かぐやが切なげに口元を微笑ませた。
「月へ帰ることは決まっていたので、『好きになってはいけない』と自分に言い聞かせていたのですけどね……」
ぎゅっと手を握りしめてくる。大人の男性の手の大きさと熱さにドキッとする。
求婚を畳みかけてくるように、大きな目がじっと目を覗き込んでくる。
「お返事、聞かせてもらえますか」
「え、ええと。私でよければ……?」
思わず口走っちゃったけど、本当に私なんかでいいのかな?
とはいえ何度も確認するのはみっともないかも……と思っていたら、かぐやがとんでもないことを言い出した。
「実は僕は、月の帝国の皇帝なのです」
「皇帝!? かぐやってそんなに偉い人なの!? なんでひとりで地球に……」
「実は月で深刻な環境汚染が起きてしまい、緊急避難をしていたのです」
「それで竹の中に?」
「ええ。脱出時の事故で身体が子供に戻ってしまって困っていたのですが、見つけてくれたのが貴女で本当によかった」
手を持ち上げられて、指先にキスされる。
いきなり大人びたことをされてドキドキしていると、かぐやが満月の光より眩しい笑みを浮かべた。
「貴女に見つけてもらえたことは、人生で一番の幸運でした」
「あ、ありがとう……。私も、かぐやに出会えて嬉しかったよ」
「そう言っていただけて光栄です。幸せになりましょう、共に」
「う、うん。これからもよろしくね」
本当に、こんなに素敵な人の奥さんになるの? 私が?
ただ竹を取ってひっそりと暮らしていただけなのに。
今は豪華な牛車の中で、非の打ち所がない青年にプロポーズされて。
夢じゃないかな?と頬をつねっていると、かぐやがくすっと笑った。
「さて、かあさま……ではなく我が妻よ。貴女のお名前を教えていただいてもよろしいですか?」
「あ、そっか。ずっと教えてなかったね。私の名前は……」
〈おしまい〉




