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養蝕  作者: 祐川 千
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2-1 割のいいバイト

 園藤義理えんどうよしのりはX県A市に住む新卒のフリーターである。

 本当は地元の印刷所に勤めることになっていたのだが、業績不振のあおりにあい、大学を卒業する直前に採用を取り消された。以来、学生時代と同じように短期のアルバイトを掛け持ちして暮らしている。

 正社員になりたいという気持ちは、ないわけではない。しかし、どうにも次の就職先を決めかねている。

 そもそも園藤には、とある生来の悪癖があった。それは、一つの物事に長く執着できないというものだった。

 取り組んでいることそのものや居場所が嫌になるのではない。一つのことを長く続けているという状態そのものが窮屈になって、変化を求めてやめたくなってしまうのだ。

 この癖のために、勉学もスポーツもアルバイトも、何一つ極まらなかった。もちろん人付き合いも気まぐれなので、人脈は広がらず、友情もまともに深まらない。このような性質を周りの人間に告白すれば、お前はどうしようもないと笑われて余計疎遠になる始末だ。

 だが園藤はさして気にしていなかった。いつかこの癖が足元をすくうとしても、そういう性分なのだから仕方がない。

 そのため、就職活動をしている頃から、そもそも自分に一つの職が長く勤まるのだろうかという疑問を抱いていた。その思いが採用取り消しによって再び頭を持ち上げ、再就職を遠ざけているのだった。

 幸いなことに、学生時代に稼いだバイトの貯金はまだある。両親も健在だ。加えてどちらも気質のさっぱりした人たちなので、園藤が自分の今後について伝えると、結婚した姉に迷惑さえかけなければいいから好きにしろとだけ言われた。

 このような次第で、園藤はいまだ学生時代の延長のような、決して豊かでこそないが自由な暮らしを満喫しているのだった。




 そのアルバイトを知ったのは、本当に偶然だった。

 居酒屋の裏方のアルバイトで知り合った人間が紹介してきたのだ。

「園藤君、清掃のバイトはやったことある?」

 彼は、名を野波と言った。年齢は聞いたことがないが、初老のように見えた。世話好きなのか、はたまた寂しがりなのか、園藤によく話しかけてくる。

「イベント会場の清掃くらいなら、やったことあります」

「まあ、園藤君の普段の働きぶりなら大丈夫だろ」

 野波は、園藤の言うことを聞いていたのかいないのか、よく分からないことを言った。

「ちょっと特別なバイトをやらないか? いい仕事だよ」

 野波は簡潔に待遇を説明した。

 週に三回、とある施設の清掃をする。交通費と必要な備品が支給され、残業は一切ない。

 さらに野波が口にした報酬を聞き、園藤は驚いた。

 時給換算すると、今働いている居酒屋の何倍もの稼ぎだった。このような田舎ではまず見かけない金額に、いい仕事が舞い込んできたという喜びよりも、警戒心が勝った。

「それって、人が亡くなった場所の掃除ですか?」

 園藤は直球に訊ねた。

 以前のアルバイト仲間から、特殊清掃バイトの内容を聞かされたことがあった。高い報酬を得ることはできるものの、人の死という極限の痕跡に触れるために、かなりの精神的なダメージを負うという。その友人は、もう二度とやらないと言っていた。

「違うよ。そういうのじゃなくて、本当にあまり見かけない求人さ」

 野波は笑いながら否定した。

 ますます怪しい。園藤がそう思っているのを察したのだろう。野波は真面目な口調で話しだした。

「ヨシヨシ生体工業って知ってるかい?」

「知らないです」

 すごい名前だ。一度聞いたら忘れそうにない。

「俺もこのバイトに関わる前までは知らなかった。なんでも、機械を作る会社らしいね。医療や介護で使うようなロボットを専門で作ってるそうだよ」

「へえ」

「それで、そのヨシヨシ生体工業の支社と工場が我気逢町にあるんだけど、そこが清掃アルバイトを雇ってるんだよ」

「工場か便所の掃除ってことですか?」

「いや、保育所かな」

 清掃を任されるのは、敷地の片隅にある企業内保育所だと野波は語った。遊戯室らしい大きな一室と小さな台所、そして用具室を片付けるのが仕事だという。

「ほら。どんなに小さい場所でも、子どもが過ごす場所には何かと気を遣うだろう? 掃除の手間がかかる。職員には職員の仕事があって、保育士の数も限られてる。だから、バイトに掃除を任せた方が何かと気楽なんだってよ」

「そういうもんですか」

 そうかもしれないな、と園藤は思った。

 実際三歳児の母である姉は、園藤と会うたびに子どもの予測不能な行動を面白半分嘆き半分で語る。世界を知らない彼らは、万物との接し方が斬新だ。物を確かめるために対象を口に含んでみるという行動からも、彼らがいかに危うい生物であるかが窺える。だから子どもの手の届く範囲へ下手に物を置けないとか、転がる可能性を考えて家具の置き方も工夫しないといけないなどと話していた。

「俺は、あそこの人間と知り合いなんだ。そいつが、変な悪戯をしない口が堅くて真面目な奴に働いてもらいたいって言うんだよ。それで、園藤君が思い浮かんだってわけさ」

「はあ。どうも」

 真面目かどうかは知らないが、子どもの過ごす場所で妙なことをしないくらいの分別はある。

 受けてみようかな。そんな気持ちになってきたが、一方で何か引っかかるものを感じる。

「野波さんはやらないんですか?」

 これだけの好条件のバイトが本当にあるなら、まず先に自分がやりたいと思うはずだ。

 すると、野波はばつの悪い顔になった。

「俺は、もうやったんだよ」

 半年くらいやったのだ。なかなか割のいい仕事だった。掃除中に現場へ出入りする人間もいなくて、さしてひどい汚れもなかった。

 そのようなことを早口で話した後、野波は頭を掻いた。

「実は最近、実家の植木の手入れをした時に、うっかり梯子から落っこちて腰をやっちまったんだ。腰を曲げて長時間作業するのがきつい。だから代わってくれるとありがたいんだ」

 なんだ、自分の代役を探したかったのか。

 美味しい仕事を紹介する理由も、急に歯切れが悪くなったことも、それで納得がいった。

「いいですよ」

 もし怪しいことがあったら、すぐに辞めるなり然るべきところに相談するなりすればいい。

 そう決めて、園藤はアルバイトを受けることにした。

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