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養蝕  作者: 祐川 千
38/44

8-2

 園藤と老柳は、人形の正体に関わる情報を求め、方々を調べてまわった。身の周りの伝手を頼り、地元の図書館や史料館、知りうる限りのデータベースをあたる。しかし、かけた時間と労力に、結果は釣り合わなかった。髪で作られた人形の記録も、我気逢町周辺の民俗資料もない。見つかったのは、ヨシヨシ生体工業の業績についての細々とした記録程度である。

 やっと唯一の手がかりを得られたのは、七月の上旬も終わるかという頃だった。調査を始める前に決めた、寺社にやみくもに頼らないという志を曲げ、我気逢町と隣り合う自治体にある寺社にかたっぱしから連絡を取り、髪でできた人形について知らないかと訊ねてまわった。ほとんどは知らないという返事ばかりだったが、一件だけ、心当たりがあるかもしれない、と返答をしたところがあった。何かをしてやれるという約束はできないが、それでもよければ訪ねてきてもいいと言われて、二人は逸る気持ちを抑えつつ、そう答えてくれた神職のいる神社へ向かった。

 その神社は、我気逢町北西に連なる山々を挟んで隣り合う、C町にあった。園藤の運転でA市の市街地を抜けてC町へ入り、町並みを北上して山中に入る。

 山道は舗装こそされているものの細く、渓谷に沿う様にしてぐねぐねと走っていた。しかも、道の間近に迫る森より、夏の勢いを糧に繁茂する下草が身を乗り出しているため、対向車が来るといっそう狭く感じられる。それでもめげずにひたすら登っていくと、急に前方へ大きな鳥居の立ち姿が現れた。足元に看板があり、そこに目当ての神社の名前を見つけた。

 電話口で指示されていたとおり、車を町営の駐車場に停める。大鳥居よりまっすぐ伸びる参道を上っていく。参道の左右には食べ物の店や宿坊などが並んでいたが、平日の昼間であるせいか、閑散としていた。中には、シャッターを閉めているものもある。

 傾斜のある参道を上りきる。ようやく宮川にかかる橋と、神社本殿へ通じているのだろう門が見えてきた。

 橋の上に、浅葱の袴を穿いた男がいる。ここの神職の一人だろうか。竹箒を使い、掃き掃除をしているようだ。

 男は歩いてくる園藤たちを見て、箒を持つ手を止めた。

「大変申し訳ありませんが、そこで止まっていただけますか」

 橋の手前で立ち止まる。男が園藤たちをまじまじと見つめる間、園藤もまた男を観察する。年頃のよく分からない男だった。園藤よりずっと年上のように思えるが、不思議と少年のように若くも見える。今時見かけない大きな眼鏡をかけているせいもあるのだろう。そちらに気を取られて、顔全体をいまいち把握できないのだ。

「お電話をいただいた、園藤様ですね。お待ちしておりました」

 男は折り目正しく頭を下げた。園藤もつられて会釈する。

「急に電話をしてすみませんでした。それで、用件なのですが」

「先に結論を申し上げると、それをこちらで引き取ることはできません」

 眼鏡越しの目は、園藤の右手を見ている。そこには、厚手の紙袋に入れたあの人形がぶら下がっていた。

「分かるんですか」

 見てもいないのに。

 言外に含むニュアンスを察したのか、男は頷いた。

「この神社には、稀にそれを持つ方がいらっしゃいますから」

「これは、何なのですか」

「私たちも、正確なことまでは計りきれていません。しかし、それをお持ちになった方に、決まってお伝えしていることがあります」

 男はゆっくりと、言い聞かせるように言う。

「我気逢町の西に、霧外山むげさんという山があります。そこで、それを水に返してください」

「水って、どこの」

「山の中心に近ければ近いほどよい、とされています。あの山には今、工場と教会がありますね。それが目印だと聞いています」

「ヨシヨシ生体工業という会社を、知っていますか」

 園藤は勢いこんで身を乗り出した。

 男は黙っている。何も言わないならと、園藤はさらに言いつのる。

「俺、あそこでバイトしてたんです。それを辞めた後に、変なものがついてくるようになって、その後、これが車についていたのに気づきました。これって、あの会社と関係があるんでしょうか。我気逢町の変な噂は、いったい」

「園藤」

 老柳の手が肩にかかる。

 苗字呼びが珍しくて振り向くと、友人は真剣な顔で正面をしゃくってみせていた。

 改めてそちらに向き直る。用心深く見つめて、気づく。

 男の立つ橋の、さらに先。

 正門の影に、人がいる。それも一人や二人ではない。男と同じような服装をした、けれど体格の良い男たちが、十人はいる。どの顔も、こちらを用心深く睨んでいた。

「この社は、昔よりこの地にあります」

 園藤が一歩引くと、男は語り始めた。

「しかし、あの地にいるものは、それよりもっと前からいるのです。いつからかさえ分からないような太古より、あれはいたとされています。そして、あの地に踏み入った者を、緩やかに侵蝕してきました。恩恵を与え、蝕み、境を曖昧にし、入りこむ。拒む者は命を奪われる。そういうものですから、私たちはあの地に近づかず、線引きをするのが精一杯でした」

 恩恵を与え、蝕み、境を曖昧にし、入りこむ。

 ──俺の知っている通りだ。

 園藤は思い起こす。高待遇に釣られて働くうちに、保育所にいた奴らは忍び寄っていた。逃げようとしたが、知らないうちにつけ入られていた。

 ならば、園藤より先に働いていた野波は、きっと正しくない方法で拒んでしまったのだろう。彼の不審な死は、仮に彼自身の手でやったとしても、あの保育所にいたものにそうするよう仕組まれたのだ。

「厄除けの祈祷は、参拝された方にとっての厄を払うために行われます。しかし、あなたがたは今どちらにいるか分からない。だから厄除けをするのは、私たちにとっても、あなた方にとっても危ないことなのです」

 男は申し訳なさそうに、首を横に振った。

 園藤たちは、神職たちの視線を背中に感じつつ、その場を後にした。

 車まで戻り、エンジンをかける。神社のある山を下り、C町の家並みが見えてきた頃、やっと園藤が口を開いた。

「これからどうしよう」

「決まってるだろ。あれを、我気逢町の山に返しに行くんだ」

 老柳が励ますように言う。

「確かに、言ってたはいたけど」

「それさえできれば、なんとかなるかもしれないんだろ? 大丈夫だよ。できるって」

「でも、あの工場の近くに水場なんてあったかな」

 園藤はあの辺りを車で何度も通っている。しかし、池や川を見た記憶がないのだ。あの工場に近づくことを考えるだけでも憂鬱なのに、その辺りを歩いて探索するなんて、不安で仕方なかった。

「ネットで、衛星写真を調べてから行けばいいだろ」

「あの町の衛星写真、画質が荒くてよく分からないだろ。ストリートビューもない」

「それでも、行かないよりマシじゃないか。このままずっと、そのよく分からない影につきまとわれながら生きていくつもりなのか」

「それは嫌だ」

「なら、腹をくくるしかない」

 老柳は園藤の肩を叩いて、

「ここまでついて来たんだ。僕も一緒に行ってやるよ」

と言った。

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