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第37話 必殺の逃走コンボ

チュンチュン……。

小鳥のさえずりと共に、爽やかな朝が訪れる。


「ほらほらセレスティアさん、お腹引っ込めてくださいね~♪」

「ぐぬぬ……! き、きつい……!」


爽やか……ではない。

俺は今、鏡の前でエリスに制服を着せられていた。

昨晩のパジャマへの着替えは一瞬だったくせに、今朝は「女神のサービスは一回までです♪」とか言って手動なのだ。

絶対に楽しんでるだろ、こいつ。


「はい、出来上がり♪ 今日も完璧な悪役令嬢ですよ♪」

「はぁ、はぁ……内臓の位置が変わった気がする……」


整えられた制服に身を包み、俺は重い足取りで寮を出た。


午前中の授業は、歴史や魔法理論などの座学が中心だった。

内容は正直、退屈極まりない。

なんか色々言ってたが子守歌にしか聞こえなかった。

俺は見た目だけは令嬢らしく振る舞いつつも内心眠気と戦いながら、なんとか午前中をやり過ごした。

そして、待ちに待った昼休み。

予鈴が鳴ると同時に、俺は席を立った。

リリィと一緒に食堂へ行こう!

今日も肉にするか?

それとも新しいチャレンジを……

そう思って教室の出口へ向かおうとした、その時だった。


「セレスティア。昼、暇?」

「セレスティア、この時を待っていたよ。今日こそ僕のプロポーズを――」


マッドエルフと、最も会いたくない殿下に同時に声をかけられた。


「げっ……」


最悪の挟み撃ちだ。

片方にはサフィア。手にはノートを持っているがきっとろくなことが書いてない。

表情はいつものように無表情で、何を考えているのか読めない。

ただ、その瞳だけが獲物を見つけた狩人のように鋭く光っている。

そしてもう片方はしつこく求婚してくる殿下。

どっちも地獄だ。

教室の他の生徒たちは、サフィアと関わりたくないのか遠巻きに眺めている。

女生徒に限っては、殿下に黄色い歓声を浴びせている子たちばっかりだ。

逃げ場がない。


(どうする……魔法で吹き飛ばすか? いや、教室でそんなことをしたら退学だ……)


俺は冷や汗を流しながら、必死に脳を回転させる。

この状況を打開できるいいアイデアは……


(そうだ……『時間停止オーバークロック』!)


補助魔法の一種で、自身の体感時間を極限まで加速させる魔法。

補助魔法の授業の時に意図せず発動してしまったが、ほんの数秒間だけだが時を止められるはずだ。

だが、この魔法は肉体への負担が凄まじい。

あの時は凄まじい筋肉痛に襲われたな……


(でも、背に腹は代えられない……!)


筋肉痛なんて、後で治せばいい。

俺はまだ使ったことがないが『治癒ヒール』という魔法がある。

初めて使うが、この身体だったら多分できるだろう。

俺は覚悟を決め、二人が手を伸ばしてくる直前で息を吸い込んだ。


「聞いてる?暇なら実験に――」

「セレスティア、気高き君にふさわしいのは――」

「……『時間停止オーバークロック』!!」


カチッ。

世界から音が消えた。


サフィアが踏み出した足が空中で止まっている。

殿下の真剣すぎる眼差しも、そのまま凍りついている。


(よし、成功だ……!)


俺の思考と身体だけが、通常の何倍もの速度で動いている。

持続時間は数秒。

俺はその間に、二人の間を風のようにすり抜けた。


「今のうちにさっさと行ってしまおう……」


俺は教室を出て廊下を駆け抜けた。

学園内の地理はまだよくわかってないが、とりあえず廊下の角を曲がり、できるだけ教室から離れる。


そして――。


カチッ。


「――っはぁっ!!」


どうやら時が動き出したようだ。

消えた音が一気に聞こえてきてびっくりする

時間が戻った瞬間、俺はその場に崩れ落ちた。

全身が熱い。手足が鉛のように重く、ピクリとも動かない。

まるで長距離走を全力疾走した直後のようだ。


「いっ、たぁ……!」


予想通りの反動だ。

全身の筋肉がズタズタになったような痛みが走る。

わかってたけどめちゃくちゃ痛い!

これ魔法で治せるのか……?

ていうか補助魔法の授業の時、先生が自分がボロボロの時は他人に治してもらうかポーション飲めって言ってたような……

もしかして、これやばい……?

いや、やってみないとわからない!

わからないからとりあえずやってみよう!


「『治癒ヒール』!」


俺は自分自身へ回復魔法をかけてみた。

やったことはないがやられたことはあるからな。

その時を思い出してなんとなく感覚でやってみたが、どうだろうか?

時間停止の反動の治療ってシチュエーションも同じだしな……

すると、温かい光が全身を包み込み、引きちぎれそうだった筋繊維を修復していく感覚がある。

今まで魔法は暴走してばっかだったが流石に治癒魔法は暴走のしようがないだろう。

激痛が嘘のように引いていき、代わりに心地よい疲労感だけが残った。


「ふぅ……なんとかなった……」


俺は額の汗を拭い、立ち上がる。

思いつきでやってみたとはいえ、完璧な逃走劇だ。


「よし、食堂へ行こう。消費した魔力を取り戻さないと……」


俺はスカートの埃を払い、何事もなかったかのような涼しい顔で食堂に向かおうとする。


「……あれ?」


ここどこだ……?逃げることしか考えてなかったからどこに来たのかわからないぞ……?

やばい……肉体への反動はどうにかなったが別の問題が発生してしまった!

こんなとき都合よく助けてくれる人は……


「まったく、いくらなんでも無茶しすぎじゃないですか?時間停止を逃走に使う人、初めて見ましたよ?」


こ、この声は!

俺は声のする方を向く。


「エリス!」

「なんですか?そんなうれしそうな顔して♪」


助かったぁ~やっぱこういうところは女神だなぁ~


「助かった。道に迷ってたんだ。ていうかなんでここに?」

「あなたがどう切り抜けるのか見ていたら、いきなり時間停止して全力疾走するんですもん。面白いので追いかけて来ちゃいました♪」

「追いかけてきたって……もしかして止まってる時のなかで……?」

「はい♪『女神』ですから♪」


恐ろしい……

そういえば授業で初めて時を止めた時もみんな止まってる中、エリスとだけは目が合った気がする。

やたら詳しく解説してくれたし、あの時も見えていたのか。


「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ♪さっきまで嬉しそうにしてたじゃないですか♪」

「確かに……実際エリスが追いかけてきてなかったら困ってたな……」

「でしょう?ほら、もっと私に感謝してください♪」


うぅ……調子に乗ってるが何も言い返せない……


「そんなことより食堂行きたい!魔力も消費したしお腹すいた!案内してくださる?『女神様』?」

「なんです?その言い方。……まあいいでしょう。ほら、行きますよ」


俺はエリスの案内で食堂に向かおうとする。

すると――


「見つけたわよ、あんたがセレスティアね!」


見知らぬ少女に声をかけられた。

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