第33話 ベアトリスと生徒会
入部届を書き終えた俺は、まだ焦げ臭い部室を見渡して尋ねた。
「それで? あなたはさっき、なにをしていましたの?」
「ん? ああ、これ? 回復ポーションの生成だよ」
ベアトリス部長が、黒焦げになった容器を得意げに見せてくる。
「それ、魔法の研究なんですの? 別の分野なのでは?」
「甘いなセレスティアくん! 魔法研究会といっても範囲は無限大だからね! ポーションだって治癒魔法の代わりになるマジックアイテムなんだから、魔法とは密接な関係がある!」
「こじつけですわ……」
俺は呆れてため息をつく。
まあ言いたいことは分からなくもない。
その好奇心の強さと行動力は尊敬できるが……
毎回爆発させるのは勘弁してほしい。
「部長はこうやって……色々なことに手を出して……いつも問題を起こしているんです……」
リリィが疲れ切った顔で、片付けを手伝いながらこぼす。
「だから……生徒会の人にも目をつけられてしまって……」
「うるさいよリリィくん! 頭の固い生徒会のやつらには、この崇高な実験の価値がわからないんだよ!」
部長がプンスカと怒っているが、爆発騒ぎを起こせば誰だって怒ると思う。
……ん?
そういえばリリィは、なんでこんな危ない部活に入ったんだろう?
彼女は真面目そうだし、もっと静かな環境を好むはずだ。
「ところでリリィはなぜこの部活に?」
「えっと……魔法研究会と聞いて……好きな魔法の研究ができるかなと思って……」
リリィがモジモジしながら答える。
あ~……名前に釣られて入ってみたら、部長がこれだったパターンか。
かわいそうに……騙されたようなものじゃないか……
「もしかして、部員が少ないのもこの部長のせいなんじゃ……」
「そ、そんなことは……ない!」
今、変な間があったぞ。
もしかして自覚があるのか?
「そもそも! リリィくんみたいに『魔法を研究したい』なんて思う子があまりいないのだよ……」
部長がふてくされたように椅子に座り直す。
「授業で学ぶことを、わざわざ貴重な放課後の時間を使ってまで研究するなんて『変人』扱い。この国は色々な娯楽があるし、みんな街へ遊びに行っちゃうからね。つまり私のせいじゃない!」
「……なるほど」
その言葉で、俺はハッとした。
俺にとって「魔法」は、前世にはなかった憧れの力だ。
だから知りたいと思うし、使いたいと思う。
でも、この世界に生まれた人たちにとっては、魔法は『あって当たり前』のもの。
前世で言えば『数学』や『古文』のようなものかもしれない。
好き嫌いもあるだろうし、好きな人はいてもそこまで熱中する人はそこまでいないのだろう。
授業だけでお腹いっぱいだと思ってしまっても不思議ではない。
(……確かに。放課後にわざわざ『数学研究会』に入って、数式を解きたいかって言われたら……俺もイエスとは言えないかも)
そう考えると、ここで魔法を研究したがる俺やリリィ、そして部長は、この世界ではかなりの「変人」なのだろう。
俺の中でストンと納得がいった。
しかし……
「まあ、部長の性格が原因の半分くらいは占めてそうですけれども」
「ひどっ!?」
とりあえず、俺はこの騒がしくも新しい居場所でも放課後を過ごすことになりそうだ。
そう思った矢先だった。
バァァァァン!!
部室の扉が勢いよく開け放たれた。
「今の爆発!またあなたですかベアトリス!」
「うげっ! やばっ!」
入ってきたのは、腕章をつけた女子生徒だ。
彼女はベアトリスを睨みつける。
「あなたはいつもいつも……! いい加減廃部に……ってお姉様!? なんでお姉様がこんなところに!?」
怒りの形相で飛び込んで来たのはカノンだった。
俺の顔を見た瞬間、鬼のような表情が鳩が豆鉄砲を食らったような顔に変わる。
「カノン? なぜカノンがこんなところに? もしかして、もう一人の幽霊部員はカノンだったんですの?」
「違いますよ! 私がこんな問題児がいる部活に入るわけないじゃないですか!」
「こ……こんな部活……」
カノンの辛辣な言葉に、リリィがショックを受けてうなだれる。
「あれ? セレスティアくん、生徒会に知り合いいたの?」
「ええ、まあ……」
というか、生徒会? カノンが?
「カノン、生徒会だったんですの?」
「はい……ベアトリスみたいなやつのせいで放課後は忙しくて……なかなかお姉様にも会えず……」
なるほど。
確かに言われてみれば、授業中やたらうるさかったカノンを昼休みや放課後に見かけなかったのは生徒会で忙しかったからなのか。
「ふーん、なるほどねぇ……」
ベアトリス部長がニヤリと悪い顔をする。
「ちょうどいいや。セレスティアくん、そんなに仲がいいなら彼女を説得してくれない?」
「説得って言われましても……」
悪いことをしているのは完全にこっち側だ。
擁護のしようがない。
「あなたねぇ! 今度は無関係のお姉様を巻き込むつもりですか!?」
カノンが再び牙を剥くが、ベアトリスは余裕しゃくしゃくで紙をひらつかせた。
「無関係じゃないんだなぁ~これが。ほらこれ」
ベアトリスは、俺がさっき名前を書いたばかりの『入部届』をカノンの目の前に突きつけた。
「なっ!? 入部届!? ありえません! お姉様がこんな掃き溜めみたいな部活に入るわけないじゃないですか!」
「は、掃き溜め……」
リリィがさらにダメージを受けて膝をつく。
「相変わらず失礼だなぁ君は。セレスティアくんは自分の意志で入部したんだぞぉ~? ねぇ?」
「本当ですかお姉様!? 騙されてません!? 脅されてません!?」
カノンが詰め寄ってくる。
まあ、半分くらいは勢いで丸め込まれた気もするが……。
「ええ、まあ本当ですわ……残念ながら……」
「そ、そんな……」
カノンが絶望したように崩れ落ちる。
「ほらね? だからこれで『部員3名』の要件も満たしてるし、廃部の件はなかったことにしてもらえる? お願い!」
ベアトリスが畳み掛けるように言う。
「まさか君の愛する『お姉様』が所属する部活を潰すなんてこと、しないよねぇ?」
……こいつ。
もしかして、俺を人質にとって利用してないか?
なんてやつだ……
入部したばっかだぞこっちは。
「ぐぐぐ……」
カノンは悔しそうに唸り、入部届と俺の顔を交互に見る。
そして、重々しくため息をついた。
「……仕方ありません。今回は引き下がってあげます……」
「やったー!」
カノンは去り際に俺に向き直り、真剣な眼差しで言った。
「お姉様……そいつ、本当に危ないので気をつけてくださいね。何かあったらすぐに私に言ってください」
「え、ええ。ありがとうカノン」
カノンは名残惜しそうに何度もこちらを振り返りながら、部室を去っていった。
嵐のような時間が過ぎ去り、静けさが戻る。
「ふぅ~助かったぁ~。サンキューセレスティアくん!」
「ベアトリス、あなたいつか痛い目見ますわよ」
俺は呆れ、ジト目でそう告げる。
「そしたらその時考えればいいよ。今は部を守るのが最優先だからさ!今回はごめんね?」
両手を合わせ謝りながらテヘッ、と舌を出して笑うベアトリス。
こいつ、反省とかしないタイプか?
サフィアといいベアトリスといい、俺の周りにはどうしてこうも「劇物」が集まるのだろうか?
なんかこの先が不安になってきたぞ?
俺は憂いを帯びた顔でそんなことを考えていた。




