第1話 憧れの悪役令嬢に転生したけど、男と結婚は無理!
「――セレスティア。いつまで寝てるの?」
呆れを含んだ、凛とした声が鼓膜を叩いた。
重たい瞼を持ち上げると、目の前には一人の女子生徒が腕を組んで立っている。
意志の強そうな瞳に、勝気そうな口元。貴族の令嬢相手にも一歩も引かない強さを感じさせる。しかし見覚えがない。こんな知り合いいたか?
「……誰?」
「『誰?』じゃないわよ。もう授業終わったわよ。寝ぼけてるの?いつも偉そうにしてるくせに魔法史の授業中に居眠りなんて」
彼女の背後の黒板にはチョークで魔法陣が描かれ、天井からはシャンデリアが淡い光を落としている。
(……なんだここ?学校…?俺はいったい…)
寝ぼけた頭で周囲を見渡す。まるで見覚えがない教室のような場所。
ふと、窓ガラスに映る自分の姿に目を奪われた。
腰まで届く、夜空のような青髪。
宝石のように鋭く、冷たい光を宿した瞳。
…まてよ?さっきこの目の前の子は俺のことセレスティアって呼んでなかったか?
「おいあんた!鏡を持ってないか!?」
「はぁ?持ってるけど…なんなのよ急に…それにあたしには“あんた“じゃなくて“クレア“っていう名前があるんだけど?」
「いいから貸してくれ!」
そうして“クレア“という少女から手鏡を借り自分の姿を見る。
さっき窓ガラスに映っていた少女の姿が映っていた。間違いない。これが今の俺の姿だ。
『ふふ、だいぶ混乱していますね♪』
突如、脳内に鈴を転がしたような女の声が響いた。
周囲の誰とも違う、頭の中に直接染み込んでくるような声だ。
「ッ!?誰だ!」
「ちょっと!今度はなによ!」
クレアにはこの声が聞こえていないのか?
『いきなり大声出さないでくださいよ。クレアさんもびっくりしてるじゃないですか。私は女神エリス。貴方の頭の中に直接語りかけているので私の声はあなたにしか聞こえていませんよ』
(女神…エリス…?)
『はい♪貴方、前の世界で亡くなってしまいましたので、私の独断でこの世界に転生させていただきました♪……どうです? その体、貴方の理想通りでしょう?』
俺はもう一度、鏡に映る自分を見つめた。
指先一つまで完璧に作り込まれた、美しい身体。
吊り上がった目尻、冷徹さを感じさせる薄い唇。そして何より、この人を見下すような鋭い眼光!
まさに俺が憧れていた“悪女顔“だ!
『どうです?気に入っていただけましたか?前世のあなたは憧れてましたもんね?悪役令嬢に』
(お前なぜそれを!?)
『私は女神ですよ?なんでも知っているんです♪意外と暇なんですよ神って。だから私の暇つぶしに付き合ってください♪あなたのこと見守ってますから♪』
(そんな勝手な…)
『それでは悪役令嬢ライフを楽しんでくださいね♪』
(あ!おい!)
女神の気配がふっと遠のく。
状況を飲み込むよりも早く、教室の入り口がざわめいた。
「あの人…また来たのね…」
とクレアは呆れ、
「キャー!」
「クロード殿下よ!かっこいい!」
女子生徒たちが黄色い歓声を上げながら道を空け、一人の男子生徒が入ってくる。
「――セレスティア。ここにいたのか」
現れたのは、黄金の髪に碧眼を持つ美青年。クロード殿下とか呼ばれていたな。
その声は低く、落ち着いていて、有無を言わせぬ王者の風格がある。彼は俺……いや、セレスティアの前まで歩み寄ると、静かに片膝をついた。
「今日の夜会、僕のパートナーは君しかいないと考えている。……そろそろ、僕のプロポーズを受けてくれないか?」
洗練された所作で差し出される手。
教室中の女子生徒から黄色い悲鳴が上がる。
だが
(……は?)
俺の思考は冷え切っていた。
見た目は絶世の美女でも、中身は男だ。
目の前の男は確かにイケメンだが、男に口説かれてときめく趣味は持ち合わせていない。
(いきなりなんだこいつ…結婚?俺が?こいつと?……冗談じゃない。男と結婚なんて絶対に無理だ!)
背筋に寒気が走る。
そうだ!今の俺は悪役令嬢だ!悪役令嬢らしくスパッと断ってやる!
俺は優雅に微笑んだ。憧れの悪役令嬢になりきる。
「コホン――ごきげんよう、クロード殿下。皆様の前でずいぶんと情熱的ですこと」
(言えた……! 完璧な「ごきげんよう」だ……!やってみたかったんだこれ!)
「君への愛に、場所など関係ないさ。さあ、その手を僕に預けてほしい」
「……お断りしますわ」
「相変わらずつれないな。だが、君のそういう気高いところこそ僕の妃にふさわしい」
クロード殿下は余裕の笑みを崩さない。
これが大人の余裕というやつか。だが、このままでは外堀を埋められ、男の嫁にされてしまう。くそ、どうすれば断れるんだ。諦めてくれる気配がまったくないぞ。
(何か方法は…)
俺はこの状況を打破するために周囲を見回す。
そうだ、クレア!
「クレア!わたくしを助けなさい!」
「は?そんなお願いの仕方するやつを助けると思う?いつもの威勢はどうしたのよ」
「うぐっ」
いつもの威勢とか言われても…男に求婚されたことなんてあるわけないし断り方なんて…
焦る俺の視界の端に、教室の隅でひとりぼっちで本を読んでいる地味な女子生徒が映った。
茶色の髪に、小動物みたいに丸まった背中。
他の女生徒達とは違い殿下とやらには目もくれず自分の世界に没入している。
(あの子…そうだ!)
俺は秘策を思いつくと優雅に、しかし素早く殿下の横をすり抜けその女子生徒のもとへ歩み寄り肩をポンと叩く。
「失礼」
「えっ、ひゃっ、は、はいぃ!?」
驚く彼女に俺は小声で囁く。
(今はなにも言わず口裏を合わせてくださいまし。)
「へ…?」
そして俺は殿下の方を向く。
「殿下、諦めてくださいまし。わたくしには、心に決めた相手がおりますの」
そして俺は驚いて固まる彼女の肩をぐっと抱き寄せ、殿下に見せつけるように高らかに宣言した。
「わたくしは、この方とお付き合いをしておりますの!」




