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指輪よりオリハルコンの工具を渡された時、私は結婚を決めました  作者: 九葉(くずは)


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第5話 夜会でのダンスと機能性ドレス

「……戦闘装備バトルドレス、装着完了です」


私は鏡の前で、自身の姿を最終点検した。


今夜はラピス王宮主催の夜会。

オーナーであるルーカスからの業務命令だ。

「君のブランドの宣伝になる。広告塔として顔を売ってこい」とのこと。


私はミッドナイトブルーのドレスの裾を軽く持ち上げた。

装飾は最小限。

派手好きなガーネット王国の令嬢が見れば「喪服のよう」と笑うだろう。


だが、このドレスの本質は「中身スペック」にある。


まず、コルセット。

従来の骨組みによる拷問器具ではない。

形状記憶合金とスライム繊維を織り込んだ『オート・アジャスター・コルセット』だ。

呼吸に合わせて伸縮し、猫背になると背中を優しく加圧して姿勢を補正する。


次に、靴。

ヒール高7センチのパンプスだが、内部には『衝撃吸収ジェル』と『反重力術式(微弱)』を搭載。

履き心地は雲の上を歩くようであり、理論上はこのまま全力疾走も可能だ。


そして、ドレス全体に施された『恒常性維持結界』。

会場がサウナのようでも、私は常に適温で涼しい顔ができる。


「完璧です」


私は満足して眼鏡の位置を直した。

これなら、長時間の立食パーティーという名の苦行にも耐えられる。


コンコン。

アトリエのドアがノックされた。


「リリス。迎えに来た」


ドアを開けると、そこには正装したルーカスが立っていた。

息を呑む、とはこのことだろう。


黒の燕尾服に、私のドレスと同じ深い青色のタイとサッシュ。

夜空色の髪をオールバックにし、冷ややかな瞳がシャンデリアのように輝いている。

彼がそこにいるだけで、路地裏の空気が王宮に変わったようだった。


「……どうした? 変か?」


私が凝視していると、彼が眉を寄せた。


「いえ。貴方の外見的スペックが、想定値を上回っていたので。目の保養になります」


「……君な。そういう時は『素敵です』でいいんだ」


ルーカスは呆れたように笑い、私に手を差し出した。


「行くぞ。私の最高傑作をお披露目する時間だ」


「製品扱いしないでください」


私はその手を取った。

彼の手は大きく、温かい。

私の手には作業ダコがあるけれど、彼はそれを気にする様子もなく、しっかりと指を絡めてきた。


   ◇


王宮の大広間は、光の洪水だった。

数千本の魔導灯が輝き、楽団の調べが響く。


「ラピス第二王子、ルーカス殿下の御入場!」


扉が開く。

私たちが足を踏み入れた瞬間、会場の空気が変わった。


好奇心。羨望。そして――どよめき。


「殿下の隣……誰だ?」

「おい、見ろ。あのドレスの色」

「王家の『ラピス・ブルー』だぞ。まさか、婚約者か……!?」


ヒソヒソという声が、波のように押し寄せてくる。

なぜか皆、私のドレスの色を見て驚いているようだ。

(ああ、確かにルーカス様のネクタイと同じ色ですね。コーポレートカラーのようなものでしょうか)

私はそう解釈し、背筋を伸ばした。


(コルセットの加圧、正常。呼吸、安定)


物理的に守られている安心感。

私はルーカスの隣を堂々と歩いた。


「緊張しているか?」


ルーカスが耳元で囁く。


「いいえ。音響効果の分析をしていました。この広間、反響音が少し耳障りです。吸音材を入れるべきですね」


「……ははっ、君らしいな」


彼が喉を鳴らして笑ったので、周囲の女性たちが「あの氷の殿下が笑った!?」と悲鳴に近い声を上げた。


その時、楽団の曲調が変わった。

ワルツだ。


「踊るぞ、リリス」


「え、私が? 業務内容に含まれていませんが」


「宣伝と言っただろう。私のパートナーが『動ける』ことを証明しろ」


拒否権はないらしい。

彼は私の腰に手を回し、ホールの中央へとエスコートした。


一礼。そして、ステップ。


(……軽い)


踏み出した瞬間、私は感動した。

自分の靴の性能に、ではない。

ルーカスのリードにだ。

私の歩幅、体重移動、筋肉の動きを完全に予測し、最短距離で誘導してくる。

まるで精密機械のように正確で、かつ、流水のように滑らかだ。


「悪くない動きだ。ドレスの仕掛けか?」


ターンをしながら、彼が問う。


「はい。衝撃吸収率90%。貴方の足を間違って踏んでも、痛くない仕様です」


「それは安心だ。……なら、もっと近づいても安全だな?」


「え?」


ルーカスがニヤリと笑い、私をぐいと引き寄せた。

密着する体。

回転速度が上がる。


「ちょ、ルーカス様、遠心力が……!」


「計算通りだろ?」


普通の令嬢なら悲鳴を上げる速度だ。

けれど、私は踏ん張れる。

靴底のグリップ力と、コルセットの体幹サポート。

何より、ルーカスの腕が私を絶対に離さないという安心感。


くるくると回る景色の中で、彼の青い瞳だけが鮮明に見える。


「……っ」


顔が近い。

整った鼻筋。長い睫毛。

私を見つめる瞳の奥に、熱い色が揺らめいている。


ドクン、と心臓が大きく跳ねた。


(警告。心拍数上昇。120、130……)


息が上がる。

機能性ドレスの冷却機能が追いつかないほど、顔が熱い。

これは運動負荷のせい?

それとも、彼の手の温度のせい?


「リリス。君は魔法のようだ」


音楽がクライマックスを迎える中、彼が吐息混じりに囁いた。


「飾り気はないが、誰よりも機能的で……美しい」


その言葉が、脳髄に響く。

私は言葉を返せなかった。

ただ、彼に合わせてステップを踏むことしかできない。


曲が終わる。

静止した瞬間、会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

「素晴らしい!」「なんと優雅な!」

称賛の嵐だ。実力(と装備)で黙らせる。それは私の好きなやり方だ。


「……疲れました」


私は小さく息を吐いた。

精神的な疲労がすごい。


「よくやった。少し涼もう」


ルーカスは満足げに私の手を取り、テラス側の窓辺へと向かった。


夜風が心地よい。

私は手すりにもたれかかり、火照った頬を冷やした。

まだ心臓がうるさい。不整脈かもしれない。帰ったら自作の心電計で測ろう。


「……ん?」


ふと、視線を感じた。

テラスの向こう、庭園へと続く石段の影に、一人の男が立っていた。

夜会服を着ているが、胸には見覚えのある赤い紋章のピンをつけている。


(あの紋章……ガーネット王国?)


私は何気ない動作で、眼鏡のツルをタップした。

『望遠モード』起動。

レンズがズームされ、暗闇の中の男の顔が鮮明になる。


「……あ」


見覚えがある。

実家のアークライト男爵家によく出入りしていた、外交官の男だ。

彼は私を凝視し、信じられないものを見たという顔で口を開けていた。


『ま、まさか……あいつは、男爵家の無能な娘……?』


唇の動きがそう読めた。

男は青ざめた顔で、懐から通信用の魔道具を取り出そうとしている。


「どうした?」


ルーカスが私の視線を追おうとする。


「いえ……害虫・・がいたようです」


私は眼鏡のモードを解除し、冷静に答えた。

せっかくの成功体験に、過去の因縁を持ち込みたくなかった。


「害虫? 駆除するか?」


「必要ありません。ただの迷い込んだ虫です」


私は嘘をついた。

けれど、嫌な予感が背筋を走る。

私の居場所が、ガーネット王国側にバレた。

あの男の反応を見るに、ただでは済まないだろう。


「……そろそろ帰りましょうか、ルーカス様」


「ああ。送ろう」


私はドレスの裾を握りしめた。

私の平穏な研究ライフに、また面倒なノイズが混じろうとしている。

その予兆を、私は確かに感じ取っていた。

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