第10話 プロポーズは最高の魔道具と共に
「……準備はいいか、リリス」
王宮の大広間。その巨大な扉の前で、ルーカスが私の手を取った。
今夜の彼は、正装の軍服に身を包んでいる。
胸元には王家の紋章、腰には儀礼用の剣。
その姿は、冷徹な支配者であり、私を守る最強防壁でもあった。
「いつでもどうぞ。心拍数、正常。ドレスの出力も安定しています」
私は深呼吸をして、隣に並んだ。
今夜のドレスは、純白に近いシルバーブルー。
ラピス特産の「光織り(ライトウィーブ)」という生地だ。
動くたびに微弱な魔力が粒子となって輝き、まるで星空を纏っているように見えるらしい。
機能性も抜群で、自動温度調整に加え、精神安定を促す微弱電流も流れている。
「行くぞ。……君の晴れ舞台だ」
重厚な扉が開く。
光と音楽、そして数百人の視線が私たちを迎えた。
前回のような陰口はない。
あるのは、畏怖と、純粋な賞賛。
アトリエ・リリスの名は、既にこの国の貴族たちにとって「美と機能の象徴」となっていたからだ。
私たちはホールの最奥、玉座の前まで進み、国王陛下に一礼した。
その時だった。
「待て! その女に騙されるな!」
空気を読まない怒号が響いた。
群衆が割れ、場違いな二人組が転がり込んできた。
レイモンドとマリアンヌだ。
昨日の泥だらけの服ではなく、どこかで調達した(おそらく闇金で買った)派手な夜会服を着ているが、その目は血走り、品性の欠片もない。
近衛騎士が動こうとするが、ルーカスが手で制した。
「通せ。……今夜の『余興』だ」
その一言で、騎士たちが道を空ける。
やはり、わざと通したのか。性格が悪い(褒め言葉)。
「ふん、やっと会えたなリリス! お前は弱みを握られているんだろう!」
レイモンドは勝ち誇った顔で私を指差した。
多くの貴族が見守る中、彼は高らかに宣言する。
「昨夜、僕が送った『使者』がお前を確保したはずだ! 今頃、お前の大事な設計図は灰になっている頃かな? さあ、ここで土下座して謝るなら、慈悲を与えてやってもいいぞ!」
会場がざわめく。
「使者」という言葉に、敏感な貴族たちが眉をひそめた。
公衆の面前での犯罪自白。
愚かさの極みだ。
私は眼鏡のブリッジを押し上げ、憐れむような溜息をついた。
「レイモンド様。情報の更新が遅すぎます。回線速度に問題があるのでは?」
「な、何だと?」
「ルーカス様。プレゼンの時間です」
「ああ」
ルーカスが指を鳴らす。
会場の壁面に、巨大な魔法陣が展開された。
光属性の高等魔術『幻影投影』だ。
「解像度が低いですね。もっと画素数を……」
「黙って見ていろ」
空中に映し出されたのは、アトリエの床で斜めに固まり、粘着液にまみれて白目を剥いている「使者」の無様な姿。
そして、尋問官の前で「ガーネットの貴族に金で雇われた」「リリス嬢の誘拐を命じられた」とペラペラ自白する映像。
「な……う、嘘だ……!」
マリアンヌが顔面蒼白で崩れ落ちる。
レイモンドは口をパクパクさせ、後ずさった。
「あの『掃除屋』が、失敗した……?」
「殺人教唆、誘拐未遂、および産業スパイ行為」
ルーカスが一歩踏み出す。
その威圧感だけで、レイモンドが尻餅をついた。
「我が国の最重要機密に対し、これほどの狼藉。……万死に値する」
「ち、違う! これは誤解で……僕はただ、元婚約者を迎えに……!」
「連れて行け。……二度と、私の視界に入れるな」
ルーカスの氷のような命令一下。
騎士たちが二人を両脇から抱え上げた。
「嫌ぁ! 離して! 私は悪くないのよ! お兄様のせいよ!」
「リリス! 助けてくれ! 僕たちは愛し合っていたじゃないか! やり直そう!」
引きずられていくレイモンドが、私に手を伸ばす。
私はその手を、冷ややかに見送った。
「申し訳ありませんが、当店は『修理不可』の品は引き取らない主義ですので」
「リリスゥゥゥッ……!!」
扉の向こうへ消えていく絶叫。
それは、私の過去との完全な決別を告げる音だった。
胸のつかえが取れ、呼吸が楽になる。
ああ、これでやっと、心置きなく研究に没頭できる。
◇
騒ぎが収まり、会場が再び静寂に包まれると、ルーカスが私の手を引いた。
「行こう。ここからは、私たちだけの時間だ」
連れてこられたのは、王宮の大バルコニー。
眼下には、王都サファイアガルドの街並みが広がっている。
今は深夜。街は暗闇に沈んでいるが、大勢の市民が広場に集まっているのが見えた。
「リリス。君が開発した『恒久魔力ライト』。設置が完了したそうだ」
「ええ。理論上、魔石交換なしで100年は稼働します。維持費はほぼゼロです」
「素晴らしい。……では、スイッチを入れてくれ」
ルーカスが手渡してきたのは、小さな魔石の起動スイッチ。
私は彼と目を合わせ、頷いた。
「点灯」
カチリ。
スイッチを押した瞬間。
ボウッ……!
王都のメインストリートから、光の波が広がった。
一つ、また一つ。
青白い美しい光が、血管のように街全体に行き渡っていく。
暗かった路地裏も、広場も、全てが優しい光に包まれた。
まるで、星空が地上に降りてきたような光景。
「おおおおおっ!!」
市民たちの歓声が、風に乗ってここまで届く。
「綺麗……」
私の技術が、この国を照らしている。
その事実に、胸がいっぱいになった。
「リリス」
彼が私の肩を回し、向き合わせた。
月光と街灯の光を受けて、彼のサファイアの瞳が揺れている。
「君に、渡したいものがある」
彼が懐から取り出したのは、指輪のケース……ではなかった。
長方形の、重厚な革張りの箱だ。
「……これは?」
「開けてみてくれ」
パカッ。
箱を開けた瞬間、私は息を呑んだ。
そこに入っていたのは、宝石ではない。
銀色に鈍く、しかし力強く輝く、大小様々な「精密工具セット」だった。
ドライバー、ピンセット、レンチ、ニッパー。
その全てが、伝説の金属『オリハルコン』で作られ、柄の部分には王家の紋章と小さなサファイアが埋め込まれている。
「こ、これ……! 純度99%のオリハルコン製ゼロ番ドライバー!? これ一本で小国が買えるほどの……!」
「特注だ。世界最高のドワーフ職人に作らせた」
ルーカスはその場に片膝をついた。
プロポーズの姿勢だ。
手には指輪ではなく、工具箱。
バルコニーの下で見守っていた貴族たちから、「えっ、工具?」「指輪じゃないの?」という困惑のざわめきが聞こえる。
けれど、私にとっては――どんなダイヤモンドよりも輝いて見えた。
彼は分かっているのだ。
私が何を愛し、何を大切にし、どう生きたいのかを。
「リリス・アークライト」
彼は真剣な眼差しで、私を見上げた。
「私は、君の才能を愛している。君の作る機能美を、その合理的な思考を、そして何より……油にまみれて研究に没頭する君の横顔を、誰よりも愛している」
「……ルーカス様」
「この工具で、この国を……いや、私の人生を、一生かけてメンテナンスしてくれないか?」
彼は私の手を取り、オリハルコンのドライバーを握らせた。
「君の隣が、私の最適解だ。……結婚してくれ」
涙が溢れた。
「愛している」と言われるより、「メンテナンスしてくれ」と言われる方が、私には何倍も響く。
これは、技術者に対するこれ以上ない賛辞であり、愛の契約だ。
私は涙を拭い、眼鏡の位置を直した。
最高の契約に、最高の回答で答えるために。
「……承知いたしました」
私はドライバーを胸に抱き、彼に微笑みかけた。
「貴方は耐久性、出力、顔面偏差値、全てにおいて私の想定を上回るハイスペックな存在です。……私の人生に、貴方以上のパートナーは計算できません」
「それは……『イエス』ということでいいのか?」
「はい。喜んで、貴方の専属メンテナンス技師になります」
ルーカスが立ち上がり、私を強く抱きしめた。
その瞬間、下から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
工具だろうが何だろうが、幸せそうな私たちの姿が、すべてを納得させたらしい。
「愛している、リリス」
「私もです、ルーカス様。……あ、でも」
キスをしようと顔を近づけた彼に、私は一つだけ確認した。
「この工具セット、研究費とは別枠ですよね?」
「……っ、ははは!」
ルーカスが吹き出し、私の唇を塞いだ。
「ああ、別枠だ! 一生、君の研究には金を惜しまない。約束する!」
光に包まれた王都。
私の薬指には指輪の代わりに、工具ダコと彼の体温が残っている。
「君は飾り気がないね」と捨てられた私。
けれど今、私は世界で一番輝く場所で、最高の理解者と共にいる。
これこそが、私が自分の手で、技術で、意思で勝ち取った――ハッピーエンドだ。
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