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指輪よりオリハルコンの工具を渡された時、私は結婚を決めました  作者: 九葉(くずは)


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第1話 婚約破棄と旅立ちの荷造り

「リリス・アークライト! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」


ガーネット王国の王城。

シャンデリアの光が降り注ぐ大広間で、婚約者レイモンドの声が響いた。


楽団の演奏が止まる。

ダンスの輪が解け、数百の視線が、一斉に私へと集中する。


レイモンドの隣には、義妹のマリアンヌが寄り添っていた。

扇で口元を隠しているが、その目は三日月のように細められている。

勝ち誇った笑みだ。


「理由は分かっているな? リリス、お前には華がない! 愛嬌もない! 男を立てる可愛げもない!」


レイモンドが突きつけた指先が、小刻みに震えている。

怒りか、それとも演出による興奮か。


私は手元のグラスを、近くの給仕のトレイに置いた。

音を立てないように。慎重に。

そして、ドレスの皺を伸ばして彼を直視する。


「……つまり、性格の不一致および、マリアンヌへの心変わりが理由ということでよろしいですね?」


「なっ……貴様、なんだその態度は! もっとこう、泣くとか詫びるとか……!」


「事実確認をしたまでです。婚約破棄の件、謹んでお受けいたします」


私は頭の中で、素早く計算式を走らせる。


婚約期間は三年。

その間の私の労働対価(魔道具メンテナンス費)。

彼がマリアンヌに横流しした私の実家の予算。

そして、一方的な破棄による慰謝料。


採算は取れる。


「つきましては、契約書第14条に基づき、違約金の手続きに入らせていただきます。書類は明日、代理人を通して送りますので」


「は……?」


レイモンドが口を開けたまま固まった。

隣のマリアンヌも、扇を落としそうになっている。


周囲の貴族たちがざわめき始める。

「強がりだわ」「ショックで感情が麻痺しているのね」


とんでもない。

私の心拍数は平常値(65BPM)。

むしろ、無意味な社交から解放される安堵で、副交感神経が優位になっている。


「では、私は荷造りがありますので。失礼いたします」


角度三十度の完璧なカーテシーを一回。

私は踵を返し、一度も振り返ることなく会場を後にした。


   ◇


馬車に揺られ、アークライト男爵邸に戻ったのは深夜だった。


「お姉様、残念でしたわねぇ!」


一足先に帰宅していたマリアンヌが、玄関ホールで待ち構えていた。

背後には、顔を真っ赤にした父と継母の姿もある。


「恥さらしめ! この穀潰しが!」


父の怒号とともに、酒の臭いが漂ってきた。


「今日限りで出て行け! お前のような可愛げのない娘は、どこかの修道院にでも入って反省するがいい!」


「そうですか。分かりました」


「なっ……!?」


父が言葉を詰まらせる。

私が泣いて縋るとでも思ったのだろうか。


残念ながら、この家への未練は皆無だ。

あるのは、私が投資した「機材」への執着だけ。


「では、すぐに出て行きます。ごきげんよう」


「ま、待ちなさい! 着の身着のままで放り出されたいの!?」


マリアンヌの嘲笑を背中で受け流し、私は階段を上る。

自室のドアを開ける。


そこは、私の城だった。


壁一面の工具棚。

部屋の中央に鎮座する作業台。

床には描きかけの設計図と、高純度の魔導回路素材。


「……さて」


私は腰に提げていた、使い古した革のポーチを開いた。

オイルの染みがついた、汚いポーチだ。

マリアンヌなら手で触れることすら嫌がるだろう。


だが、これこそが私の最高傑作。

『空間拡張術式・改』を組み込んだ、四次元ツールポーチだ。


「回収開始、です」


作業台に手を触れる。

一瞬で、巨大な机が空間の歪みに吸い込まれ、ポーチの中に消えた。


次は工具棚。

精密ドライバー、魔力測定器、ミスリル銀のインゴット。

私の給金の大半をつぎ込んで集めた、愛しい相棒たち。


全て、私個人の資産だ。

一本のネジたりとも置いていくつもりはない。

十分も経たないうちに、部屋は空っぽになった。


「よし。次はインフラですね」


私は部屋の隅にある、通気口パネルを開けた。

そこには、拳大の青い魔石が嵌め込まれている。


独自設計した『全館空調管理システム』の制御コアだ。

この屋敷は断熱性が皆無に近い。

夏は蒸し風呂、冬は極寒。

それをこの魔石一つで、年中快適な温度と湿度に保っていた。


「市場価格で金貨50枚分。置いていく理由がありません」


カチリ、と音を立てて魔石を外す。

空気が淀み、循環が止まった。


さらに、廊下に出て照明器具のカバーを外す。

ここにも、私が開発した『高効率発光素子』が入っている。

これがないと、この屋敷の照明は薄暗い松明レベルに戻ってしまう。


「回収。回収。あ、これも」


給湯システムの加熱ユニット。

害虫駆除の結界発生装置。

トイレの自動洗浄モジュール。


「お姉様? 何をして……きゃっ!?」


廊下を歩いていたマリアンヌが、消えた明かりに悲鳴を上げた。


「あら、ごめんなさい。魔石が切れたみたいね」


嘘ではない。

私が供給源を回収したのだから。


「もう、不便ねぇ! 明日、新しい人を雇って交換させなさいよ!」


「そうね、それがいいわ」


私は暗闇の中で口角を上げた。


残念ながら、私の魔道具は特殊な周波数でリンクしている。

市販の魔石を適当に嵌めても動かない。

それどころか、既存の配管は私が魔改造してしまっているため、普通の職人が触れば回路がショートするだろう。


「お世話になりました」


誰にともなく呟き、私は裏口から屋敷を出た。


   ◇


空が白み始めていた。


予約していた辻馬車が、裏通りの角で待っている。

御者に金貨を一枚渡す。


「行き先は?」


「北へ。国境を越えて、ラピス王国まで」


「へえ、技術の国かい。若い娘さんが一人で珍しいね」


「ええ。……就職活動に行くんですよ」


私は汚れたポーチを愛おしげに撫でた。

中には、私の全財産と、これまでの研究成果が詰まっている。


ガーネット王国での生活は、息苦しかった。

「女が工具を持つな」「魔法は優雅であるべきだ」

そんな価値観に縛られ、隠れて開発を続ける日々。


けれど、今日からは違う。


ラピス王国。

実力主義の技術大国。

あそこなら、私のこの技術を正当に評価してくれる。


「出して」


馬車が動き出す。

車輪の音が、新しい人生へのファンファーレのように聞こえた。


遠ざかる王都。

その一角にある男爵邸で、今頃、急激に室温が上がり始めていることに、彼らはまだ気づいていない。


「……あ」


一つだけ、懸念事項を思い出した。

風呂場の『自動湯張り機』だ。


給水弁の制御も、先ほど回収した魔石で行っていた。

制御波が消えた今、弁は物理的な水圧に負けて「常時開放」の状態になっているはずだ。


「まあ、屋敷の排水能力を超えて浸水するでしょうけど……構造上の欠陥ですね」


私は眼鏡の位置を直し、前を向いた。

既に私の管理下を離れた物件だ。

今の私には、関係のない話である。


これからの旅路と、未知なる研究の日々を思って、私の胸は期待で高鳴っていた。

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