いつか、きっと……
運営から許可を得てアクセス不能の旧アカからコピペしました。
ガラケー用に書いたため、かなり間延びしていますし、句点で行を変えたり、行頭明けしなかったりといろいろおかしな点もありますが、後々連載形式にして、2話目に加筆訂正版を持っていくつもりです。
シシャハツキエカエル
ナラバツタエテモラオウ
アタシノ……コノキモチヲ
【いつか、きっと……。】
午前中の学校。
そこは、賑やかな歓声に包まれた、明るい世界。
その中にも、暗黒のオーラを身に纏った存在はいくつか有る。
折笠千鶴もまた、恋人を事故で失ったショックによりドス黒いオーラを纏う者の一人となっていた。
ドス黒いオーラは、周りの空気をも黒く染めあげてしまう。
「いつまでもいじけてたってしょうがないよ?
死んじゃったもんはどうにもならないんだから。
忘れろとまでは言わないけどさ、あんまり【会いたい】とか思ってると、透流くん、ちゃんと月に還れなくなっちゃうよ?」
あまりにも暗い雰囲気に堪えかねたのか、横から千鶴に喝を入れてきたのは米村明日香。
幼稚園児から高校三年生までずっと友人として千鶴と付き合っている。
「……、そうだったね。
あたしの想いがトオルを現世に縛り付けるんだっけ……。
でも無理だよ、会えなきゃ踏ん切りつかないもん!
だって、ちゃんと【サヨナラ】もしてないんだよ!?」
溜め込んでいた気持ちが、涙と言葉に形を変え、滝のように溢れ出る。
この想いが、しっかりと明日香に伝わったのかどうかは解らない。
解らないが、彼女は暫く考えた後、深い溜め息をついてこう切り返してきた。
「大丈夫。
千鶴のありがとうやサヨナラは、しっかりと心に思い浮かべながらお線香手向けたら、その煙が必ず、月まで想いを届けてくれるから!
お線香ってね、そのために手向けるんだよ」
と。
だからもう、泣かないでよという言葉は、口からではなく涙を流さず泣いているかのような、悲しげな瞳が物語っていた。
明日香は、お寺の娘だ。
彼女が提供する葬祭情報は、それだけ、信憑性がある。
【死者は月へ還る】
【煙が死者や残された者達の想いを月へ送る】
明日香がもたらしたこの二つの情報が、たった今、千鶴の中に真実としてインプットされた。
夜の学校。
昼の賑わいとはうって変わった身の毛もよだつ程の恐怖を内包した無音に近い静寂と、感覚が麻痺していまいそうなおぞましいほの暗さが支配する、闇の世界。
千鶴は、その暗黒世界の入り口で明日香と待ち合わせをしていた。
「ごめーん!
待った!?」
待ち合わせの時間より、二十分遅い。
だが、正直そんなことを気にしている余裕は全く無かった。
来ないでほしい、そんな気持ちも抱いていたが、来てしまったものは仕方がない。
予定通り、お願いすることにした。
「あのさ、ちょっと学校、入ろっか」
との千鶴の提案に、明日香は少しばかり、目付きで抵抗してくる。
夜の学校は暗黒世界だ。
それも無理は無い。
だが、
「お願い!
絶対邪魔の入らないところでじっくり話を聞いて欲しいの!」
と涙目で訴えてくる親友に、ついに明日香は
「はいはい、解ったわよ。
話でも愚痴でも泣き言でも、何でも聞いてあげるわよ」
優しげな苦笑いを浮かべながら、こう応える。
こう応えてしまったのだ。
千鶴がお願いをする場所に選んだのは、体育館だった。
教員は全て帰宅しており、経費節減のためと称して警備員も雇っていない。
職員室の外側まで移動して、鍵近くの窓にガムテープを張り付け、そこを、小石で思い切り叩く。
砕かれたガラスはガムテープに張り付いたまま、まるで宝石のように月明かりを反射させ、澄んだ輝きを放っていた。
「ちょっ……、あんた、大丈夫なの!?」
うろたえる明日香を尻目に千鶴は開錠して、開け放った窓から職員室へと侵入する。
「ごめん、びっくりした?
ちょっと、体育館の鍵取って来るからそこで待ってて」
片手を垂直に顔の前で立て、片目を閉じながら千鶴が指示を出す。
鍵保管ケースから【体育館】の札がついているものを見付だし、
《シシャハツキエカエル》
それをジーンズのポケットに押し込み、
《ナラバ、ツタエテモラオウ》
明日香の元へと舞い戻っていく。
外に待機していた明日香に侵入を促す。
始めは躊躇していたが、渋々といった様子で不法侵入の共犯者となってくれた。
体育館までの道のり、それは決して長いものではない。
だが、たったの四、五百mがとてつもなく長い道のりに思えて仕方がない。
それは、この深遠なる闇に由るものなのか、はたまた、自分自身の理性に由るものなのかは、千鶴にも区別することはできなかった。
職員室から一直線に続く体育館までの道のり。
白く塗られている壁が、二人を押し挟むかのような場違いな白さを放ち、徐に佇んでいる。
それはまるで、明日香との思い出を映し出す巨大なスクリーンのようだった。
《シシャハツキエカエル》
静寂が支配する世界に二人の足音が死刑台に赴く囚人の足音のように、固く、冷たく、重く乱反射している。
《ナラバ、ツタエテモラオウ》
何者が存在することも許さない絶対的な【無】の世界、ブラックホールを連想させる暗闇が、なんの容赦もなく二人を包み込む。
《アタシノ……、コノキモチヲ》
体育館の扉が行く手を阻む位置までようやく辿り着き、千鶴が鍵を差し込み、開錠する。
「いつか、きっと……。」
この言葉を、明日香はどう受けたのだろう。
おそらくは、千鶴の意図した通りには受けていない筈だ。
「入って」
千鶴が、明日香に促す。
いよいよ、願い事を切り出さねばならない。
今まで築き上げてきた二人の関係、積み重ねてきた時間、それら全てを清算してでも頼まなければならない。
考え抜いた末に、辿り着いてしまった結論。
それは、こういうものだった。
「死者は月へ還る」
千鶴が呟いた切那、明日香の太股にナイフが食い込んでいた。
悲鳴をあげ、重たい音を発てて床に座り込む。
その尻の下には、闇によって色を奪われたドス黒い海が瞬く間に広がっていく。
逃げるどころか、身動き一つとれなくなった明日香に、
「じゃあ、誰かに月のトオルに会いに行ってもらって……」
呪文の様に小声で囁きながら、千鶴が近付いていく。
「なっ、なんなの!?
なにすんのよ!
あたしがなにしたっていうのォ!!」
明日香が何かを必死に泣き喚いている。
なにした?
別に何もされてはいない。
それどころか、いろいろ助けてもらって感謝すらしている。
だから千鶴は、今回も助けてもらおうと思ったのだ。
明日香は親友なんだから、あたしのために喜んで月に行ってくれる、そう判断したのである。
「あたしの気持ちをトオルに伝えて来て欲しいの……」
いよいよお願いをする段階に入ってきた。
明日香は止めてよ、助けてよと喚き散らしながら、少しずつ後ろへと移動していく。
「いつか、きっとあたしも月に行くから、その時までずっと待っててねって……」
言伝の内容をしっかりと噛み締めながら、千鶴は後ずさる明日香との距離を軽々と詰めてしまう。
明日香の喚き声は、来るな、寄るなに変化している。
どうやら、その存在自体が禍禍しく思えてきたらしい。
もはや二人の間に十五年間で築きあげてきた友情は、塵程も無くなっていた
「そしてその時こそ、今度こそ一つに結ばれようねって……」
離されては詰め、離されては詰めを繰り返しているため、距離自体は全く詰まっていない。
だがそれも千鶴にとっては計算のうちだった。
言いたいことを伝える時間の余裕。
それがどうしても必要なのである。
このまま距離が詰まらないのでは、ただの鼬ごっこである。
だが、ここは屋内だ。
屋内である以上は、必ずそこには明日香の生きる道を完全に塞いでしまう壁という限界点が存在する。
そこに到達すると同時に明日香は、
「誰か、助けてぇぇぇぇ!!」
という一際大きく、甲高く、力強い裏声を張り上げた。
太股の刺創によるドス黒い海とは別に、股間から闇によって色を奪われた透明な海が、新たに広がり始める。
その新たなる海の成分が何であるのかを気にも留めず、千鶴はその中に歩を進め、目の高さを明日香に合わせて恐怖に歪んだ目を見据えながら、
「必ずそう伝えて来てね。
そして、絶対にあたしのところに報告に戻ってきて。
お願いだよ」
と願い事を言い切る。
それと同時に千鶴が左手に持つナイフは、明日香の胸の谷間に柄まで食い込んでいた。
「ああぁあぁあぁぁぁ……、……、……」
抑揚の支離滅裂な喚き声の後に訪れた沈黙、静寂、無音。
それは、米村明日香の命が完全に喪われたことを表している。
まだ足りない。
明日香を月に送るための儀式はまだ終わらない。
確実に送り届けるためには、煙が必要なのだ。
そのための用意も抜かりはない。
まずは、明日香をグラウンドの中央まで連れて行く。
その重みは、前に捻挫をしたときにおぶってあげた時とは比べ物にならない程重く、死してなお儀式を妨害すべく抵抗しているかのようだ。
全身から汗を吹き出しながらやっとのことで明日香をグラウンドまで連れていく。
そして、明日香の着ているナイロンの服のもとに、
持参したマッチに火をともして、置いた。
燃え易いナイロンは、みるみるうちに紅い陽炎を立ち上らせ、明日香の体から蒸発音と悪臭を発生させる。
遺体を包み込む炎は瞬く間にその勢いを増し、天高く舞い上がる紅い天馬となっていた。
その様子をみて、千鶴は明日香が月へいったことを、確信した。
あれから一週間。
警察は毎日来るのに、明日香は全く来てくれない。
約束を破られたのだろうか。
そんな心配が千鶴を新たなる儀式へと駆り立ててしまう。
そうだ、お願いなんてなまっちょろい事してたから駄目なんだ。
相手を完全に服従させて、命令しないと駄目なんだ。
千鶴の壊れた思考回路は、このような儀式改悪案を導き出してしまった。
儀式の犠に選んだのは、部活の後輩高波夏子。
部内で一番千鶴を慕っているだけに、陥れ易いと判断したのだ。
異性との愛情の前では、同性との友情など愛情の育み方を学ぶための踏み台でしかない、それが千鶴の価値観なのである。
犠を確保するための悪魔のツールに手をかける。
軽快なヒップホップがツールの奥から聞こえてくる。
余りにも場違いなBGMが途切れ、ツールの奥の音声が、夏子の、
「もしもしぃ、高波です」
という間の抜けた声に変わった。
「あ、高波?
今日さ、泊まりに行っていいかな」
厳密には、いたぶり殺して、燃やしに行っていいかな。
なのだが、そんなことはどうしたって言えない。
「あぁ、どうぞどうぞ。
最近少し元気無かったから心配だったんですよぉ。
少しでも元気出してもらえるおもてなし、考えときますね!」
受話器の向こうで夏子がとても嬉しそうにはしゃいでいる。
殺してしまうには偲び無いが、透流との愛を成就させるには止む無いことなのだ。
午後十時。
千鶴は夏子のアパートの玄関前にいた。
本来女子高生がこんな時間に女子高生の家の前にいるなどという状況はほぼ有り得ないものであるのだろうが、そこは、お互いアパートで独り暮らしの身である。
誰も、咎める者はなかった。
千鶴の指先が、一小節にも満たない夏子へのレクイエムを奏でる。
その調べに導かれた夏子が満面の笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「お待たせしましたぁ!
あれ?
先輩、いつになく真っ黒いですねえ」
返り血対策のための、黒ずくめファッションに、驚きの声をあげている。
「今更なにいってんのよ、あたしが黒いのはいつものことでしょ」
「でも、いつもはピンポイントで白とか黄色とかが混じってるじゃないですか」
なにやら、ファッション談義に花が咲きそうな雰囲気だ。
女同士でこの手の話題に突入すると、なかなか話題を変えずらくなる。
「とりあえず、上がっていい?」
と、話の腰を折っておく。
「そうですね。
どうぞ上がってください。
今夜はねぇ、一口で元気が出ちゃうご馳走、腕に頼をかけて、いっぱい作っちゃいますよ!」
どうやら、料理によって千鶴をもてなしてくれるつもりらしい。
確かに、夏子の料理は美味い。
いつも、
「試しに作ってみたんです」
と言って出してくる料理でさえ、レストラン級に美味かった。
その夏子が、腕に頼をかけるという。
正直、期待に胸が膨らんだ。
だが、駄目なのである。
そんなもてなしを受けてしまえば、気持ちが揺らいでしまうかもしれない。
どうしても、料理が出てくる前に儀式を行わなければ……。
「じゃあ、そこ座って待っててくださいね」
早速準備に取り掛かろうとしている夏子を、
「ちょっと相談に乗ってほしいことあるんだけど……、こっちでちゃんと聞いてくれるかな……」
と牽制してみる。
「はーい。
先輩の頼みとあらば、この高波、渓谷に渡されたほそーいロープの上にだって乗って見せますよぉ!」
乗ってきた。
《シシャハツキエカエル》
夏子は台所から踵を返し、屈託の無い笑顔を浮かべて千鶴に向かっていく。
《ナラバ、ツタエテモラオウ》
そして、今まで見せたことのないような真剣な眼差しを向け、
《アタシノ……、コノキモチヲ》
「何でも相談しちゃってください」
夏子調で言いながら、顔を近付けてくる。
「いつか、きっと……」
千鶴がそう呟くと同時に、夏子の体が宙に浮いた。
当然、人体が自力で浮かぶ筈もなく、首には、千鶴の両手が支点として存在している。
いわゆる、首吊りだ。
がっだのはぁだのとか細い鳴き声を洩らしながら、信じ難い力で両足を振り回し、両手で千鶴の手首付近を握り絞めている。
千鶴もかなり痛い目をみていたが、夏子は呼吸が停止している。
どちらが先に折れるか、根比べの始まりだ。
千鶴の手首がミシミシと悲鳴をあげる。
夏子の体もピクピクと痙攣を始める。
両者が繰り広げた短期決戦は、白眼を剥いて、両手両足をぶらりと垂らした夏子の敗北をもって、決着した。
失禁が無いため、まだ息があると判断出来る夏子を床に投げ捨て、鋏を求めて家捜しを始める。
「有った有った。
これで、征服できるかな……」
千鶴は夏子の元へと向かう。
夏子は、失神から覚め、空気を貪っているところだった。
千鶴に気付いた夏子が尻をついたまま、壁際までカサカサと後ずさっていく。
そして、自らを追い詰めてしまった彼女は、
「何すんですか!
あたしがなにしたっていうんですか!」
と喚くのだ。
「へぇ、みんななにしたって訊くんだ。
勉強になったわぁ。
高波はなにも悪くないの。
ただ、簡単に近付けて、すんなり征服できるって思っただけ」
「なんですかそれぇ!!」
夏子が喚き散らすのも無理は無い。
なにやらさっぱり理解できない理由に由って、殺害されようとしているのだ。
千鶴が、壁に張り付きながら突き出した両腕を不規則に振り回し、モゾモゾと脚を伸縮させている夏子の髪を、腕の動きをかいくぐって鷲掴みにし、それを思い切り引っ張って無理矢理立ち上がらせる。
「痛いー!!」
叫んで訴える夏子に、
「そんなの少しも気にならないぐらい、もっと痛い事してあげるから、心配要らないわよ」
と返して恐怖を煽る。
とにかく夏子には、怯えてもらわなくては困るのだ。
なおも泣き喚く夏子の口元に、探し当てた鋏をあてがう。
「口裂け女にしてやる」
そう呟くと同時に、右頬にあてがった鋏に力を込めた。
ブチブチブチブチッ……。
おぞましい音を発てて、頬の肉が裂かれていく。
鋏が通った跡からは、赤いしぶきが噴出し、そこそこ美形な夏子の顔を赤く緋く、染めあげていく。
「ひいっ、ひぃ……、ひぃぃいぃ……」
余りの痛みに、まともな悲鳴もあがらないようだ。
「どう、痛い?
こんなに痛い目に遭わせるあたしが怖い?」
返事が来るとはとても思えないが、一応訊いてみる。
「た……すけて……くだ……さい……」
返事がきた。
間違い無く、へり下っている。
命令を出してみることにした。
「じゃあね、あたしの言うこと聞いてくれる?」
「聞きます聞きます、先輩の言うことなら……、人殺しだって……、しますぅぅ……」
征服できたようだ。
「あのね、月に行って来て欲しいの」
夏子は、怯えきった目を極限まで見開いた。
もはや、眼球が飛び出してしまいそうだ。
「そんなとこ……、どうやったら行けるんですか……」
消え入るようなか細い声で疑問を投げ付けてくる。
「簡単だよ。
死ねば行けるの」
この答えに対する夏子の反応は、
「たっ、たすけて……、ひとごろしぃぃ……」
というものだった。
まだ恐怖と痛みが足りない。
そうだ。
せめて、おしっこ洩らす程度にはいたぶっておかないと……。
この結論に達した狂人を止める術は、もう殺害するしかない。
だが、ここには、それを行い得る者は誰一人、居なかった。
満足な返答を得られなかった千鶴は、さらに攻撃を加えるべく逆の頬にも鋏をあてがい、先程と同様に耳元まで裂く。
「痛い……、痛い……」
発する言葉から、完全に力が失われている。
体がジワジワと死んできているようだ。
このままだと命令できなくなってしまう。
攻撃を一旦中断し、また問い掛ける。
「どう?
行ってくれる気になった?」
「しにた……く……な…………い」
駄目だ。
「聞き分けの無いこと言う口だわね……。
そんな口、引っ剥がしてやる」
言うと同時に、頭から右手を離し、下唇を両手で鷲掴みにして、力任せに下へと動かす。
その結果、夏子の下唇と顎の肉は、顔から完全に分離され、それが張り付いていた場所は、数きれの筋がこびり付いている白い骨が剥き出しとなっていた。
「……、……、……」
このレベルの重傷を負わされても、声一つあげない。
死んでしまったのだろうか。
しゅあああぁぁぁ……。
突然響いてきた水音。
それは、夏子がまだ、生命活動を営んでいるという証だった。
黄金色にキラキラと輝く大粒の雫が、彼女の股間から大雨の如く絶え間無く床に向かって降り注がれている。
「これでいっか。
じゃあ、伝令頼むわよ」
夏子の耳を口元に引き寄せ、降り注ぐ尿が足に直撃し始めたのも気に留めず、言葉を、伝え始める。
「いつか、きっとあたしがそっちに行くまで、他の女には絶対手を出さないこと。
ずっと、あたしだけのものであってほしいって、必ず言っといて!
そして、伝えたことを必ず報告に来て!
でないと、ちゃんと伝わったかどうか、とても不安だから。
解ったわね?」
そして、最後にこう締め括った。
「言うこと聞かないと、またいたぶるわよ……」
儀式の大トリである月送りの火も着け終え、帰路に付いている途中でその男に会った。
ライトブルーの制服、特徴的な制帽、無線機、そして、拳銃。
国内で唯一拳銃を持つことを許されている存在、警察官。
俗に言う、お巡りさんだ。
職務質問をかけられ、初めて手が血まみれであることに気が付いた。
見咎められたのは右手。
左手は、ポケットの中でナイフを握っていた……。
「その手、どうしたの?」
何も知らない警官は心配そうに駆け寄ってくる。
千鶴の左手に有ったナイフは、警官の腹に問答無用で、食い込んだ。
死んだと思っていた。
だからこそ、刺して直ぐにその場を離れたのだ。
パァン……。
乾いた爆音を確認したと同時に、背の中央上側から胸全体にかけて、熱さを伴う猛烈な痛みが襲い掛ってくる。
撃たれた……。
それに気付いたときには、もう、意識は闇の底へと、沈みかけていた。
「冗談じゃねえぞ!
なんで俺が殺人鬼なんかと結婚しなきゃなんねえんだよ!
消えろ!
失せろ!
二度と俺の前に出て来んじゃねえぞ!」
透流がなん度も千鶴を殴り付け、蹴り付け、そして、唾を吐きかけて去って行く。
「ごめんなさい……、もう……、赦して……」
千鶴が最愛の男を自分だけのものにし続けるためにとった行動がもたらしたもの。
それは……、
最愛の男からエンドレスで振られ続けるという無間地獄へ落とされる、最悪の結果だった。
千鶴はもう、透流から七千回振られている……。
〈END〉




