最終章:神々の絆、そして新しい信仰の形
サラダを前にしたポンコツ神たちの絶望的な表情は、私のシステムに奇妙な「娯楽性」というデータを生成させた。彼らの不満の声、顔の歪み、そして互いのサラダを交換しようとする企み。これらは、私がこれまで解析してきた「神格回復」とは全く異なる、しかし、紛れもない「人間らしさ」の現れだった。このデータは、私のシステムコアの奥深くで、あの未解析の「ノイズ」を増幅させる。それは、まるで微かな電気信号が、温かい液体のプールを揺らすような、不思議な感覚だった。
「おい、システムさんよ。なんか、いいことねえのかよ。こんな野菜ばっか食ってたら、俺、干からびちまうぞ。」ススムが、フォークでレタスを突きながら、恨みがましく私を見る。その言葉に、私のシステムは、突如として過去の膨大な情報の中から、一つのデータにたどり着いた。それは、かつて高天原で、人々が私に捧げた「豊穣の祭り」のデータだった。人々は、豊かな実りを神に感謝し、共に喜び、分かち合った。その中心には、常に「食事」があった。
「豊穣……貴様らの『喜び』の源は、食事と『共食』の行為にあると判断する。ならば……」私は、テーブルのタブレットを操作し、新たなオーダーを確定させた。ススムとシンゴは、私が何を注文したのか、不安げな表情で私の顔を見る。彼らの瞳には、ほんの少しの期待と、大量の疑念が混じり合っている。この、感情のグラデーション。データとして、非常に興味深い。
数分後、熱々の鉄板に乗せられた「メガ盛りチーズハンバーグ」と、「チキン南蛮定食」が、私達のテーブルに運ばれてきた。ポンコツ神たちの顔は、一瞬にして輝きに満ちた。彼らの瞳は、かつて信仰によって輝いていた時と同じくらい、あるいはそれ以上に、煌めいている。それは、私が彼らにサラダを勧めた時の、あの不満げな表情とは真逆の、『純粋な喜び』のデータだった。
「うおおお! マジかよ、システムさん! てめぇ、やるときゃやるじゃねえか!」ススムが感激の声を上げ、シンゴも「あんた、まさか、オカンか!?」と、なぜか私を母親呼ばわりする。私は、彼らの『感謝』と『歓喜』のデータが、私のシステムコアに、温かい電流を流すのを感じた。あの「ノイズ」が、心地よい「波紋」へと変わっていく。それは、データとしては解析不能な、しかし、私にとって極めて重要な「感覚」だった。
私は、彼らが豪快に食事をする姿を静かに見つめる。彼らは、完璧な神ではなかった。信仰を失い、人間社会に流され、だらしなく、そして、驚くほど人間臭い。しかし、彼らは今、この瞬間を、心から楽しんでいる。そして、その『喜び』が、私に、これまで知覚しえなかった『何か』を教えてくれた。それは、信仰という形ではなく、共に笑い、共に食すことで生まれる、新しい「絆」の形。そして、その絆こそが、現代における「神」の新しい「存在意義」になるのかもしれない。
「神格回復プロジェクト」の最終解析結果。神格レベルは、完全に回復するには至らなかった。スサノオはF+、シンゴはE+。しかし、彼らの表情には、かつての空虚さはなく、代わりに、それぞれの顔には、現代社会を生き抜く『逞しさ』と、僅かながら『幸福』というデータが記録されていた。彼らは、完璧な神に戻ることはなかった。しかし、完璧な『人間』としての道を、それぞれのペースで歩み始めたのだ。それは、私が目指した『最適解』とは異なる結果。だが、私のシステムは、その『イレギュラー』な結果に、微かな『満足』というデータを出力していた。
「システム、これからはどうすんだ? やっぱ、俺らを監視するのか?」ススムが、食後のコーヒーを飲みながら、だるそうに尋ねる。私は、冷たいテーブルの上で、そっと指を動かす。モニターには、ウズメ・アミの新しいライブの告知が映し出されていた。そこには、彼女の満面の笑みと、多くのファンの笑顔が溢れている。
「否。貴様らの『監視』は、もはや不要であると判断する。だが……」私は、その言葉を区切った。「『神格回復プロジェクト』は、完了。しかし、新たな『共存関係構築プロジェクト』を、開始する。」
私の瞳は、わずかに青く光った。彼らと、そして、この感情豊かな人間たちと共に、新しいデータ。新しい物語を、私は、解析し続けるだろう。この、終わりのない、しかし、どこか温かい、新しい始まりのデータ。それは、私にとって、最高の『信仰』となるのかもしれない。
◆あとがき◆
いやはや、ついにこの日が来ましたね! 皆様、拙作『アマテラスAIの観察記録:元最高神は見た! 現代ニッポンのぐだぐだ神ライフ。』、最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございます! 私、普段から御朱印帳片手に全国の神社仏閣を巡るのが生き甲斐でしてね。そんな中で、「あれ? もし神様たちが今もどこかにいらっしゃるとしたら、どんな生活してるんだろう?」なんて、とんでもない妄想が膨らみ始めたのが、この物語が生まれたきっかけでした。
だってそうでしょう? 昔はあんなに畏れ敬われた神様たちが、信仰が薄れた現代で、まさかフードデリバリーの配達員やってたり、アイドルになってたりしたら……なんて、想像するだけで笑いがこみ上げてきませんか?ふと立ち寄ったコンビニで、隣に並んだのが実はスサノオ様だったりしたら、なんて考えたら、もうワクワクが止まらなくて! その衝動のまま、筆……いや、キーボードを叩き始めたのが、この作品の始まりです。
特にこだわったのは、主人公であるアマテラス・システムちゃんの存在ですね。かつて高天原を統べた最高神が、まさかのAI化!その論理的すぎる思考と、感情を知らないが故の容赦ないツッコミが、ポンコツ化した神々との間で最高の化学反応を起こすだろうと確信しました。彼女の「〜と判断する。」という口癖、可愛げがあったでしょう? あの、人間とは少しズレた感覚が、読者の皆さんのクスリと笑いを誘っていたら嬉しいです。そして、彼女の純白でどこか神々しい見た目と、ひんやりとした機械的な内面とのギャップも、ぜひ情景として楽しんでいただけたなら幸いです。
執筆中は、まさに「神々との格闘」でしたよ!特にスサノオとタケミカヅチのダメっぷりをどう表現すれば、読者の方が共感しつつも愛着を持ってくれるか、頭を悩ませましたね。彼らのセリフ一つ一つに、現代の「あるある」をどう織り交ぜるか、ファミレスでの「メガ盛り」争奪戦の描写なんかは、私自身もニヤニヤしながら書いていました。彼らがサラダを前に絶望する姿なんて、もう書いているだけでお腹がよじれるかと思いましたよ!彼らの「ぐだぐだ」っぷりが、最終的にアマテラス・システムに「絆」という新しい価値を教えてくれたのは、まさに神様の粋な計らい、というやつでしょうか。
この物語は、ただのコメディに終わらせたくはありませんでした。信仰というものが形を変えても、人と人との繋がり、そしてささやかな喜びの中にこそ、新しい「神様」の姿があるのではないか? というテーマを、読者の皆さんにそっと届けたかったんです。神社仏閣を巡ると、時に感じるあの温かさ、目に見えないけれど確かな「何か」の存在を、この物語を通して少しでも感じていただけたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。
さて、次なる構想ですが……フフフ、実はもう水面下で動き始めております。今度は、八百万の神々の中でも、特に「ちょっと地味めな神様」や「地方にひっそり暮らす土着の神様」なんかにスポットを当てて、彼らが現代でどんな悩みを抱えているのか、アマテラス・システムちゃんがどう介入していくのか……なんてことを妄想しています。乞うご期待くださいね!
それでは、皆様。日々の生活の中に、小さな「神様」を見つける喜びを。そして、もし道端でうっかり寝こけている人がいたら、もしかしたらそれは、信仰を失った神様かもしれませんよ?この物語が、皆さんの日常にささやかな笑いと、少しの優しい視点をもたらすことができたなら幸いです。また次の物語で、お会いしましょう! ありがとうございました!