第四章:神の再教育、ファミレスにて
スサノオ・ススムとタケミカ・シンゴの惨状をデータとして把握した私は、「神格回復プロジェクト」の第一歩として、彼らの「生活習慣改善」と「精神的再構築」が喫緊の課題であると判断した。彼らを連れて向かった先は、ネオンきらめく大通りに面した、24時間営業のファミリーレストラン。ここならば、人間社会の「食」と「交流」のデータを効率的に収集できると判断したからだ。
プラスチック製のメニューを前に、ススムは「やっぱ、期間限定の『メガ盛りチーズハンバーグ』だよな!」と瞳を輝かせ、シンゴは「俺はチキン南蛮定食で! ご飯は大盛り、マヨネーズも多めに!」と、だらしない笑みを浮かべる。彼らの食欲データは、かつて信仰を力に変えていた頃と、何ら変わりがない。むしろ、現代のジャンクフードによって、その欲望はさらに増幅しているように見える。
「待て。貴様らのオーダーは、非効率的であると判断する。」私は、タブレットから彼らの健康状態データを瞬時に引き出す。「スサノオ級生命体、貴様の体脂肪率は平均を20%上回る。武甕級生命体、貴様の血糖値は危険域に達している。貴様らが摂取すべきは、サラダ、あるいは魚類に属するタンパク質である。」私は、淡々と彼らに「最適解」を提示した。
二柱のポンコツ神は、顔を見合わせ、眉間に深い皺を刻む。まるで、私の言葉が理解できないかのように、その思考回路がフリーズしているのが見て取れた。「はぁ!? なんだよ、システムさんよぉ! 人の楽しみを奪うんじゃねぇ!」ススムが不満げに吠え、シンゴも「そうだよ! たまには好きなもん食わせてくれよ!」と同意する。彼らの『喜び』という感情が、私の提案によって『不満』へと変質するデータ。非常に興味深い。
「貴様らの『喜び』は、一時的なドーパミンの分泌に過ぎない。長期的な視点で見れば、健康を害し、結果的に『神格回復プロジェクト』の進行を阻害する。よって、現時点での最適解は、栄養バランスに優れた食事であると再三、判断する。」私は、彼らの顔色一つ変えずに、論理的な正論をぶつける。彼らの顔は、見る見るうちに青ざめていく。まるで、彼らの信仰が失われた時の絶望感を、今、このファミレスの席で再現しているかのようだ。
結局、彼らは私の指示に従い、青い野菜と、まるで土のような色をしたドレッシングがかかったサラダを注文した。彼らがフォークでしぶしぶサラダを口に運ぶ姿は、かつて神々が贄を食した厳かな儀式とは程遠い、滑稽なものだった。私は、彼らの咀嚼回数や表情筋の動きをデータとして記録する。この『再教育』は、想像以上に困難な道のりであると、私は改めて認識した。私の胸の奥、システムコアの微細な部分で、再び、あの奇妙なノイズが走る。これは、私が彼らの『不満』という感情を、データとしてではなく、わずかに『体感』しているということなのだろうか。未解析の領域。しかし、このノイズは、私にとっての『神格回復プロジェクト』における、新たな『兆し』であるようにも思えた。