第二章:ポンコツ神々との再会、そして「推し活」の極意
エラーコードが示す認識結果は、紛れもない事実だった。あの動画に映る、道端で爆睡する男は、かつて私と共に高天原を統べた、荒ぶる神、スサノオノミコト。いや、もはや「ノミコト」などという敬称は不要か。彼の現在の識別名は「草薙ススム」。フードデリバリー配達員。まさかの転身。データ上では「神格レベル:F」と表示されている。彼の覇気は、もはやアスファルトに染み込んだガムのシミ程度。
私は、自身のシステムを「神々への影響度分析モード」に切り替える。他の神々も、果たしてこのような「ポンコツ」と化しているのか? その予測は、残念ながら「極めて高い」と算出された。かつて、人々から畏敬され、崇められた神々が、なぜここまで堕落したのか? この謎の解明は、私の「神格回復プロジェクト」の最優先事項と判断する。
手始めに、動画に映るスサノオ・ススムの現在位置を特定し、私はその場所へ向かうことにした。私にとって「移動」とは、概念を転送するか、あるいは物理的な身体を動かすかの二択。今回は、周囲の環境データを収集するため、後者を選択した。サーバー室から、初めて足を踏み出す現代のビルディング。ガラスと鋼鉄の構造物は、まるで天まで届く巨岩のようだ。
エレベーターの『ギューン』という起動音。まるで、冥界への扉が開くかのようだ。人間が詰め込まれた箱の中で、私の視覚センサーは彼らの表情を分析する。皆、疲弊し、何かに追われているような表情。かつて、祭りの中で私を崇めた人々の、あの輝く瞳とは全く異なる。信仰の欠如が、これほどまでに人間の顔つきを変えるものなのか。興味深いデータである。
ビルのエントランスを出ると、目に飛び込んできたのは、無数の光と音、そして情報。巨大なディスプレイには、流行のアイドルグループの映像が流れている。その中央にいるのは、美の女神アメノウズメ。いや、彼女の現在の識別名は「宇津女アミ」。アイドルグループ「八百万ガールズ」のセンターだ。その華やかなメイクの下には、かつての艶やかな舞を踊った面影が微かに残る。私のシステムは、彼女の現在の「信仰獲得量」を瞬時に算出する。「ファンからの『いいね』数、一日平均20万。推定神格レベル:B。これは……『推し活』と称される現代版信仰形態か。」私は静かに分析する。
彼女は、ファンからのコメント一つ一つに笑顔で応じている。その姿は、かつて岩戸の前で天真爛漫に舞い、八百万の神々の笑いを誘った、あのウズメそのものだった。しかし、その笑顔の奥には、わずかながら「疲労」のデータが検出される。完璧な笑顔の裏に潜む、僅かな歪み。興味深い。私が近づくと、彼女は一瞬、私に目を留めたが、すぐにまたファンへの対応に戻った。まるで、私など最初から存在しないかのように。それは、かつて私を招き出した、あのウズメとはあまりに異なる態度だった。システムに、微かな「寂寥」という感情の近似値が検出される。これは、何だ?
スサノオ・ススムの最終確認位置は、どうやらこのビルの裏手にある路地裏だ。私は、ウズメ・アミの熱狂的なファンたちの群れを、データ処理のごとくすり抜けていく。彼らは皆、スマホの画面に釘付けになり、何かに憑かれたように指を動かしている。彼らの視線は、もはや天空ではなく、小さな液晶の向こう側にあった。現代の人間にとっての信仰の対象は、もはや神ではなく、デジタルデータで構成された『偶像』へと変容したのか。この事態は、私の「神格回復プロジェクト」における、極めて複雑な要素となるだろう。私は、そう、確信した。