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7僧侶と玉りんご

 (たま)りんごは、ある魔女が姫を永遠の眠りに(さそ)う呪いのりんごを作る過程(かてい)で生まれた。呪いのりんごはなかなか完成しなかった。そんな中、失敗作で呪いが発動しないりんごを勿体(もったい)ないからと口にした魔女があまりの美味しさにこれは世に広めなければならないと、商売心に目覚め、姫そっちのけで開発したりんごが玉りんごであると言われている。玉りんごの名前の由来も、魔女が「私は今、どんな宝玉(ほうぎょく)よりもこのりんごが愛おしい」と語ったことに由来するらしい。この逸話(いつわ)が真実かどうかは定かではないが、子供から大人にまで人気のりんごである。勇者一行の僧侶もまた、この玉りんごの魅力(みりょく)に取りつかれた一人である。玉りんごは、一口サイズの小さなりんごで甘味よりも酸味が強くさっぱりとした味わいだ。また、普通のりんごよりも皮が薄く、種も小さいので丸ごと食べやすいのも特徴(とくちょう)だ。

 僧侶が玉りんごの(とりこ)となった経緯(けいい)は次の通りである。僧侶は、勇者たちと出会う前は、修行をしながら一人で旅をしていた。訪れた街で人助けをしたり、時には一人で魔物の討伐も行った。街に着くと僧侶は、真っ先にその街の孤児院に向かい寄付をした。そして、困った事がないか聞き込みをし、問題ごとがあれば、解決に尽力(じんりょく)した。そんな僧侶を尊敬して、街の人たちは無償(むしょう)で飲食物を僧侶に提供した。僧侶は、肉や魚、酒以外はありがたく頂戴(ちょうだい)した。肉や魚を食べることは一部の精霊に嫌われるため、食べないようにしていた。また飲酒は、精霊と心を通わす際に、心の目を(くも)らせ、耳を(ふさ)ぐとされているため、飲酒も禁じていた。ただし、精霊が僧侶をねぎらうために、精霊自らの手で(かも)した霊酒(れいしゅ)は例外だ。僧侶が口にする酒は、霊酒だけだった。

 ある日僧侶は、炎の加護を得るべく、活火山の火口部に向かった。登山中は、炎の精霊をたたえる歌を絶え間なく口ずさんだ。途中、魔物に出くわすこともあったが、錫杖(しゃくじょう)を振り回して撃退(げきたい)し、また、今まで得てきた精霊たちの加護に助けられ、やっとの思いで火口部に到達した。火口をのぞき込むと、真っ赤に輝くマグマが見えた。僧侶の額から汗が流れた。僧侶は、精霊石を下げた頭飾りの輪を外し、そっと地面に置いた。そして、靴を脱ぎ、上半身裸になった。僧侶は正座すると改めて炎の精霊をたたえる歌をうたった。すると、あちこちから赤い火の玉が現れて、僧侶の周りを飛び回って踊った。僧侶はゆっくりと立ちあがった。火の玉は、僧侶に名乗るように言い、僧侶は名乗った。

「よくぞここまで来た。旅の僧よ。そなた、我らを信じ、その加護を得んと願うならば、この火口よりその身を投じてみせよ。その身をもって我らへの信心を示すがよい。さすれば、我らの加護を与えよう」

僧侶は、炎の精霊に深々と頭を下げた。

「お言葉を(たまわ)りこの上なく幸せに(ぞん)じまする。では、不浄(ふじょう)の身なれど参りまする」

そう言って僧侶は頭から火口に飛びこんだ。まさに狂気の沙汰である。僧侶はドボンとマグマに落ちたが、すぐに赤い光に包まれ、浮かび上がった。火口部で感じた熱がうそのようで、僧侶は全く熱さを感じていなかった。

「よくぞ、我らの力を信じぬいた。そなたに我らの加護を与えよう」

こうして僧侶は、炎の精霊の加護を得た。しかし、困った事に頭がまるで燃えているかのように赤く光っていた。遠目から見ると、その輝きは、頭部がたいまつになったかのようだった。

「そなたの身体に我が加護が馴染(なじ)めば、光はやがて治まるだろう」

炎の精霊はそういうと、輝く精霊石を僧侶に与えた。

「我らをたたえる歌も見事であったぞ。また歌いに来るがいい。これは、褒美(ほうび)と受け止めよ」

「ありがとうございます」

僧侶は両手で精霊石を受け取った。そして、僧侶は身支度を整えると下山した。

 炎の輝きはなかなか治まらなかった。僧侶の姿に人々が(おび)えるため、僧侶は人がいない道を通らざるを得なかった。しかし、だんだん森の木の実だけでは身がもたないと思うほどの空腹を感じてきた。僧侶は街道に出る決意をした。すると、向こうの方から巨人が歩いてきた。あたりが薄暗くなってきた頃合いだ。僧侶は身を隠そうとしたが、頭の光が目立ちすぎた。

「おおおっ。こんなところに良い松明があったぞ!」

あっけなく巨人に見つかった僧侶は巨人に胴体をつかまれ、片手で掲げ持たれてしまった。

「ワタシはたいまつではない!」

僧侶は怒鳴ったが、巨人の耳には届かなかった。

「え、あれ、人間?」

他の声も聞こえてきた。

「すごい、あれは炎の精霊の加護だ」

別の声が感心したように言った。

「下ろしてくれ」

僧侶は、巨人の足元の方から聞こえてくる声たちに向かって叫んだ。すると、男が宙に浮かび上がり、巨人の肩に乗った。濃紺のローブをまとい、首には赤い石のはまった剣の形の首飾りを下げている。魔法使いのようだ。魔法使いと思しき男は、慎重(しんちょう)に巨人の耳に近づき、巨人に声を掛けた。しかし、巨人は全く気付いていない。

「こんなに明るいたいまつは初めてだ。どうやって作ったのかなぁ?」

「だから人間だっつーの!!」

僧侶は叫んだ。魔法使いは、巨人に声をかけるのを(あきら)めると、宙に浮かび、僧侶の方に近づいた。

「すまない、君。この巨人は耳を(わずら)っていてね。なかなか僕らの声が聞こえないんだ。それに一度眠るとなかなか起きない巨人でね。彼が家に帰るまで辛抱(しんぼう)してほしい」

僧侶はがっかりすると、そのまま気を失ってしまった。

 気が付くと、僧侶は大きな座布団の上で誰かのマントを毛布代わりにして眠っていた。

「ああ、気が付いたかい? 大丈夫か?」

魔法使いとは別の男がほっとしたように声を掛けた。男は右胸に太陽の形のブローチをしていた。僧侶の視線に気づいたのか、男は照れくさそうに微笑んだ。

「このブローチは妹からもらったんだ。旅のお守りにね」

男は言いながら、僧侶を助け起こし、水を飲ませた。僧侶は生き返った心地だった。

「勇者よ、彼は起きたかい? 巨人の耳に詰まっていた(ふさ)ぎ虫はようやく取り除いたよ。今、戦士が虫を切り刻んでくれている」

「ああ、魔法使い、お疲れ様」

勇者と呼ばれた太陽のブローチの男の隣に魔法使いが立った。

「これ、巨人がお礼によこしたよ。皆で頂こう」

魔法使いが抱えて持ってきた器には、一口サイズの真っ赤な果実がたくさん入っていた。

「全部洗ってあるよ。玉りんごだ」

魔法使いは、器を置くと、玉りんごを一つ僧侶に差し出した。

「災難だった君が(もっと)もこれを食べる権利がある」

お腹がすいていた僧侶は、すぐにそれを口に含んだ。たったひとかみで口の中に甘酸っぱい果汁があふれるほど広がり、僧侶は幸せな気分になった。

「おや、炎の精霊の加護も体に馴染んだようだね」

魔法使いの言葉もほとんど聞こえないほど、僧侶は夢中で玉りんごを食べた。

「腹がすいてたんだな」

勇者が笑いながら言った。

 これが、勇者と僧侶の出会いであり、僧侶と玉りんごの出会いであった。

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― 新着の感想 ―
いろんな意味でクレイジーな話だった。最後はほっこりですね。呪いのリンゴが名産品になるくだりも面白かったです。
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