6王様の依頼
朝の白い光が窓辺から差し込んでくる。王様は、宰相とともに書類に目を通している。はじめは、政治に関すること。次に国民からの陳情書。そして、冒険者ギルドからの報告書である。何故、冒険者ギルドからの報告が含まれるのか、不思議に思うかもしれないが、王様は、国内で起こる問題の解決に冒険者ギルドの力を借りていた。王様の依頼書は、王様からの依頼だとはわからないように、”K爺”という名前でギルドの掲示板に掲げている。ギルドの依頼掲示板では、本名・匿名・愛称など依頼人の名前設定は自由だった。もちろん、ギルドの事務局には、依頼人の本名と合わせて掲示板上の表示名を登録しなければならないが。
王様は、報酬額もギルドに任せていた。しかし、別名で依頼を出すと思わぬ事態になった。誰も依頼を受けてくれなかったのである。ギルドからは、王様の名前を出して、報酬額も王様が決めた方が良いと助言があったが、王様は頑なにそれを断った。もし、王様の名前を出せば、みんな王様の依頼ばかりを受けて、他の依頼に目もくれないのではないかと心配したからだ。
最初の依頼は、街道でうたた寝をして道をふさぐ巨人の説得だった。この巨人がなかなか起きないため、行商人たちからの苦情が来ていた。王様がやはり名前を出すかと悩んでいた頃合いで、とある勇者が依頼を受け、解決してくれた。次の依頼は、街の広場にある王様の銅像の王冠に作られた、人食い雀の巣の撤去である。この依頼もなかなか受けてもらえなかったが、同じ勇者の一行が解決してくれた。そして、次は湖に大量発生したスライムの駆除、次は王様の馬車を背負って逃走した陸ヤドカリの追跡と馬車の奪還。ギルドの冒険者たちが敬遠した依頼は、すべて同じ勇者一行が解決してくれた。王様はお礼にその勇者を呼び出した。明るい目をした爽やかな青年だった。胸には太陽形の金のブローチをつけていた。彼は、困っている人の力になれるのならどんな依頼も受けると言った。王様は、引き続きギルドにも依頼を出す一方で、敬遠されそうな依頼については、この勇者を指名して依頼を出すようになった。
「南の街に接近する巨大紙飛行機ですか?」
勇者は目を丸くして依頼書を見つめた。王様はすまなそうにうなずいた。
「もし、原因がわかり、危険なものでないとわかるならば無理に対処しなくてもよいのだが。受けてくれるかのぅ」
今度ばかりは断られるかもしれないと思いながら王様は、勇者の顔色を窺った。
「行ってみましょう。ご期待にそえないかもしれませんが、やれることがあれば、やってみます」
勇者は嫌な顔一つしていなかった。
「オレには頼もしい仲間がいますからね」
勇者の言葉に王様は安堵の笑みを浮かべた。
二人の会話を聞きながら、宰相は二人を微笑ましく思った。この二人は相性が良い。王様の依頼は、依頼人名を”K爺”としているが、ギルド会員はすぐにキングの”K”と気づき、この依頼を敬遠している。王様に気に入られれば、厄介な仕事を押し付けられるに違いない。金額が他の依頼と比べても低めな設定の上に、重労働だったり厄介な依頼が多いため、王様に良いように利用されるだけだと考えた。そのことに気が付かないのは王様とこの勇者だけである。報酬はギルドが決めているが、報酬の支払いが国(つまり税金)であることに忖度してギルドは報酬額を低めに設定しているのだ。まったく大人の事情というやつは、と宰相は内心ため息をついた。そして、談笑する王様と勇者の声に耳を傾けていた。この勇者は、あたたかい空気をこの部屋にもたらしてくれる貴重な存在にして、王様の唯一無二の友人だ。宰相は、王様の席の後ろの壁に飾られている魔王を討伐した勇者一行の絵画に目を向けた。赤い石がはめ込まれた首飾りをしているのが勇者だ。その目は明るく、目の前にいる勇者とよく似ている気がした。そういえば、この勇者はいつも一人で登城している。いつも王様がお世話になっているのだから、勇者の仲間たちも城に招待してごちそうでも振舞ってやりたいものだ。
「いつもありがとう」
満足げな王様の声に、宰相もまた自然と笑みがこぼれるのであった。